先日、予約注文してあった冨田勲さん制作の『イーハトーヴ交響曲』のブルーレイが届いた。
2013年の9月15日に、東京Bunkamuraのオーチャードホールでの公演を収録したものだ。
公演は15日と16日の連続で行われている。
演奏は東京フィルハーモニー交響楽団で、指揮は河合尚市さん。
『イーハトーヴ交響曲』の初演は、その前年の2012年11月23日、東京オペラシティコンサートホールで、日本フィルハーモニー交響楽団の演奏、大友直人さんの指揮で行われている。
2012年、2013年共、合唱は慶応義塾ワグネル・ソサィエティー男性合唱団、同OB合唱団、聖心女子大学グリークラブ、シンフォニーヒルズ少年少女合唱団で、楽器演奏者、合唱団と合わせ、大変な人数で壮観である。
もちろん、2013年も、ソリストは初音ミクが務めた。
ところで、初音ミクは、2013年のこの公演の少し前の5月23日と24日に、同じオーチャードホールで、渋谷慶一郎さんのオペラ『THE END』のプリマドンナを務めていて、クラシック芸術の面でもとても忙しいようだ。
私は、2012年の日本フィル演奏のCDは100回以上聴いているし、テレビ放送された2012年の公演も何十回も観ているので、2013年の公演との違いはよく分かる。
全てにおいて、格段に進歩しており、同じものを2013年もやったというのではない。
クラシック音楽に詳しい人の中には、交響楽団の比較を述べる人がいて、割とよく聞くところでは、東京フィルの実力は日本フィルよりずっと上というものだが、いや、差はないと言う人もいる。
そのあたりは私にはさっぱり分からないが、映像的な印象では、『イーハトーヴ交響曲』に関して言えば、日本フィルの演奏者の方々は穏かな雰囲気であるが、東京フィルの方は情熱的でアグレッシブ(攻撃的)とすら感じた。
それは、指揮者の大友直人さんが比較的柔らかい優雅な感じであるのに比べ、河合尚市さんはやはりダイナミックな動きと豊かな表情で指揮をされたことも関係するのかもしれない。
ピアノ演奏は共に女性であったが、日本フィルのピアニストの方は肘が下りていたが、東京フィルの方のピアニストは肘が上がっていて、ここらも、極端な言い方をすれば、柔と剛といった感じがするのである。
演奏も合唱も、基本的には変わらないが、細部のアレンジはかなり変えてきており、やはり、2013年のものは進化があるように思う。
私は、合唱の、ところどころでの抑揚の違いはかなり感じるのだが、より情緒性が増していると感じる。
初音ミクの歌もかなりの変化があり、多彩な響かせ方をするようになっていると思う。
映像的には明らかに高度化していて、ミクはより鮮明でリアルな動きをするようになった。
ただ、私は2012年のTda式と呼ばれるミクは優雅で美しいと感じるし、また、その踊り方がこの神秘的な交響曲によく合っていたと思う。
初音ミクの歌唱は無いが、宮沢賢治の詩『雨にもまけず』が、素晴らしい曲と合唱になったことは感動的で素晴らしいことで、私は、なかなか憶えられなかったこの詩を遂に暗誦してしまった。
宮沢賢治は、この詩を公開するつもりは全くなく、私的なものとして手帳に書いたのだと思うが、日本人なら、少なくとも冒頭の「雨にもまけず、風にもまけず」を知らない人はいないだろう。
ところで、この詩の中に、「1日に玄米4合と、味噌と少しの野菜を食べ」と出てくる。
玄米4合は、茶碗7~8杯分で、かなり多く感じるが、後は「味噌と少しの野菜」であるし、また、農作業の重労働をする人のことらしいので、食べ過ぎな訳ではない。
しかし、玄米とはいえ、炭水化物であり、糖分でいえば、4合なら角砂糖50個以上に相当すると思われる。
宮沢賢治は、一時期は菜食主義者だったらしいが、後にはかなりのグルメになっている。
しかし、いずれの時期も、米はかなり食べていたのかもしれない。
賢治が37歳の若さでなくなったのも、彼が病弱であったとはいえ、そのあたりも関係していると思われる。
そして、日本人にちょっと悪い先入観を持たせる詩を残してしまったのかもしれないと思う(ただ、既に述べた通り、本人は公開する気はなかった)。
賢治が、米などの炭水化物をあまり摂らず、せめて、水野南北や徳川家康、あるいは、昭和天皇のような麦ご飯主体にしていれば、もっと長生きできたかもしれない。
私は、2012年のこの交響曲の、初音ミクの天女のような優美な身体つきと舞いを見ると、彼女が米やうどんを食べる姿は想像できないが、木の実や青野菜を食べる姿は似合うと思うのである。
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2013年の9月15日に、東京Bunkamuraのオーチャードホールでの公演を収録したものだ。
公演は15日と16日の連続で行われている。
演奏は東京フィルハーモニー交響楽団で、指揮は河合尚市さん。
『イーハトーヴ交響曲』の初演は、その前年の2012年11月23日、東京オペラシティコンサートホールで、日本フィルハーモニー交響楽団の演奏、大友直人さんの指揮で行われている。
2012年、2013年共、合唱は慶応義塾ワグネル・ソサィエティー男性合唱団、同OB合唱団、聖心女子大学グリークラブ、シンフォニーヒルズ少年少女合唱団で、楽器演奏者、合唱団と合わせ、大変な人数で壮観である。
もちろん、2013年も、ソリストは初音ミクが務めた。
ところで、初音ミクは、2013年のこの公演の少し前の5月23日と24日に、同じオーチャードホールで、渋谷慶一郎さんのオペラ『THE END』のプリマドンナを務めていて、クラシック芸術の面でもとても忙しいようだ。
私は、2012年の日本フィル演奏のCDは100回以上聴いているし、テレビ放送された2012年の公演も何十回も観ているので、2013年の公演との違いはよく分かる。
全てにおいて、格段に進歩しており、同じものを2013年もやったというのではない。
クラシック音楽に詳しい人の中には、交響楽団の比較を述べる人がいて、割とよく聞くところでは、東京フィルの実力は日本フィルよりずっと上というものだが、いや、差はないと言う人もいる。
そのあたりは私にはさっぱり分からないが、映像的な印象では、『イーハトーヴ交響曲』に関して言えば、日本フィルの演奏者の方々は穏かな雰囲気であるが、東京フィルの方は情熱的でアグレッシブ(攻撃的)とすら感じた。
それは、指揮者の大友直人さんが比較的柔らかい優雅な感じであるのに比べ、河合尚市さんはやはりダイナミックな動きと豊かな表情で指揮をされたことも関係するのかもしれない。
ピアノ演奏は共に女性であったが、日本フィルのピアニストの方は肘が下りていたが、東京フィルの方のピアニストは肘が上がっていて、ここらも、極端な言い方をすれば、柔と剛といった感じがするのである。
演奏も合唱も、基本的には変わらないが、細部のアレンジはかなり変えてきており、やはり、2013年のものは進化があるように思う。
私は、合唱の、ところどころでの抑揚の違いはかなり感じるのだが、より情緒性が増していると感じる。
初音ミクの歌もかなりの変化があり、多彩な響かせ方をするようになっていると思う。
映像的には明らかに高度化していて、ミクはより鮮明でリアルな動きをするようになった。
ただ、私は2012年のTda式と呼ばれるミクは優雅で美しいと感じるし、また、その踊り方がこの神秘的な交響曲によく合っていたと思う。
初音ミクの歌唱は無いが、宮沢賢治の詩『雨にもまけず』が、素晴らしい曲と合唱になったことは感動的で素晴らしいことで、私は、なかなか憶えられなかったこの詩を遂に暗誦してしまった。
宮沢賢治は、この詩を公開するつもりは全くなく、私的なものとして手帳に書いたのだと思うが、日本人なら、少なくとも冒頭の「雨にもまけず、風にもまけず」を知らない人はいないだろう。
ところで、この詩の中に、「1日に玄米4合と、味噌と少しの野菜を食べ」と出てくる。
玄米4合は、茶碗7~8杯分で、かなり多く感じるが、後は「味噌と少しの野菜」であるし、また、農作業の重労働をする人のことらしいので、食べ過ぎな訳ではない。
しかし、玄米とはいえ、炭水化物であり、糖分でいえば、4合なら角砂糖50個以上に相当すると思われる。
宮沢賢治は、一時期は菜食主義者だったらしいが、後にはかなりのグルメになっている。
しかし、いずれの時期も、米はかなり食べていたのかもしれない。
賢治が37歳の若さでなくなったのも、彼が病弱であったとはいえ、そのあたりも関係していると思われる。
そして、日本人にちょっと悪い先入観を持たせる詩を残してしまったのかもしれないと思う(ただ、既に述べた通り、本人は公開する気はなかった)。
賢治が、米などの炭水化物をあまり摂らず、せめて、水野南北や徳川家康、あるいは、昭和天皇のような麦ご飯主体にしていれば、もっと長生きできたかもしれない。
私は、2012年のこの交響曲の、初音ミクの天女のような優美な身体つきと舞いを見ると、彼女が米やうどんを食べる姿は想像できないが、木の実や青野菜を食べる姿は似合うと思うのである。
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