ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

2018年12月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

何のために生きるのか

昨日、メジャーの歴史の中でも最高のバッターの1人、テッド・ウィリアムズの言葉、
「私は、次の打席に入るためだけに生きている」
を引用して、心から離れなくなった。
「何のために生きているか」を知っている人が本当にいたのである。
普通の言い方をすれば、「生き甲斐」でああろう。
『生き甲斐の創造』なんて本がロングセラーになっているが、それほど、皆、明確な生き甲斐が欲しいのだ。

書店で、『紀州のドン・ファン 美女4000人に30億円を貢いだ男』という本の表紙に、
「いい女を抱くためだけに、私は大金持ちになった」
と書かれているのを見た。
もし、本当にそれだけなら、あまり良い人生ではなかったと思う。

『ルパン三世 血の刻印 永遠のmermaid』というアニメで、ルパンが次元に、
「お前は何のために泥棒やってるんだ?」
と尋ねると、次元はいつものように、
「美味い酒を飲むためさ」
とクールに答えるが、ルパンは、自分もそうだが、それだけじゃないと言う。
そして、それは次元も同じだろうが、次元は、そんなことを言うのは、恥ずかしいというか、格好悪いと思っているのだろう。

ドイツ美術界の権威ヴィル・グローマン博士は、池田満寿夫さんへの手紙の中で、
「君の版画を私の部屋に飾っている。毎日、この絵を見るのが楽しみだ」
と書かれていたそうだ。
画家冥利に尽きる言葉だが、それが本当なら、グローマンは、その絵を見ることが、生き甲斐の1つになっているってことだ。
そういえば私も、初音ミクさんのタペストリーを見るのが毎日の楽しみであるが・・・

ジャイアント馬場さんは、「プロレス一筋でやってきた理由は?」とインタビューされた時、
「有体に言えば、他に何も出来ないから」
と答えている。
ルパンも、泥棒しか出来ないのだ。
この「しか出来ない」は「しかしたくない」という意味ではあるのだが、それしか出来ないことに間違いはない。

横尾忠則さんは「自分は、天国の美を地上に降ろすための道具」といったことを言われていたと思う。
そうだ。
ルパンは泥棒をする神の道具で、ジャイアント馬場さんはプロレスをする神の道具だ。
泥棒をするのは神で、プロレスをするのも神である。
要は、神は、あなたを何の道具にしたいのかだ。
それが、『バガヴァッド・ギーター』や、ウォレス・ワトルズの本に書かれていることである。









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素振りの数が違う

ある優れた経営者がいて、彼と部下の幹部達との能力差は歴然としていた。
だが彼は、野球ファンらしく、「俺とあいつらとの差は素振りの量だけだ」と言っていた。
ビートたけしさんが昔、夜中に素振りをする野球選手のことで、「あいつらは好きでやってるんだ」と言っていたのをよく覚えている。
最後の4割打者というだけでなく、トータルで絶対にイチローより優れた打者だったテッド・ウィリアムズは、子供の時から、暇があれば・・・いや、実際は暇でなくても、常にバットを持って素振りをし、バットがなければグローブを(それもなければ何でも)振っていたという。
ウィリアムズが言った、「私は次の打席に入るためだけに生きている」というのが、至高の言葉だと私は思う。

自分にとっての素振りを持っていなくてはならない。
それが見つかるかどうかだけが、人生の勝敗を決めるのだろう。
ただ、それは、本当に好きなんことでなければならない。
テッド・ウィリアムズは、強制された訳でも、誰かと張り合って素振りをしていた訳でもない。
好きだからバットを振ってたのだ。

ピカソもゴッホも1日中描いていた。
ピカソは晩年、版画を描いたので、修正跡が分かったが、とにかく、1枚の版画を、いつまでも修正したらしい。
池田満寿夫さんによれば、それで必ずしも良くなった訳ではないらしいが、修正をやめられないのだ。
ベートーヴェンも、とにかく楽譜を書き直し、1つの音を何度も何度も書き換え、結局、最初の音に戻ることがあっても、やはり、修正は無駄ではなかったはずだ。

つまらないものにこだわってはいけないが、好きなものには徹底的にこだわるから、1日中やれるのだろう。
たとえエロ画でも、名人になった人は、こだわって描き、修正出来るなら、とことん修正したはずである。
私も自分にとっての素振り、エロ画修正をしよう。
言うまでもなく、法然は念仏を1日中唱えていたし、ある奇跡の力を持つヨーギ(ヨガ行者)は、神の名を常に唱えていたのである。









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キツい運動はしない

スポーツテストという体力測定が、小学校から大学の初学年くらいまであると思う。
小学生では懸垂は難しいからだと思うが、低い鉄棒を使った斜め懸垂を行うことがあると思う。
私はそれを、小学5年生の時にやったことを、特に覚えている。
4年生や6年生でもやったかもしれないが、5年生の時のだけ覚えているのだ。
ところが、自分がどれだけ出来たかは、全く覚えていない。
小学5年生の、そのスポーツテストの時、自分達のを終えた子達が皆、1人の男子生徒が、延々と続けているのを見ていた。
ところが、その男の子の角度が妙に浅い・・・つまり楽な角度でやっているように思われ、それを口に出す子もいた。
すると、その男の子は、斜め懸垂を続けながら、顔を歪めて、「しんどいんだぞ」と言い返す。
そして、200回になったところで、その男の子が自主的にやめるか、先生が止めたように思う。

確かに、あの男の子は、少々楽なゆるい角度でやっていたのだと思う。
しかし、悪い印象は残っていない。
つまり、あれで良いのである。
我々はどうも、運動といったら、いわゆる「キツい」「キく」ものが立派だという、おかしな観念を持っているのではないかと思う。
懸垂なら、さらに足に重りをつけたり、腕立て伏せなら、足を台に乗せたりとかね。
スクワットも、バーベルをかついでやらないと有り難味がないと思う人も多いと思う。
ジャッキー・チェンが、映画の中で、足を縛って、真っ逆さまの状態から腹筋運動をするのを見て喜んだりするのである。
逆に、負荷の軽い運動は、「老人用だ」と言って馬鹿にするが、その「老人用」すらせずに、腹が出っ張って肥満している者が大半である。

しかし、キツい運動は続かないのである。
そして、キツい運動は、ほぼ必ず身体を痛める。
私も、出来るだけ負荷を高くして腕立て伏せをやっていたが、肩を痛めたり、腕に痺れが起こるなどで悩まされたが、それでも、少し良くなったら、また脅迫観念的にやったりする。
だが、腕立てなら、壁から少し離れて、壁に手をつき、腕を曲げながら、壁に身体を倒すような軽いもので十分なのである。
そして、負荷は軽くていいから、回数を多くすることだ。あの男の子のように。

最も良いのは、やはり腕振り運動で、これなら、誰でも数百回とか数千回も可能だろう。
それなりに鋭く振れば、良い運動になる。
関英男博士は、毎朝2千回やり、90歳を超えても、元気に海外を飛び回って研究されていた。

私は腹筋運動はやらない主義だった。
有益な機能ではないし、腰を痛めるからだ。
ところが、首だけ上げるような、腹筋運動ともいえないものを200回ほどやると、翌日、腹筋が筋肉痛になり、しばらくやると、身体が引き締まった良い感じになった。
他にも、軽い運動を延々繰り返すようにやると、身体が軽く、生命力が蘇り、明らかに若返った感じになる。

厳しい、負荷の高いトレーニングをするプロスポーツ選手は、引退の時には身体はボロボロであるのだと思う。
現役時代は華やかで格好が良くても、引退後、身体が深刻な状態である元スポーツ選手が多いはずである。
普通の筋力トレーニングをしないイチローは、40歳を超えても健康なようだが、あれでも、実際は、いくらか身体を痛めてるように思える。
現役時代、筋トレをやらなかったり、サボったりした選手が健康なのだと思う。
ましてや、我々一般人は、負荷の軽い運動をした方が良く、負荷が軽い運動を長時間やれば、素晴らしい身体になる。
そして、最上の運動がまさに、自然に長時間歩くことなのである。
競歩でもやっているかのように、不自然に大袈裟に腕を振って速く歩く必要などない。
かといって、ダラダラ歩くのも良くないし、スマホを見ながら「よくこんだけノロノロ歩けるものだ」と呆れる者も多い。また、やはりスマホを見ながら、周囲への気遣いは全くなしでトロトロ歩いているのを見ると、「車に轢かれろ」とまでは思わないが、「ドブに落ちろ」程度は思ってしまう。その方が、連中も、間違いに気付いて幸せだろう。
あまり車を使わず、当たり前に歩いていれば、健康であるし、その上に腕振り運動をやれば十分だろう。
まあ、ヒーローのような身体を目指す私は、他にいろいろ運動をするが、それは、延々繰り返す一回一回の負荷が軽い、楽しい運動なのである。









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鷹揚なことと、のほほんとすることとは全く違う

昨日、「成功するために一番大切なことは、こだわりがなく、ゆったりとしていること」と書き、それは間違いのないことだと思うが、そう言うと、「のほほんとする」馬鹿が必ずいるのである。
「人混みの中でも、こだわらずにマイペースでスマホをいじって、全く気にせず、ゆったりしている」
「ニートだが、親が食べさせてくれるので、あせらずのんびり毎日ゲーム三昧」
「何のスキルもないが、とりあえず勤め先があるので、毎日、ゆったりデスクを温めて過ごしている」
といった連中は、いくらでもいそうだ。
しかし、こういった類の人間が成功するはずがない。

こだわらず鷹揚であるのと、のほほんとして怠惰なことは全く違う。
そのことを、どう言えば良いのだろう。
ゲーテの『ファウスト』で神様が言ったように、人間とは怠けたがるものなのであるから、そこらははっきりさせねばならない。
それなら、やはり、私がよく取り上げるスーフィー(イスラム教神秘主義)の格言らしいが、
「神を信用しろ。だが、ラクダはつないでおけ」
ということになるのだと思う。
神様を信用し、普段はなりゆきにまかせて大きく構えていれば良いが、ラクダをつなぐ程度のことまで神様にやらせようとしてはならない。
ただ毎日、会社に来て、なんとかその日をやり過ごしていれば給料が出るのだから、あせらずのんびりしていたら、あっという間に歳を取って、何も出来ないおじさん、おばさんになってしまう。
へとへとになってしまうほどのことではないが、決して怠ってはならないことがあるはずなのである。

親鸞は、「薬があるからといって毒を好むな」と言った。
念仏は、悪人を救うためのものであるというから、わざと悪い事をして極楽往生しようと思う馬鹿が本当にいると聴いて親鸞が言ったのがこれである。
確かに、親鸞は、どんな悪も、「念仏を唱える者を救う」という阿弥陀如来の誓願を妨げることはないし、善いことをしようなどと思う必要はない・・・なぜなら、念仏以上の善はないのだからと言ったが、だからといって、わざわざ悪いことをすることを「薬があるから毒を飲んでも構わない」というようなものだと言ったのである。

好きな人がいるなら、神様にまかせておけば、相手が本当に素晴らしい人なら、ちゃんと結び付けてくれる。
しかし、ある程度の身だしなみを整え、礼儀正しくする程度のことはした方が良いのである。
神様がとりなしてくれるから、あるいは、カップルになれる薬があるからといって、だらしない格好をしたり、自分を磨くことを全く怠っては、それ自体が駄目というのではないかもしれないが、それでは、神を敬う心がなく、世界や人生を軽んじることになるのだから、自分も敬われたり、丁重に扱われるすることはない。
つまり、怠惰な者は、自分で自分を軽んじ、粗雑に扱っているのである。
本質では、自分が神であることを忘れず、多少は煩悩にまみれてしまうとしても、一線は守らねばならないのである。
「神を信用しろ。だが、ラクダはつないでおけ」
「薬があるからといって毒を好むな」
真の大物は、それを忘れないのである。









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成功法則の第一は絶対これ

なんだかんだ言って、成功法則の第一はこれだと言ったら、皆、納得してくれるのではないだろうか?
それは、「心がゆったりしている」ことだ。
いろんな言い方で言えば、「こだわりがない」「心が広い」「こせこせしない」「鷹揚である」「大きく構える」「おおらか」などと言えると思う。

どれほど立派な掟を実行しようが、万能呪文を唱えようが、しっかり勉強し、みっちりトレーニングしようが、心が狭い、こせこせしたやつは駄目である。
大俳優の丹波哲郎さんは、「私が小学生の時の通信簿の『性格の長所』欄に、私に何も誉められるところがなかったので先生は仕方なく書いたのかもしれないが、『丹波君はものにこだわらない』と書いてくれた。実際、私は子供の時から、本当にものにこだわりがなく、それで何でもうまくいったのだ」と、よく言ったり、本に書かれていた。
そもそもが、俳優になった動機が、友人に「楽な仕事はないかな?」と尋ねたら、友人はふざけてだろうが「そりゃ、俳優しかないだろ」と応えたので、「じゃ、俳優だ」ということになったらしい。
丹波さんは、働くことが大嫌いで、サラリーマン時代は、入社時にもらった鉛筆は、3年後にクビになるまで削りもしなかったという。そりゃ、出社と同時に遊びに行き、上司に、「雑誌を読んでてもいいから机にだけは居て」と頼まれるも、どうせ仕事なんかできないのだからと、やはり遊びに行ってしまったのだから、鉛筆を削る必要もないが、クビにもなろうというものだ。
戦争時は、自分達新米兵は皆、上官の洗濯とかして機嫌を取っていたのに、丹波さんは、そんなことは面倒でしなかったら、どんどん変なところに送られたが、結局、そんなところは楽で安全で、終戦まで優雅にやっていたらしい。

プロレスのジャイアント馬場さんも、亡くなった時に、葬式に来た親友のブルーノ・サンマルチノが「君は身体だけでなく、心もジャイアントだった」と言ったらしいが、それは、やはり親友だったドリー・ファンク・ジュニアの影響があったのかもしれない。
馬場さんは初め、ドリーを見て、「こいつ、本当に馬鹿じゃないのか?」と思ったらしい。
服の着替えに人の10倍時間がかかり、試合後、控え室からなかなか出てこないし、集合には必ず遅刻するが、全く悪びれずにニコニコしている。
さすがの馬場さんも、やがて、「テキサスの大自然の中で育ったら、こんなに鷹揚になるのか?」と感心したらしい。
われらが初音ミクさんのお父さん、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長さんは、講演会で、「私は北海道の、人間より牛が多い中で育った」と言われていたが、やはり北海道の雄大な自然が、ものにこだわらない広い心を育て、それがマジで天使な初音ミクさんを生んだのだろう。
ミクさんのお母さんは北海道の大自然である。
我々も、ものにこだわらず、でっかくいこうではないか。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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