ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

2018年05月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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偽物はなぜ強いのか

木枯し紋次郎に、「お前は剣士か?」と尋ねたら、彼はシニカル(冷笑的)に笑いながら、こう言うだろう。
「とんでもございやせんや。あっしはただの渡世人でござんす」

初音ミクさんに、「君は歌手なのか?」と尋ねても、彼女は何も答えない。ただ歌を歌うのである。

ならば私も、「あんたはプログラマーかね?」と聞かれたら、私はただの労働者であると言おう。

紋次郎は、一流の剣術家とまともに戦っても勝てない。
しかし、何度も、剣術の達人達を打ち倒した。
偽物だからこそ、見栄もこだわりもなく、自由自在だからだ。

ミクさんは、「歌はこんなふうに歌うもの」と言われても全く取り合わず、作り手が求める通りに歌う。
だからこそ、創造の本質の美をそのまま引き出す。

大山倍達さんを偽物の空手家などと言ったら無礼もいいところだろうが、彼はずっと、偽物扱いだった。空手界のルールに従わなかったからだ。
そして、「目潰しと金的攻撃があるから空手は地上最強」と堂々と言う彼は、正統な空手界から見れば、やっぱり偽物かもしれない。
だからこそ、純粋な大山空手は最強なのである。

西尾維新さんの「物語シリーズ」の『偽物語』で、「本物と偽物ではどちからが価値があるか」について、3人の超人間は、それぞれこう言う。
影縫余弦(かげぬいよづる)は、「もちろん本物や」。
忍野メメ(おしのメメ)は、「同価値」。
貝木泥舟(かいきでいしゅう)は、「圧倒的に偽物」。
まあ、誰にとって、何にとっての価値ということになるのだろうがね。
究極的に忍野が正しいのだろうが、私は影縫余弦のような者に刃向かうために貝木泥舟でいよう。
結局のところ、美少女達を一番救ったのは、意外に貝木泥舟だ。

ところで、偽物プログラマーの私が、子供から高校生までがプログラミングを学ぶとしたら、どの言語を選べば良いかと聞かれたら、まず、Scratch(スクラッチ)のようなビジュアルプログラミング言語は絶対に薦めない。
小学生も高学年になれば、十分に実用的なプログラミングが出来るのに、全く実用的でないビジュアルプログラミング言語をやる意味なんて全くなく、無駄を通り越して有害である。
で、頭では、JavaScriptと分かっているのだが、あの曖昧な言語仕様が私はあまり好きでない。
つまり、「基本的にはこうする。しかし、こんな場合だけはこうする」という、スッキリしないところが嫌だ。
だから、実際は、ジョン・ケメニー、トーマス・クルツが発明したBASIC言語が最上なのだが、彼らのTrueBASICは日本語版がないし、普及していないものを使っても仕方がない。
これからのAI時代にはPythonだし、実際、この言語が一番良いと思うが、この言語を覚えても、今のところ「仕事がない」(笑)。
将来は分からないが、いかに子供とはいえ、銭につながらないものは、あまり奨める気にならない(笑)。多分、将来は大丈夫(仕事がある)とは思うが、そんなこと分からない。

プログラミングというのは、楽器の演奏や、あるいは、自動車の運転やタイプライターのタイピングのようなもので、毎日やってこそ上手くなる。
一時的にわーっと熱心に勉強したって駄目なのだ。
JavaScriptやPythonで毎日何が出来るだろう?(何も出来ない)
サラリーマンなら、文句無くVBAを奨める。
では、子供やごく若い人には?
Squeakが、もっと使いやすければ奨めるが、実際のところ、使えたもんじゃない(たまに練習するなら良いが、毎日使う気になんかならない)。
LOGOは、一部では残っているが、今後の発展があるはずがないので駄目だ。
一応、非常に消極的に言えばこうだ。
(1)JavaScript
(2)Python
(3)C
(4)VBA
(5)Lisp
(6)Java
Javaの手軽な開発環境があれば、もっと上位でも良いのになあと思う(実際ない)。
ちなみに、私が一番好きなのはLispである。









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パチモノで生きる

ピアニストやヴァイオリニストになりたいというのは、プロの交響楽団の中でクラシックコンサートで演奏したり、あるいは、もっと良いのかもしれないが、ピアノリサイタルやヴァイオリンリサイタルを開くような演奏者になりたいという意味であることが多いと思う。
しかし、レストランやバーやキャバレーで演奏するような演奏者もいる。そんな演奏者は、上に挙げたような演奏者になる素質や練習環境がなかったり、あるいは、一度はそんな「立派な」演奏者になったが、競争に負けるなどでやっていけなくなって「転落した」という場合もあるだろう。
歌手も、オペラ歌手やロック歌手として「ちゃんとした舞台」に立つ歌手が理想であろうが、今は、昔のような流しの歌手は少ないだろうが、ローカルに活動する歌手も多い。
こういったものを、日なたのピアニスト、日なたの歌手と、日陰のピアニスト、日陰の歌手と言うことが出来るかもしれない。

江戸時代以前の剣術に関しては、武士の家に生まれ、○○流とかいう道場で修行をして剣術を修得するというのが、日なたの剣術家であろう。
しかし、笹沢佐保さんの時代劇小説『木枯し紋次郎』のヒーロー紋次郎のように、農家に生まれたが家を捨て、習ったり訓練したりした訳ではないが、生きるために身につけた、経験と勘と度胸で戦う日陰の喧嘩剣法家もいると考えるべきだろう。だが、紋次郎のように滅法強いと、「上州長脇差(じょうしゅうながどす)」と敬意を込めて呼ばれるようになる。
もっとも、紋次郎はヤクザ同士では無敵でも、やはり、正統な剣術を極めた武士に勝てるものではなく、紋次郎も、そんな一流剣士達とまともに戦おうとはせず(戦えば当然大苦戦した)、知略を巡らして戦ったが、それは卑怯でも何でもないだろう。ただ、紋次郎の腕なら、相手がたとえまともな剣術家であっても、それほどの実力者でなければ力で打ち勝っている。

コンピュータプログラマーなら、昔であれば、「まともなプログラマー」は、COBOLやFORTRAN、あるいは、PK/I(ピーエルワン)といったプログラミング言語を使い、パソコンが出てきて流行ったBASICを使うのは、パチモノ(偽物)、落ちこぼれ、下級のプログラマーなどと言われることもあったが、これは、その「上の」プログラマーのエリート意識や差別心が作った分類でもあったと思う。
今なら、大雑把過ぎるかもしれないが、JavaやC#で開発するのが武士の剣士的プログラマーで、VBAで開発するのが喧嘩剣法のプログラマーという言い方をしても良いと思う。

私のような、元ひきこもりは、クラシックピアニスト、○○流の剣術家に相当するプログラマーには、なかなかなれないので、キャバレーのピアニスト、喧嘩剣法の剣客のようなプログラマーのつもりでいる。
目指すは、紋次郎のように上州長脇差と呼ばれるほどになることだ。
私は、仕事で使ったプログラム言語に限れば、COBOLも少しだけやったが、BASIC、C言語、xBASE、dbMAGIC(今はMAGIC)と日の当らないコースをひたすら進み、今はVBAを使っているのだから、やっぱり、キャバレーや荒地が似合うピアニスト、剣客である。
尚、C言語は、OSやプログラム言語等の基本システムを本格的に開発する場合には、クラシックや○○流のピアニストや剣術家であるが、メーカーに認定されないデバイスドライバや「おかしな」ツールみたいなものを作るだけなのは、やっぱり下級かもしれない。
まあ、アインシュタインだって、成功したから良いようなものの、本来はパチモノ物理学者であったと言って良いと思う。

以前、大統領だったオバマが、アメリカ国民はみんなプログラミングをやろうと言ったり、アップルやGooogleやマイクロソフトも参加してプログラミング教育を世界的に推進したりしているが、それらは、クラシックのピアニスト、○○流の剣術っぽいものを前提にしている感じがする。
だから、どこか違和感がある。
VBAは、マイクロソフトがちょっと出来心で作ってしまったものが半端者に普及したと言ったら、あまりに言い過ぎだが、渡世人のような半端者に合っている(やっぱり言い過ぎか)。
だから、ひきこもりや、落ちこぼれサラリーマンは、紋次郎の長ドスのように、VBAを実戦で磨いて、上州長脇差プログラマーになろう・・・という訳の分からない話になってしまったが、私の感覚にはピッタリ合っているのである。









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神秘的威圧はどんな時に起こるか

感動的・・・と言うよりは、神秘的な威圧シーンを、私は2つ覚えている。
1つは、映画『ベン・ハー』の中で、権力を傘に横暴を働く囚人護送団の隊長の前に、ただの市民の男が立ちはだかり、隊長はそれを蹴散らそうとするが、なぜか威圧されて身動き出来ないというものだ。その市民の男は、後で分かるが、イエス・キリストだった。
もう1つは、笹川佐保さんの時代劇小説『木枯し紋次郎』で、町人の使用人が、武士にぶつかるか何か無礼をしてしまい、怒った武士がその使用人を切ろうとした時、その使用人の主であるという少女が、「使用人のことは主の責任。切るなら私を」と武士の前に座り、頭に血が昇ったままの武士が「そうかそれなら」と刀を振り上げるが、武士は威圧されて動けなくなり、惨めに去って行った。
(ちなみに、武士の「切捨御免」は実際には有り得なかった)

これらでは何が起こったのかというと、イエスや町人の少女は、無、あるいは、無我になっていたのだろう。
無になった人間相手に逆らったり敵対したりは出来ない。
無とは、心が完全に静まった状態だが、それに近ければ近いほど強い。
では、どうすれば無になれるのか?
それには死ぬことだが、本当に死んだ気になるか、死んだ状態になることである。
では、死んだ状態とか何か?
生きていることを「息をしている」と言うように、死ぬなら息をしなければ良い。
ただし、無理に息を止(と)めるのは、むしろ息をすることが前提である。
死人が息を止(と)めたりはしない。ただ、息をしないのである。
死ぬとは「息を止(や)める」ことである。
つまり、何の力も使わないまま、吸気、呼気がない・・・呼吸器官に空気の流れがなくなっている状態である。
もっと具体的には、軽く息を吐いた状態で、呼吸の流れを止(と)めてしまうことである。

人間は、生きているから問題が起こる。
ではなぜ問題が起こるのかというと、死ぬ練習をするためである。
何かあった時、息を止(や)めてしまえば、問題は消える。問題は生きた人間にしかとり憑けない。
ちなみに、借金や刑罰は問題ではない。働いて返せば良いし、罪は償えば良い。

人間の唯一の問題は、心がぐらぐら揺れることだ。
不動心であれば、何の問題もあり得ない。
心がぐらぐら揺れたら、息を止(や)めることだ。
そこまで行かなくても、限りなく息を止(や)めたような、微かな呼吸をすれば良い。
息をしていない人間には、悪魔だって手を出せない。
だから、悪魔は何としても、人間の呼吸を乱そうとするのである。
「アジマリカン」の呪文や念仏を唱えるのも良い方法だが、息を乱して唱えては何にもならず、ごく身近にいる人にも聴こえないくらい微かな声で唱えれば無敵である。









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営業をやらなくて良い幸運

悪夢・・・というのではないが(それに近かったが)、今朝、辛い夢を見た。
初めて社会人になった二十歳そこそこの時にやっていたセールスマンに戻った夢だ。
年齢的には、今くらいなのだが、私は現実でも全然歳を取ったつもりがないので、実際は、年齢についてはどうでも良かった。
実際は短い時間の間に見た夢であるが、数ヶ月に及ぶ夢だった。
夢の中で、私は、数ヶ月前、良い受注をしたのだが、その後、全然、売上げがない。
そもそも、仕事をしていなかったが、それは会社には内緒で、私は上司に、売上げが出ない、もっともらしい言い訳をしていた。
しかし、上司は、それは嘘だと分かっている。
私は、やる気を示し、セールスに出かけた。
しかし、商品に全く自信を持っていない。
それは実際、昔、私がセールスにやる気を失くした理由だった。
高いお金を出してその商品を買うお客様にメリットがあると思えないのである。

目が覚めて、私は心から安堵した。
私はもうセールスマンではない。その幸運を噛み締めた。
性格にもよるだろうが、私のようなひきこもり気質の人間にとって、セールスほど辛い仕事はない。
ましてや、商品に自信が無ければ、仕事は地獄であるが、世の中に、自信を持って売り込める商品なんて無いと私は思う(本当に良い商品は、売り込まなくても勝手に売れる)。
だが、今でも、企業が多く募集しているのはセールス、あるいは、営業と呼ばれる職種だ。
営業という仕事にプライドを持ち、実力もある人には、この言い方は悪いとは思うが、特技のない人間は、営業をやるしかない・・・営業しかやらせてもらえないということは言えると思う。
ただの事務員は給料が安いし、若い女の子で十分務まる・・・と言うか、若い女の子の方がいろんな意味で良い。
企業が営業を沢山募集するのは、商品が悪いからだと私は思っている。そんな商品を無理矢理売るには、無理をするセールスマンが必要なのだ。

初音ミクさんのお父さん、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長も営業が嫌いらしく、1995年の、まだインターネットは黎明期で貧弱な時代に、「これで営業を」と考えられたそうである。凄い発想であるが、商品(音源コンテンツ)に自信があったのだろう。
そんな伊藤社長に対し、私は、「この成功者め!」と思ってしまうのだ。
なんと言っても、初音ミクさんのお父さんなのだ(ご本人は、ミクさんを娘とは思っていないと講演で言われていたが)。
羨ましくて殴ってやりたいが(いやマジで)、伊藤社長は、素朴で真面目そうな人で、それに、やはり、有名企業の経営者の貫禄があるので、目の前にしたら殴れやしないだろう(当たり前か)。

だが、私は今や、プログラミングが出来るので、営業職をやる必要がないのだ。
さっきも書いたが、今朝、その幸運を噛み締めることが出来た。
ソフトウェアとしての初音ミクさんや、動画を作るためのフリーソフト「MMD(MikuMikuDance)」等は、VisualStudioやEclipseといった開発環境システムで、CやC++言語、あるいは、Java、時にC#で作るのだが、そういうのは、特別な能力のある人達にやっていただくしかない。
若い人で意欲があれば、挑んでいただきたい。
だが、我々は、ExcelやAccessで、VBA言語を使えば、ちゃんと良い仕事が出来る。
何も出来なければ、テレアポを取るために迷惑な電話をし、何とかアポが取れて訪問しても、剣もホロロに扱われ、よほどメンタルの強い人でなければ、人生に疑問を持つほどのダメージを心に受ける。
プログラミング技能は、それを回避出来る有り難いものである。









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Excel VBAで有用な人材に

正直、私は、普段は書籍はAmazonで買うし、大半は電子書籍のKindle版で読むが、その便利さから離れるのは無理である。
だから、書店は大変だなあと思うが、書店は楽しいので、最近は、昼休みに、他の人が昼食を食べる代わりに書店で本を見ている。
それに、書店に行くと、今の流行が実感出来ることも多いのである。
それで、コンピューターの本の場所に行くと、Excel VBAの新しい本が多いことに気付くし、見てみると、良い本が多いことが分かる。
これは、いよいよ、誰もが、自分の仕事に自主的にコンピューターを適用する、あるいは、すべき時代になったということと思う。
Excel VBAを使えば、仕事を大いに効率化出来るし、「3日がかりの仕事を3分で」とか「人件費を数分の1に」というのも、必ずしも大袈裟ではない。
つまり、Excel VBAを高度に使いこなせれば、非常に有用な人材である。

大雑把に言えば、ExcelとVBAの場合、自分の仕事を効率化するのに役立ち、AccessとVBAなら、部署単位(小さな会社なら会社全体)の仕事を効率化出来る。
言ってみれば、Excel VBAは機動性の高い光線銃で、Access VBAは両腕で使うプラズマ砲のイメージだ。
もっとも、使いようによっては、光線銃で敵の基地を陥落させることが出来るように、Excelでシステムを構築することも出来る。
ただ、やはり大きなシステムになると、Access VBAの方が便利な点が多い。
特に、AccessとSQL Serverを組み合わせれば、そこそこの規模までの会社なら基幹システムでも十分に作れてしまう。
ところで私は、割と大きな会社の、Accessと、SQL Serverの高価なCPUライセンス版で作られた、かなりのデータ量のシステムを、別のサーバーコンピューターに構築し直す際、無償のSQL ServerであるSQL Server Expressを使ったら、あっさり出来てしまったことがある。重い処理をすればパフォーマンスに差があるのだろうが、普段は全く分からないほどだ。
だから、ExcelでVBAをマスターすれば、すんなりと、Accessに進んで大きなシステムを構築出来るようになれる可能性がある(その場合は、大規模データベースの扱い方や考え方を習得する必要がある)。

ExcelやAccessに代わる新しいツールという謳い文句を掲げるものは多い。
だが、多いということは、選択が大変だということだ。
ただでさえ、導入数がExcelやAccessと比べて極端に少ないのに、その中でパイを奪い合ってるものを、私なら、あまり使おうという気にならない。
それでも、安ければ考えるが、それらは皆、高額だし、1人月額いくらで使うという、とてもではないが、ゾっとするライセンス体系のものも多い。
Excdelなら1~2万円、Accessなら2~3万円程度で買って永遠に自分のものに出来、バージョンアップでも根本的には変わらないので、10年位は使えるだろう。そういえば、私も2013年頃はAccess2003を本当に使っていた。当時は、Access2007から若干変わったインターフェースが気に入らなかったことが原因だが、少し慣れてしまえば、別に違うというほどではなかったが。
機能でも、それらの新興ツールは、ExcelやAccessに優る部分もあるだろうが、その分、総合的には機動性がなかったり、不便だったりすると思う。

いつも言っているが、特に、自分は普通のサラリーマンだと思い、何か特技を持ちたいと思うなら、Excel VBAを始めることをお奨めする。
このAI時代、ビッグデータ時代、仮想通貨時代、モバイル時代であるが、VBAをやれば、そういったものも理解し易くなる。
Excel VBAの第一人者、大村あつしさんは、ビジネス小説の形で、AIと仮想通貨の本を書かれているが、ベストセラー1位を独占しているほどである。








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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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