クリスマスが近いのですが、私は、クリスマスになると思い出すのは「マッチ売りの少女」「フランダースの犬」「クリスマス・キャロル」といった、暗く、陰鬱な雰囲気のある3つのお話です。
ところで、クリスマスである12月25日が、イエス・キリストが馬屋で生まれたその日、つまり、イエス・キリストの誕生日だと思っている人も多いと思いますが、イエスの誕生日は実は不明です。
12月25日というのは、イラン神話の太陽神ミトラスの最大の祝日です。寒い冬がそろそろ明け、輝く太陽が復活することを祝う日というものです。この日をイエス・キリストの誕生日であるとしたのは、6世紀頃の話で、ローマのカトリック教会によって決められたと言われています。
また、イエスが紀元元年生まれというのも間違いで、実はその数年前に生まれています。これは、学者が計算違いをしたのですが、気付いた時には、いまさら訂正することも出来なかったという訳です。
とはいえ、12月25日はイエスの聖なる誕生日として長く一貫して祝われてきたのであり、それはそれで素直に受け取ってお祝いすれば良いのだと思います。
大切なのは、どんな祝い方をするかです。
イエスは、神殿で商売をしている人達を怒って追い出したことがあるそうです。ただし、別に商売が悪いと言った訳ではないと思います。
しかし、お祈りとは、本当は、自分の心を神の心に同調させることです。決して、個人の願い事の成就を祈願することではありません。そして、神殿は、神の心と同調するために、神の心に従うという気持ちを起こさせるのに必要な雰囲気を作る重要な場所です。それを利益という欲望を満たす道具にすることを怒ったのだと思います。
ただ、ジョージ・アダムスキーによると、イエスは、この時の激情に駆られた行いを反省したということです。イエスにすら失敗はあり、その後、イエスは祈りによって神の心に従うことを改めて決心したようです。
では、イエスの心を考えるなら、クリスマス・セールなどとんでもない話であると思われてなりません。
私は、気取る気も何も全くありませんが、クリスマスは、普段よりも質素な、敢えていえば、貧しい食事をし、そして、別に苦行をする必要もないですが、個人の心や身体を楽しませることだけは避け、できれば、宇宙の英知に意識を合わせて静かに過ごすことが自然と思います。
ところが、世の人々、特に、エコノミックアニマルである日本人は、もう昔から、これと正反対のことをしてきたのですね。
立川恵さんの、アニメにもなった漫画「怪盗セイント・テール」の、連載終了後の番外編ですが、クリスマスのお話があります。ヒロインの芽美(めいみ)の親友の聖良(せいら)は、芽美達のクリスマス・パーティーの誘いを断わります。聖良は、聡明で美しい少女なのですが、14歳になるその時まで、クリスマス・プレゼントをもらったことは、ただの一度もありませんでした。実は、聖良の家は敬虔なクリスチャン(キリスト教徒)で、クリスマスはボランティアをして過ごすのが普通になっていました。
まあ、我々凡人がそこまですることもないかもしれませんが、せめて、私は、その日の食事は普段よりも質素にして、個人の心よりも至高の英知を上位に置くべきであることを思い出す日にしたいとは思います。最初にあげた3つのお話は、それを思い出すのにも良いものだと思います。
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ところで、クリスマスである12月25日が、イエス・キリストが馬屋で生まれたその日、つまり、イエス・キリストの誕生日だと思っている人も多いと思いますが、イエスの誕生日は実は不明です。
12月25日というのは、イラン神話の太陽神ミトラスの最大の祝日です。寒い冬がそろそろ明け、輝く太陽が復活することを祝う日というものです。この日をイエス・キリストの誕生日であるとしたのは、6世紀頃の話で、ローマのカトリック教会によって決められたと言われています。
また、イエスが紀元元年生まれというのも間違いで、実はその数年前に生まれています。これは、学者が計算違いをしたのですが、気付いた時には、いまさら訂正することも出来なかったという訳です。
とはいえ、12月25日はイエスの聖なる誕生日として長く一貫して祝われてきたのであり、それはそれで素直に受け取ってお祝いすれば良いのだと思います。
大切なのは、どんな祝い方をするかです。
イエスは、神殿で商売をしている人達を怒って追い出したことがあるそうです。ただし、別に商売が悪いと言った訳ではないと思います。
しかし、お祈りとは、本当は、自分の心を神の心に同調させることです。決して、個人の願い事の成就を祈願することではありません。そして、神殿は、神の心と同調するために、神の心に従うという気持ちを起こさせるのに必要な雰囲気を作る重要な場所です。それを利益という欲望を満たす道具にすることを怒ったのだと思います。
ただ、ジョージ・アダムスキーによると、イエスは、この時の激情に駆られた行いを反省したということです。イエスにすら失敗はあり、その後、イエスは祈りによって神の心に従うことを改めて決心したようです。
では、イエスの心を考えるなら、クリスマス・セールなどとんでもない話であると思われてなりません。
私は、気取る気も何も全くありませんが、クリスマスは、普段よりも質素な、敢えていえば、貧しい食事をし、そして、別に苦行をする必要もないですが、個人の心や身体を楽しませることだけは避け、できれば、宇宙の英知に意識を合わせて静かに過ごすことが自然と思います。
ところが、世の人々、特に、エコノミックアニマルである日本人は、もう昔から、これと正反対のことをしてきたのですね。
立川恵さんの、アニメにもなった漫画「怪盗セイント・テール」の、連載終了後の番外編ですが、クリスマスのお話があります。ヒロインの芽美(めいみ)の親友の聖良(せいら)は、芽美達のクリスマス・パーティーの誘いを断わります。聖良は、聡明で美しい少女なのですが、14歳になるその時まで、クリスマス・プレゼントをもらったことは、ただの一度もありませんでした。実は、聖良の家は敬虔なクリスチャン(キリスト教徒)で、クリスマスはボランティアをして過ごすのが普通になっていました。
まあ、我々凡人がそこまですることもないかもしれませんが、せめて、私は、その日の食事は普段よりも質素にして、個人の心よりも至高の英知を上位に置くべきであることを思い出す日にしたいとは思います。最初にあげた3つのお話は、それを思い出すのにも良いものだと思います。
【怪盗セイントテール(7)】 本文でご紹介したものを含んだ、怪盗セイント・テールの番外編3作と、立川先生の初期の感動的な2作の短編を収録。 アニメにもなかったセイント・テール誕生秘話が面白い。私は、これを読み、英国映画「フェアリー・テイル」で、伝説の魔術師フーディーニが言った「マジシャンてのは、死んでも種は明かさないんだ」という言葉を思い出しました。 | |
【マッチ売りの少女―アンデルセン童話集 3】 1967年出版のロングセラー。「マッチ売りの少女」「みにくいあひるの子」「はだかの王様」「年とったカシワの木のさいごの夢」「雪の女王」等、15作品収録。 |
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