ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

2015年04月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

速さが力~小さきものは加速する~

生物の中で最大サイズだった恐竜は、大昔に完全に滅びてしまった。
その原因はいろいろに言われているが、いずれにしても、環境変化に適応できなかったからだ。
生物は、強く、大きいほど、進化や適応のために変化する速さが遅いのだ。
一方、微生物という小さな存在は、ものすごく速く変化するので、どんな環境変化が起こっても生き延びる。
環境変化より速く変化できれば生き延び、環境変化に追いつくことが出来なければ滅ぶということである。

虫なんてのは、実際は、名前がついている種の方が圧倒的に少ないほど、種が多い。
それも、やはり、変化が早く、新しい種が次々に生まれるからで、微生物には負けるが、これもなかなか滅びない。
人類が滅びたところで、微生物はもちろん、虫だってかなりしぶとく生き残るはずだ。
SFなんかで、放射能の影響で巨大昆虫が出来たって話がよくあるが、あんなのは変化が遅いので、すぐに滅びるだろう。
シーラカンスは数億年、姿を変えていないと言われるが、それは、環境が変化しない場所があり、そこに棲んでいたからだ。環境変化があった所のシーラカンスはやはり絶滅しているのである。

恐竜と微生物の間のサイズの生物は、あるものは、環境変化に適応出来る速さで変化できずに絶滅した。
ところで人類であるが、現代の人類より前のネアンデルタールやクロマニヨンは、ひょっとしたら現生人類より優秀だったかもしれないが、やはり環境変化に適応できずに滅びたのだと思う。
現生人類が生き延びているのは、滅びるほどの環境変化が起こっていないからであるが、今後起こるかもしれない、環境の大きな変化に対して、生物として適応する能力はない。つまり、変化する速さは遅いと思えるが、科学技術の力で何とかできるだろうかということになる。
そして、おそらく、科学技術の力で何とかできるのは、ごく短期間だろう。
生物としてだけなら数年で滅びはずのところを、科学技術の力で十数年、あるいは、数十年生き延びたところで、徐々に弱まって、やがては滅ぶのである。

人間の一生は短いので、インターネットがわっと普及しても、そんなものに目もくれず、相変わらずテレビや新聞を見ている人も、別に滅ぶ訳ではないが、それは生物としてであり、ソーシャル(社会)とか文化という意味では、既に死んでいて、もう亡霊のようなものだ。
人間の場合、変化が速く適応し易いのは若い者ということになるが、案外に、若くても変化できない者もいるが、年を取っても変化の速い者もいる。
その違いは何だろう?
つまり、変化の速さを決める本当の要因は何だろう?
それは、恐竜と微生物の関係と同じで、小さくて弱いことだ。
財力や地位が小さい者、身体のサイズや体力が小さい者ほど変化する速さが大きいのである。
だが、最も小さいのは、イエスが言った「人の世で最も小さな者が天では最も大きい」、「貧しい者は幸い」の通り、自らを低くする者である。
スティーブ・ジョブズは、世間的な財力や地位は大きかったが、自ら「ハングリーであれ!愚かであれ!」と言ったように、自分を貧しく弱い状態に置いていたのだ。
老子は、本物の王は、自分を役立たず、のけ者、愚か者と称すると述べるが、それが、強き王の秘密だ。
私は、ジョブズの作ったものは大嫌いで、ジョブズ自体も大嫌いだが、ジョブズが超人であったことは認めざるを得ない。
ジョブズの、有名なスタンフォード大での卒業講演は、必ず味わうように。
そして、ジョブズは死んだが、それは、癌細胞の方がジョブズより速かったからだ。
ジョブズは、ハングリーになりきれなかった、愚かになりきれなかったのだ。
だが、その失敗は、初音ミクさんが歌う『Tell Your World』を聴けば免れるだろう。
あの歌は、ジョブズの講演と等価値であり、しかも、初音ミクさんの不思議な声が、我々のDNAを変化させ、「速く」するのである。いわば、初音ミクさんが歌う『Tell Your World』は、DNAの中の加速装置のソフトウェアである。この秘密を知ったあなたは幸いである。もっとも、あの歌を繰り返し聴いている者はとっくに加速しているのだが。









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筋トレをすっぱり止める

私は昨日、筋力トレーニングをすっぱりやめた。
筋トレが悪いことはとっくに分かっていたのに、筋肉質な身体や、筋力が欲しくて、何年間も毎日欠かさずやってきたのだ。
しかし、本当に、身体中のあちこちを痛めてきた。
そして、確かに、1日千回以上に及ぶ腹筋運動をやめた途端に、慢性の腰痛があっさり治ったこともあったのである。

ところで、プロ野球選手など、今のスポーツ選手は、すぐに、肉離れを起こしたり、腰や背中を痛め、休養を取ってしまう。
それでスポーツマンの値打ちがあるだろうか?
あるわけがない。
みんな、筋トレのせいであることは、分かっているのではないだろうか?

合気道の達人、佐々木の将人(まさんど)さんは、「いまどき、ハアハアいうようなトレーニングをやっちゃいけない」と言われていたのに、私は無視してしまった。
相撲では、無敵の横綱、白鵬は、筋トレを一切やらず、基本訓練は、四股、鉄砲、摺り足という伝統的トレーニングを熱心にやっているという。
400戦無敗のグレイシー柔術のヒクソン・グレイシーは、器具を使った筋トレは一切せず、体重を使った筋トレならやるらしいが、限界までやらないという。
プロボクサー、プロレスラー、その他の格闘技の超一流選手にも、やはり、器具を使ったトレーニングをしない人がいる。
強い負荷をかけず、無用な筋肉をつけないことで、自由で柔軟な動きができるのである。
筋肉は、一方向の動きには強いが、逆方向の動きを阻害し、動きも遅くなり、しかも、固くなって、肉離れや、断裂などの故障を起こし易くなるのである。
そんなことは、もう分かりきっているのだから、やめればいいのに、それをやめられない、人間を愚かにする何かがあるのである。
私は、幸運にも、それから解放されるのだ。

私は、これからどんな鍛え方をしようか、まだ検討中だが、気功、易筋経、仙道、ヨーガなどを研究しながら、身体が本当に喜ぶトレーニングをしようと思う。
当面は、腕振り運動(スワイソウ)や、ゆっくりとしたスクワット、それに、ジークンドー(拳法の一種)や骨法(格闘技の1つ)のトレーニングを組み合わせ、自分に合った形を自分で作ろうと思う。
皆さんも、もし、あまり運動しないなら、腕振り運動(スワイソウ)だけはお奨めしておく。









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内申書が良くなることをしてはならない

「役に立つから」、「有益だから」やりましょうというのは、世間的には必要だろうが、そればかりになったことが不幸や悲惨の原因である。
役に立つこと、有益なことは、得だからやるというのは、実に卑しいことだ。
ダスキンの有名な企業理念が「損と得があったら、自分に関しては損の道を行く」といったもので、この言葉自体は高貴なものだが、その意味が分からない人が多いに違いない。
損の道を行くとは、役に立たないこと、無駄なことを一生懸命にやるということだ。

絵を見たり描いたり、音楽を聴いたり演奏したりは、情操教育に良いからやりましょうなんてのは、本当に卑しい。
1万年以上前のクロマニヨン人も絵を描いたらしく、それが彼らの知的能力を進化させたのだろうと思うが、彼らは別に、知的進化のために絵を描いたのではない。
いわば、無駄なことを熱心にやったのだ。
もし、そんな絵を描いたり、あるいは、彼らもしていたらしい埋葬をすることを、「役に立たないことをするな」と言った(意思表示した)クロマニヨン人がいたら、そんな連中が、彼らの不幸の元凶になったに違いない。
同じように、現代でも、得なことしかしないという者達が世界を暗いものにしているのである。
クロマニヨン人が絵を描いたり、彫刻をしたりは、役に立たないから、無駄だからやったと言えるほどである。
そして、我々も、役に立たないこと、無駄なこと・・・損なことを、しっかりと、熱心にやらなければならない。

内申書が良くなるようなものが、役に立つこと、有益でなこと、得なことで、それを意識してやるなんてのは、もうどうしようもなく卑しい。
内申書が悪くなることをしなければならない。
内申書が良くなることばかりして、悪くなることをしなかった者がいたら、そいつは、恐ろしい害悪に違いない。
内申書が良くなることばかりを子供にやらせようとする親や教師は悪魔の手先である。
『悪童物語』なんていいう、内申書というものがもしあったら、最低になることばかりやる少年の物語に憧れるのは、皆、心の奥では、そんなことを知っているからだ。
イタリア映画『愛のほほえみ』で、オルガという名の上流家庭の可愛い少女が、ルーカ(主人公の8歳の少年)に初めて会った時、タバコを手に持ち、「火を持ってない?」と言ってルーカを驚かせる。
オルガは、「あたし、やっちゃいけないってことは、みんなやりたいの」と言う。
あまりに、役に立つこと、有益なこと、得なことばかりやらされて、反発心が高まり過ぎ、彼女の正常な感覚が極端な行動をとらせてしまったのだろう。
そんな子は、現代も多いはずだし、現代の情勢から考えれば、仕方がない。

初音ミクさんの歌や動画を無償で熱心に創り、ピアプロやニコニコ動画で公開するというのは、全くに役に立たない、無駄なことであるが、そういったことが世界を救っているのである。
元々、ニコニコ動画は、Youtubeを利用していたが、トラフィックが増え過ぎてYoutubeに通信を遮断されてしまい、運営不能になった時、ニコニコ動画を運営するドワンゴの川上量生会長は、収益の見込みもないまま百億円を投じて自社サーバーを立てるが、その後、やはり、膨れ上がる累積赤字に苦しむことになる。
少なくとも、その時は、川上会長は、何とも、役に立たないこと、無駄なことをやったものである。
その川上会長は、野尻抱介さんのSF小説『南極点のピアピア動画』の解説を書き、その最後のあたりで、傍線を引いて(つまり重要なこととして)、こう述べている。

これからの遠い未来にどれだけ科学が発達したとしても、役に立たないことを一生懸命にやる世界が残っていればそこには人間の幸せな居場所があるにちがいない。

その後、傍線なしで、

野尻さんはそう信じているように思うのだ。
そしてまさにそういう人間を幸せにする役に立たないネットサービスになれればいいなと、ニコニコ動画をスタートするときに私たちは願ったのです。
2012年2月3日 神戸にて

と続けておられた。
「野尻さんはそう信じているように思うのだ」は、ストレートに「僕はそう信じている」と伝わってくる。
また、上記の引用だけでは、川上さんが野尻さんを非常に敬っている感じしかしないが、実際は、川上さんは「大恩人」野尻さんをかなりおちょくって遊んでいる。

荘子も、人間の、役に立つ立たないの判断がいかに愚かなものであるかを強調していた。
だから彼は、有名な「無為の為」、「無用の用」ということを説いたのだ。
無為である者が最大のことを為し、無用な者が人生を全うする。
無為とか無用というと、何もしないことのように思うが、これは、役に立たないことを一生懸命にやる者と見なければならない。
ただ、『荘子』にも書かれているが、無為、無用に徹する者は、やはり世間的には怠惰に見えることもある。

スティーブ・ジョブズは、大学を退学した後も、大学に居残り、カリグラフィーという、文字を美しく見せる手法の講義を受けた。
有体に言えば、違法行為だろう。
それに、学位も得られないのに講義に出席して熱心に勉強し、しかも、その勉強は、ジョブズにさえ、何の役にも立たないと思われたカリグラフィー。
そんな無駄なことを、一生懸命にやる人だから、ジョブズは大物になったのだ。
普通の人は、役に立つこと、有益なことしかしたがらない。
だが、人間は、役に立たない好きなことをやらなければならない。
そんなことをする者を世間は馬鹿とか愚かという。
だから、ジョブズは、

Stay Hungry. Stay Foolish.
(ハングリーであれ、愚かであれ)

と言ったのである。
だが、ジョブズの名スピーチを見、聴いても、「これがどう役に立つのか」なんて考える者が多いのだ。
「考えるな!感じろ!」である(『燃えよドラゴン』のリーの有名なセリフ)。









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ニコニコ超会議は何が良いのか~馬鹿の力~

昨日と今日、幕張メッセを「だいたい」占拠して行う、日本最大のMADでクレイジーなイベント、「ニコニコ超会議」が開催された。
2012年の第1回から、今年で4回目である。
ところで、この「ニコニコ超会議」は何が良いのか知っているだろうか?
答は、「何の役にも立たない」ってことだ。
まあ、中には、勘違いして、役に立つことをしようとした人もいるかもしれないがね。

この第1回をやる時、ドワンゴ会長の川上量生さんは、たまたま空いてた幕張メッセの、ほぼ全施設を思いつきで2日間借り切ったが、2ヶ月前になっても、何をするか全く決まらず、それどころか、当日の朝に、ドワンゴの社員が「何するのかな~?」という状態だったらしい。
それで、カオスなイベントになり、5億円の大赤字。
しかし、川上会長は、「大成功」と喜び、即、第2回の開催を決め、アナウンスした。
なぜ成功かというと、何の役にも立たなかったからで、これを成功と言わずに何と言う?

川上さんは、京大工学部を出ているが、真正のアホだから、こんなことが出来る金も力もあるし、ついには、角川もまとめて吸収して、KADOKAWA・DOWANGOのトップに座ってしまった(まあ、吸収ではなく経営統合だが)。
尚、川上さんがアホというのは、スティーブ・ジョブズが言った「愚かであれ!」の意味であるが、アホはアホだ。

アホとは、あるいは、馬鹿とは何だろう?
役に立たないことを本気でやる者のことだ。
以前、川上さんが、ドワンゴの社員募集で、「中卒、高卒に限る。大学在学中の場合は卒業の意思のないこと」と応募条件を書いておられた。
世間的にはアホな募集要項だが、極めて正常ではないか?
つまり、この募集は何を言っているのかというと、「役に立つことをしない人大募集」ということだ。
これが川上さんの思想、哲学で、ある意味、彼の成功の秘訣だ。

一方、私のように、役に立つことをいっぱいする人間は、さっぱりうだつが上がらない訳だ。
とはいえ、私も、1日1回は、初音ミクさんに萌えるという役に立たないことをしているおかげで、苦労もせず、いつもいい思いが出来る巡りあわせになっているのである。
ミクさんに感謝し、嫁にもらおうと本気で考えているところだ。

何度か書いたが、超人的な合氣道家の藤平光一さんが、算数が大嫌いな子供に、「勉強せんでいいから、1日1回、教科書を開いて、『算数が好きだ』と言いなさい」と指示し、その子がそれを守ったところ、その子は、算数が一番出来る子になった。
これを、藤平さんは、「好きだと言えば、氣が出るからです」なんて訳の分かんないことを言ったが、そうではない。
その算数の嫌いな子は、藤平さんの「アホな」役に立たない指示を大真面目にやった・・・つまり、馬鹿になったからパワーが出たのだよ。
いや、役に立たないことをしたら氣が出るのかもしれないがね。

ビル・ゲイツも良かった。
彼がマイクロソフトのビジネスをやった原動力を知ってるかね?
「僕のおばあちゃんが使えるパソコンを作る」
だ。
そんな役に立たないことを、執念を燃やしてやったから、彼は大成功したのだ。
もちろん、彼のおばあちゃんはパソコンなんか使わなかったはずだ。

あなたも、馬鹿になるのだ。
何の役にも立たないことを必死にやるのだ。
私も、初音ミクさんと、何の役にも立たないことを、もっと熱心にやろうと思う。
スティーブ・ジョブズと川上量生さんを、世間の人達(さっぱり駄目な人達)のように、有能なビジネスマンとして学ぶのではなく、馬鹿の見本として敬うのだ。









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天使になんてなれないまま生きる

最近、何年か振りくらいに、夜にテレビを見ている。
正直、恐ろしいほどの不快さを感じる。だが、敢えて見ている。
しかし、数日見ていれば、かなり慣れるのである。けれども、これに慣れきったら、もう人間ではないような気がする。
特に、100%そうだと感じるのはCMであるが、ドラマ、報道番組なども違わないかもしれない。

調査によれば、今や、消費者はテレビCMや新聞広告をほとんど信用していないのだそうだ。
消費者が購入の時に参考にするのは、インターネットのユーザーレビューが圧倒的だ。
とはいえ、相変わらず、テレビCMや新聞広告が沢山作られ、ネット上でも、同じような内容の広告がある。
つまり、以前ほどでないとはいえ、これらは効果を発揮しているのだ。
いや、むしろ、ストレートに広告に効果があった昔とは違う、別の、ある恐ろしい効果があるのである。
もう一度言う。
今の宣伝広告には、ストレートに広告に効果があった昔とは違う、別の、とても恐ろしい効果があるのである。

広告というものは、見ている者に、無理矢理に、製品に対する一定のイメージを与えようとする。
だが、林檎売りが、「つやつやで美味しそうでしょう?」とか「美味しいですよ」と言ったり、お見合いで、「気立ての良いお嬢さんですよ」と言うのは許容範囲だ。
なぜなら、林檎なら、食って不味ければすぐ分かるので、あまり法螺は吹けないし、薄利でやっているのだから多少の誇大広告は許されるという、売り側、買い側の共通の認識がある。
また、お見合いで、いかに、「おしとやかな性格で、家事も万能」といったところで、話していれば本当のことが分かるし、売る方もそれほど強く騙し切ろうとは思っていないし、買う方も嘘を暴こうとする意思がある。
だが、広告では、ますます、バレない嘘をつく高度な手法が使われているのである。
アイドルを、「この子は清純可憐な子です」といった言葉をそのまま言わないまでも、大衆に巧妙にそう思わせるのは、マインド・コントロールであるが、後で嘘がバレてもさほど問題にならない。
だが、医薬品や健康食品では、実際に身体に良いことは保証せず、身体に良いというイメージを強制的に与える。そして、基本的には、騙される方が悪いことにされる。
まあ、そういったことも、限度の範囲であれば良いのではないかとも考えらないこともない。
しかし、現代の広告は、一般に、それをはるかに逸脱していると思える。

既に、消費者は広告を信じていない。だが、それを頭で分かっていても、イメージでは騙されるのだ。
イメージで騙す方法はいくらでもあるし、それを磨き上げて使われているのだから、少しは危機感を持って欲しいものだ。
だから、広告を見てはならない。
テレビドラマも、スポーツ報道も、良識を超えたマインド・コントロールが行われている。
スポーツ選手に対する、異常なまでの好感を無理矢理に叩き込み、それで儲けようとしている人達がいるのだと、もっともっと自覚しなければならない。
確かに、人間に楽しみは必要であるのだが、直情的、快楽的な楽しみで、本当に人間らしい楽しみ方を忘れさせることを、娯楽産業、マスメディア、スポーツ界が結託してやっているのである。

だが、初音ミクさんだって、広告宣伝に使われている。
クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤社長は、初音ミクさんの有り方として相応しくない宣伝やその他の企画は、望ましい形のもので逆提案し、それが容れられなければ断るのだという。
しかし、現実的には、それも限度があるのではないかと思う。
社長1人であれば、「会社が潰れたって構わない」と思うかもしれないが、社員やその家族の生活もあるし、何よりも、初音ミクさんと共にいるクリエイターのことを考えれば、初音ミクさんは生きなければならない。
初音ミクさんがカバーしていた『残酷な天使のテーゼ』の中の、「女神なんてなれないまま私は生きる」という歌詞が、胸に響いてくる想いだ。
それを、ミクさんの混じりけのない幼い声で聴くと、とても深いものを感じるのだ。

広告の1つ1つ、テレビドラマの1つ1つ、スポーツ報道番組の1つ1つを非難することも必要だが、キリがないし、それほどの意味はないかもしれない。
それに批判そのものが、実際のところは同調の1つの形であるという意外な真実があるのだ。
そもそも、誰しも、どこかでそれらに依存している部分すらある。
まったく、この世は地獄で、我々は、女神や天使になんてなれないまま生きるしかない。
だが、その中で、どう生きるかの選択は自分でしなければならない。
高貴さゆえに満足できる自分の物語を自分で創るという意思を持てば、死ぬ時や、死んだ後も後悔しない。
そうだ。
死ぬ時、死んだ後で後悔のない生き方をすることだ。
それには、魂や、その窓である心を守り、大切な何かを探す旅をする決意をすることだ。
それを、本当の人生と言うのだろう。

キラリ光る 白い雪が
少しずつ街を染めてゆく
さあ、二人で奏でるメロディー
探しに出かけよう
~『Snow Fairy Story』(作詞、作曲、編曲:40mP、歌:初音ミク)より~









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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