ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

2014年03月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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『イーハトーヴ交響曲』2012年版と2013年版の違いと『雨にもまけず』の「玄米4合」について

先日、予約注文してあった冨田勲さん制作の『イーハトーヴ交響曲』のブルーレイが届いた。
2013年の9月15日に、東京Bunkamuraのオーチャードホールでの公演を収録したものだ。
公演は15日と16日の連続で行われている。
演奏は東京フィルハーモニー交響楽団で、指揮は河合尚市さん。
『イーハトーヴ交響曲』の初演は、その前年の2012年11月23日、東京オペラシティコンサートホールで、日本フィルハーモニー交響楽団の演奏、大友直人さんの指揮で行われている。
2012年、2013年共、合唱は慶応義塾ワグネル・ソサィエティー男性合唱団、同OB合唱団、聖心女子大学グリークラブ、シンフォニーヒルズ少年少女合唱団で、楽器演奏者、合唱団と合わせ、大変な人数で壮観である。
もちろん、2013年も、ソリストは初音ミクが務めた。
ところで、初音ミクは、2013年のこの公演の少し前の5月23日と24日に、同じオーチャードホールで、渋谷慶一郎さんのオペラ『THE END』のプリマドンナを務めていて、クラシック芸術の面でもとても忙しいようだ。

私は、2012年の日本フィル演奏のCDは100回以上聴いているし、テレビ放送された2012年の公演も何十回も観ているので、2013年の公演との違いはよく分かる。
全てにおいて、格段に進歩しており、同じものを2013年もやったというのではない。
クラシック音楽に詳しい人の中には、交響楽団の比較を述べる人がいて、割とよく聞くところでは、東京フィルの実力は日本フィルよりずっと上というものだが、いや、差はないと言う人もいる。
そのあたりは私にはさっぱり分からないが、映像的な印象では、『イーハトーヴ交響曲』に関して言えば、日本フィルの演奏者の方々は穏かな雰囲気であるが、東京フィルの方は情熱的でアグレッシブ(攻撃的)とすら感じた。
それは、指揮者の大友直人さんが比較的柔らかい優雅な感じであるのに比べ、河合尚市さんはやはりダイナミックな動きと豊かな表情で指揮をされたことも関係するのかもしれない。
ピアノ演奏は共に女性であったが、日本フィルのピアニストの方は肘が下りていたが、東京フィルの方のピアニストは肘が上がっていて、ここらも、極端な言い方をすれば、柔と剛といった感じがするのである。

演奏も合唱も、基本的には変わらないが、細部のアレンジはかなり変えてきており、やはり、2013年のものは進化があるように思う。
私は、合唱の、ところどころでの抑揚の違いはかなり感じるのだが、より情緒性が増していると感じる。

初音ミクの歌もかなりの変化があり、多彩な響かせ方をするようになっていると思う。
映像的には明らかに高度化していて、ミクはより鮮明でリアルな動きをするようになった。
ただ、私は2012年のTda式と呼ばれるミクは優雅で美しいと感じるし、また、その踊り方がこの神秘的な交響曲によく合っていたと思う。

初音ミクの歌唱は無いが、宮沢賢治の詩『雨にもまけず』が、素晴らしい曲と合唱になったことは感動的で素晴らしいことで、私は、なかなか憶えられなかったこの詩を遂に暗誦してしまった。
宮沢賢治は、この詩を公開するつもりは全くなく、私的なものとして手帳に書いたのだと思うが、日本人なら、少なくとも冒頭の「雨にもまけず、風にもまけず」を知らない人はいないだろう。
ところで、この詩の中に、「1日に玄米4合と、味噌と少しの野菜を食べ」と出てくる。
玄米4合は、茶碗7~8杯分で、かなり多く感じるが、後は「味噌と少しの野菜」であるし、また、農作業の重労働をする人のことらしいので、食べ過ぎな訳ではない。
しかし、玄米とはいえ、炭水化物であり、糖分でいえば、4合なら角砂糖50個以上に相当すると思われる。
宮沢賢治は、一時期は菜食主義者だったらしいが、後にはかなりのグルメになっている。
しかし、いずれの時期も、米はかなり食べていたのかもしれない。
賢治が37歳の若さでなくなったのも、彼が病弱であったとはいえ、そのあたりも関係していると思われる。
そして、日本人にちょっと悪い先入観を持たせる詩を残してしまったのかもしれないと思う(ただ、既に述べた通り、本人は公開する気はなかった)。
賢治が、米などの炭水化物をあまり摂らず、せめて、水野南北や徳川家康、あるいは、昭和天皇のような麦ご飯主体にしていれば、もっと長生きできたかもしれない。
私は、2012年のこの交響曲の、初音ミクの天女のような優美な身体つきと舞いを見ると、彼女が米やうどんを食べる姿は想像できないが、木の実や青野菜を食べる姿は似合うと思うのである。









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人類の究極の敵「得体の知れない不安」からどう解放されるか

我々は皆、何か得体の知れない不安を抱えている。
それは、若い人が将来の展望が見えずに陰鬱になったり、サラリーマンがリストラされるのではと恐々としているというのより、もっと深いところにある不気味な何かである。
世界中の人々が、そんな正体不明の恐怖から解放されたいと願っているが、その道が全く見えていないのではないだろうか?

ところが、歴史的に、狩猟民族というものは、あまり不安を感じず、楽天的に生きていたと思われるのである。
我々から見ると不思議なほどの落ち着きを、日本のマタギやアメリカ・インディアンなどに感じるのである。
大自然を崇拝してそれと一体化し、神と親しみ、子供は天真爛漫で、若者は逞しく道徳的で、長老ともなると、悟りを開いた人のように見える。
そんなアメリカ・インディアンの深い叡智を伝える書は多い。
我々は日本にいながらマタギに関する知識が不思議なほどに無いが、きっとアメリカ・インディアンにも通じるようなところがあるに違いない。

結論を言うと、我々の不安は、1万年ほど前から始まったといわれる穀物栽培(まずは小麦)に起因する。
糖分に素早く変わる穀物の炭水化物の美味な甘さの虜になった人類は、長時間の労働を強いられるようになった。
穀物を得なければならないという強迫観念と、それを得損なう不安、しかし、それは身体も心(脳)も蝕み、我々を神から遠ざけ続けている。
我々の持つ深い不安の原因はそこにある。

アメリカ・インディアンの本をいくら読んでも不安は去らない。
穀物、特に、糖分を避け、彼らのような食生活になり、身体と脳を人間本来の状態にすることが必要であると思う。
具体的には、パン、米、うどん、パスタといったものを食べることをなるべくやめ、特に砂糖を決して摂らないことだ。
これは、衝撃的で革命的なことであるので、そうそう多くの人が簡単に受け入れることはないと思う。
私もそうである。
自分で人体実験するしか、納得する道はない。
ただ、私は論理面では納得したので、自分で試すことはするつもりだし、もう完全に始めている。

親鸞は、もし自分は師の法然に騙されていて、念仏を称えることで地獄に落ちたとしても、自分のような能力のない人間は、念仏以外にはできないのだから、騙されたとしても諦め、地獄に住むと言った。
私もまた、不安から解放され、仏である本来の姿になるには、念仏を称え、砂糖を一切断つより他のことはできない。

初音ミクの『1/6』という歌がある。(作詞・作曲・編曲は、ぼーかりおどPさん)
2010年のZepp東京や、2011年のロサンゼルス・ノキアシアターのコンサートでは、メドレー曲の1つとしてダイジェスト版で歌われたが、2012年の東京ドームシティホールでは、フル・バージョンが公開された。
世界的音楽家の冨田勲さんは、この東京ドームシティのコンサートに行った際、このコンサートホールを古い名称のJCBホールと呼んでおられたというのをなんだか印象的に憶えている。
そして、2013年の『Hatsune Appearance 夏祭初音鑑(なつまつりはつねかがみ)』でのミクがもう絶品であった。

この『1/6』という歌で、ミクは、いつか君を重力の外に連れて行くよと歌う。
この重力とは、得体の知れない何かのことであるらしい。
『夏祭初音鑑』で、ミクが、まさに、重力を断ち切ったような、究極の優雅さ、軽やかさで舞ったのが、本当に美しかった。
ミクの身体つきは、糖分を一切摂らない者が持つ優美さを備えている。
私は大の甘いもの好きだが、得体の知れない不安を解き放ち、高く飛ぶために、私は砂糖の一切を断とうと思った。
このコンサートのミク(ままま式あぴミクと言うらしい)は、やや子供っぽいと感じるかもしれないが、やはり可愛かった。身体の動き、長い髪の動きも、信じられないくらいのリアルさ、みやびやかさだった。
また、名曲『SWEET MEMORIES』の英語の部分も、松田聖子さんに負けないくらい見事に歌っていた。

砂糖、炭水化物を摂らない食事の意義については、最近の記事(1つは今朝のだが)、
最も効果的な人間支配の方法を理解し、それを免れる(3/23)
人間に甘い食べ物は必要か(3/22)
にも書いておいたので、良ければ参照して欲しい。









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最も効果的な人間支配の方法を理解し、それを免れる

歩きタバコや歩きスマホに比べると、周囲への害は少ないのだが、本当にどこででもものを食べている人をよく見るようになった。
しかし、食べ物の臭いというのは意外に遠くまで届くものであり、特に電車の中では軽く10メートル先でも強烈だ。
目の前でパンやスナック菓子の袋や、缶スープの缶を開けられると、気味の悪い臭いがむあっと襲って来る。
これは明らかな暴力である。
だがまあ、臭い以外の害はとりあえずあまり無いとしておこう。
しかし、何より感じるのは、そんな場所でそんなものを食べている者の間抜けさや醜さである。
人間に上下の別などないし、そもそも、本当の意味で他人というものは存在しない。
だから、そんな者達もまた自分である。
それは理屈ではなく、魂が直観として教えることだ。
それだからこそ・・・だからこそだが、そんな連中の醜悪さ愚かさを見て、たとえ同じことを全くしなくても、潜在的な自分の低さを嘆きたくもなるのである。

食事というものは、本来、楽しむようなものではなく、淡々と行うものだろう。
ただ、親しい人や、大事なことでの会談の場合は別なのかもしれない。
エマニュエル・スウェーデンボルグは、他の進歩した惑星では、会食というものは交流のために行うのであって、食の楽しみを求めるためではないと何かの本に書いていたような気がする。
キリストの最後の晩餐のように、大切な話をする際には、あの絵に書かれているように、少し美味しいものを食べても良いのだろう。
とはいえ、『最後の晩餐』のメニューも、さしたるものではなかったようだ。
あくまでレオナルド・ダ・ヴィンチの絵にあったものだが、魚料理とオレンジ、それにパン程度で、しかも、オレンジが描かれていたのはダ・ヴィンチの間違いで、当時のイスラエルにオレンジは無かったらしい。だが、何か果物は出されていたのかもしれない。

グルメというものに不可欠なのは砂糖である。
砂糖のない美食はない。
砂糖によってこってりと料理されたものがグルメの食事だ。
砂糖は、麻薬性があって、摂れば摂るほど求めるようになる。
麻薬で人を支配する話はよくあるが、砂糖による支配の方が簡単で効果的である。
しかも、それが隠されてるから恐ろしい。だからこそ、人類規模で行われる。
人は麻薬のためなら何でもやるが、砂糖のためにも、どんな悪いことでもするようになる・・・いや、もうなっている。
どこででもものを食べている人が食べているのは、パンや菓子やおにぎりなどで、どれも、糖分や糖分に即時に変化する炭水化物だ。
砂糖のために、あんなみっともないことを平気でやるのだから、その他の愚かなこと、不道徳なこと、悪辣なことも平気でやるだろう。
それが直感的に分かるから、そんな連中は醜いのである。
連中には、歩きタバコや歩きスマートフォンをする者も多いはずだ。

砂糖、糖分に支配されないことが幸福の秘密・・・つまり、真の自分になること、自由な人間になること、悟りを開くための鍵であったのだ。
あのジッドゥ・クリシュナムルティすら、そのことに気付かなかったのだろう。
だから、彼の言うことは理屈では全く正しいし、あれほど正しいことを言った人は人類史の中でも稀で、確かに彼は本当に偉大な知恵者だった。
しかし、彼の教えに実効性は一切なかったことは確かなのである。

水野南北は、食の慎み・・・つまり、少食、粗食が運命改善のための唯一必要なことと延べ、それは正しかった。
しかし、あの時代の大食、美食は、主に米を多く食べることに関係する。
南北は、1日一合(180ml)の酒を別にすれば、米は食べず、米で作った菓子や餅も決して食べなかった。それほど米を遠ざけた。
それが、南北が大長者となり、健康に長寿を全うできた秘密である。
徳川家康も昭和天皇も、米は食べなかった。
彼らは麦ご飯を食べたが、麦は食物繊維が豊富なため、米に比べると糖分の吸収は僅かだ。
刑務所で麦飯を食べていると、囚人の健康、人間性はめきめき向上する。
刑務所に入ったような人が、後に大作家になったり、そこまででなくても、不思議な人間的魅力を持ち知恵者になる秘密もそこにあるに違いない。
麦飯は、米に比べて不味いと言う人が多い。それこそが、砂糖に支配された奴隷の感覚なのである。

自分を支配し、自分の人生を支配し、真の自分になり、自由を獲得する。
そのための最重要な鍵は、糖分を遠ざけることである。
砂糖による支配が、人類を奴隷にし、惨めにし、自由を失わせた悪魔の巧妙な計略であった。
それなのに、幸福の秘訣は少食だと勘違いした人は沢山いたが、少食そのものが人を幸福にしたことは実際はない。
確かに、少食なら結果的には砂糖の消費も少なくなるので、全く意味がない訳ではないが、少食には弊害が多い。
実際、少食家には、悪い意味での変人、奇人が多いだろう。
そうではなく、砂糖、糖分、炭水化物を避けることが、人間の究極の目標である自由への鍵であったのだ。









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人間に甘い食べ物は必要か

私はNHK大河ドラマを、2004年の『新撰組!』まで見ていた。
近藤勇らは、京で甘いもの屋(おしるこ屋)をたまり場にしていたことになっていたが、オダギリ・ジョー演じる斎藤一が、「俺は甘いものは(駄目なんだ)」と言って出て行く場面をよく憶えている。
世の中に、甘いものを一切摂らない人がいるのかと疑問に思ったからだが、私は世間に騙されていたのだと思う。
後に、岡本太郎の本を読んだ時、こんなことが書かれてあった。
岡本太郎は、フランス留学から帰国した30歳くらいの時、18、19歳の若者たちと共に、二等兵(最下級の兵隊)として、中国大陸に送られ、しごきに遭った。
ところで、兵隊達には定期的に、大福やヨウカンといった甘いものが支給されるが、太郎は、「俺は若いもんのように甘いものは必要ないから」と言って、周りの若い兵隊達にやってしまっていたらしい。
そんなに多く支給されたわけでもないだろうから、太郎は、ほとんど甘いものを食べずに過ごしたはずだが、大の甘党でもある私は、ちょっと恐ろしくすら感じたものだ。
また、刑務所に服役した人の本で読んだが、刑務所でも、やはり、大福などの甘いものが時々配給されるらしいが、刑務所で、看守が気に入らない囚人をいじめる最大の手が、この甘いものを渡さないことであるらしい。この本の著者は、人間には甘いものが必要なのであり、それを取り上げられてもらえない苦しみが大変なものであると書き綴っていたが、それを読んだ時の私は、それを信じてしまったものだ。
しかし、斎藤一や岡本太郎なら、なんともないはずである。

私は、この一月ほど、甘い飴を沢山摂るようになっていた。
元々が甘いもの好きで、1日一袋とは言わないが、量が増え続け、2日で一袋消費するようになってから、一昨日の20日にピタリと止めた。
毎日念仏を称えていることと関係があるのだと思うが、このようなことで失敗をすることはない。
私の意志力とかではない。仏の加護である。
そして、さらに、米、パン、うどん、パスタ、その他、炭水以下物の一切を摂らず、砂糖もほとんど摂らなくなった。
斎藤一や岡本太郎になれたようである。
彼らと違い、念仏に馴染んでいる私はもう不幸な目に遭うことはないだろう。









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やはり私はVBAの習得を勧める

表計算ソフトのExcelやデスクトップデータベースソフトであるAccessを使うと、なぜシステムの開発効率が良いのかというと、開発者自身がExcelやAccessを自分の業務として使っているからだということがある。
JavaやPHPやC++言語でシステム開発する人が、自分の業務で必要なデータ処理をそれらのプログラミング言語でやるなんてことはない。
つまり、ExcelやAccessで開発するのはユーザーに近い関係にあり、Java等での開発はユーザーから遠い。

Amazonや楽天等で、お客さんに買い物をしていただくためのシステムはWebにせざるを得ないが、社内で使う管理システムまでWebにする必要はない。
まあ、Amazonのように大きいな会社だと、管理システムを使うPCも数多く、それを使う社員も、システム的な意味ではお客さんと見なした方が良いので、Webにした方が効率が良いのも確かかもしれないが、営業所が数十箇所といった会社であれば、社内の人が使う業務システムまでWebにする必要なんて何もない。
そして、WebでないシステムをJavaやC++などで作るよりもExcelやAccessで作る方がはるかに効率が高い。

よく、「Excelで作ったマクロが沢山あるが、その管理ができなくなって困っている会社がある」という話を目にするが、「JavaやC++で作ったプログラムが沢山あって管理できない」よりははるかにマシである。
ExcelやAccessで作ったものは、何をやっているのかは職場の人が見れば分かるし、そのプログラムが問題なら、捨てて新しいのを作ればいい。

ExcelやAccessでシステムを作る開発者は、元々、あるいは、現在も、事務や営業の仕事をしていた、あるいは、している人がほとんどと思う。
そんな人が、他のユーザーや、他社のお客さんのシステムを作る時、事務業務の経験を生かしてユーザー視点になれたら、開発効率はとても高い。
私も、営業や総務の仕事を何年かやった後、昔のことだから業務システムをBASICやC言語で作ったが、それでも、専門の開発者が作るよりもはるかに的確なものが短時間で作れた。これを、ExcelやAccessを使っていたら、もっと簡単だったはずである。
ある会社で、業務の一部をシステム化する際、大手の開発会社に見積もりを取ったら、どこも4千万円とか5千万円という見積もりを平気で持ってきた。しかし、かなりAccessに通じた人だったが、社内の人が一月もかからずに作ってしまった。
しかも、大手開発会社に頼んでいたら、毎月の保守料や、改造の際にも費用がかかるし、費用そのものより、その度に、打ち合わせ会議、見積もり、社内稟議、契約などといった面倒な手順で、導入は何ヶ月先になるか分からないことも多いが(数年待たされることもある)、その社内で作ったものなら、開発者がユーザーのところに言って30分ほど話し合い、後は数回メールのやり取りをした後で数週間で稼動してしまう。

ExcelやAccessでシステムを作る際には、VBAというプログラミング言語を使う。
VBAは、2002年頃まで販売されていたVisualBasic6.0とほぼ同等の機能を持ち、2002年以降のVisualBasicは、VisualBasic.NETという大幅に機能拡張されたものだ。
(現在はVisualBasic.NETという言い方ではなく、VisualBasic2008とかVisualBasic2012などと言う)
だから、VBAはもう古く、すぐになくなるなどと言う人もいるが、それはないだろう。
VisualBasic.NETは大規模システムや、非常に厳格なシステムを作る時には必要だが、そうでないシステムを作るなら、ExcelやAccessでVBAを使う方がはるかに効率が良く、しかも、普通のユーザーが関わるシステムの95%以上はVBAの機能範囲に余裕で収まる。
つまり、ExcelやAccessで作る方が早く安くできる。
ExcelやAccessを含め、マイクロソフトOfficeのアプリケーションをVisualStudio(VisualBasic.NETもそれに含まれる)で作らせるようにする働きかけもあり、マイクロソフトも宣伝しているが、上でも述べた、自分で業務をしながらExcelやAccessで作る人が、そんな面倒なものを使うことはないし、使う必要は何もない。
これも、大規模、厳格なシステムを作る場合には必要なのかもしれないが、一般のユーザーが使うシステムの95%以上には、そんな必要はない。
専門の開発者だって、ユーザーと近い関係で、効率よく楽しく開発したければ、VBAを使うメリットは多い。
ただ、開発会社としては、膨大な費用を取れる開発にはならない。

マイクロソフトがVisualFoxProの販売を2007年にやめたのは衝撃的だったが、VBAはそれとは規模も意味もまるで違い、VBAがなくなることはない。
しかも、VisualFoxProは2015年までサポートされることになり、さらに、オープンソース化を求められている。
VBAは、少なくとも後20年は廃止できないし、廃止後10年はサポートする必要があるだろう。
そうでなければ、ユーザーは本当にマイクロソフトを見放す十分な理由になる。
Windows8のタブレットPCの販売が好調で、ビジネス用途ではiPadやAndroidを抜くと考えるのは、不自然でも何でもない。仕事に使うにはWindowsであることが効率的である。その理由は、WindowsでExcelなどのOfficeソフトが使えるからだ。
そして、いくらOfficeクローンが出ても、相変わらずOfficeが売れるのは、VBAがあるからである。
VBAが使えるメリットは限りなく多いのであり、私は、全ての人がこれを修得することを勧めるのである。
仕事を楽にし、仕事の範囲を広げ、長い目で見て給料を多目にしたい場合にもお薦めできると思う。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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