いい年をして未婚のままでいると、「どうして結婚しないのですか?」と、ごく普通に聞かれることもあるかもしれない。
しかし、それはおかしな質問かもしれない。
それよりも、もっとまっとうな質問は、「なぜ結婚するのですか?」ではないだろうか?しかし、そう聞かれたら普通の人は戸惑うかもしれない。
本当は、結婚しないということに特別な意味などないし、従って理由が必要なはずもない。
では、結婚する理由について考えてみよう。
ある未開の村では、女性は皆、首が異常に長い。外から来た人は間違いなく驚くほどで、正直、気味悪く感じる場合も多いだろう。
なぜ、そんなに首が長いのかというと、女の子は生まれた時から首にリングをかけ、成長するにつれてリングの数を増やしていくのだ。この村では、女性は首が長ければ長いほど美人なのである。
昔の中国では、纏足(てんそく)といって、女性は足が小さいほど美人とされ、やはり、幼い頃から足を縛る習慣があったと聞くが、それと同じようなものだろう。
さて、この、首にリングをかける習慣のある村で、それをしない女の子がいたら、「なぜ首にリングをかけないのか?」と聞かれるに違いない。
村の外にいる者にとっては、首にリングをかけないことに理由が必要とは思えない。むしろ、「なぜ首にリングをかけるのか?」がまっとうな質問だろう。
しかし、その村の者に、「なぜ女性は首にリングをかけるのか?」と聞いても、皆、戸惑うだろう。あるいは、雄弁家であれば、首の長い女性がいかに素晴らしいかをとうとうと説くかもしれないが、もちろん、それは村の外の者にとって何の意味もない。
その村では、首の長い女性が美しいというのが、世間の信念であり教義とも言えることなのだ。
世間とは幻想であることが分かる。実際、その村の者は、首の長い女性は美しくて素晴らしいと本当に感じているのだ。
我々が、結婚するのが普通というのも、それと変わらない。
他にも、、学校の試験で良い点を取るのが良いこと、沢山お金を稼ぐのは良いこと、マイホームを持つのは良いこと、ある程度の年齢になればそれなりの値段の車に乗らないといけないこと、食事は3回食べること、宴会でノリが良くないと性格が暗い・・・などいくらでもあるが、それらも、「首の長い女性が美しく素晴らしい」という世間の信念、教義と何ら変わらない。
「そんなことはない!」と言いたい者もいるだろうが、あの首の長い女性が美しいことを主張する村でも、それが幻想で意味がないと言われると「そんなことはない!」と言うのだ。
結婚しないと子供が出来ないなんてことはもちろんない。
ヨーロッパのいくらかの国では、結婚せずに子供を持つ女性の方が多いと聞く。そんな国では、シングルマザーへの福祉が発達している。日本では、シングルマザーやその家庭は極めて苦しく惨めな状況に追い込まれ、母親も子供も不幸になる場合が多い。ヨーロッパのそんな国では、母親も子供も明るく、社会は活気があるが、我が国では、それに関する陰鬱な問題を抱えている。
また、日本では、結婚したらしたで、子供を作らないとまた、「なぜ子供を作らないの?」と聞かれる。
これも、「なぜ子供を作るのか?」という質問の方が重要かもしれない。
人口は既に十分だ。子供を作るのは良いことだが、作らなくても問題なく、無理に子供を作らなければならない理由はない。
若い生産力が必要なんて言うのは、まるで若い奴隷が必要だと言っているようなものだ。確かに奴隷は若い方が良い。
時々、「今は若者4人で65歳以上の老人1人を抱えているが、将来は若者2人で1人を抱える状況になる」などという話を聞く。65歳以上の人になんとも失礼ではないかと思う。何で抱えられないといけないのだ?人間は年を取ったからといって能力がなくなる訳ではない。問題は、年齢の高い人に向いた、本当の仕事がないだけのことだ。本来、仕事とは、年を取れば取るほど磨かれるものだ。そして、本当の仕事は楽しいもので、いやいややるものではない。本当の人間らしい仕事をして生きていける社会が幸福な社会ではないだろうか?
↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
しかし、それはおかしな質問かもしれない。
それよりも、もっとまっとうな質問は、「なぜ結婚するのですか?」ではないだろうか?しかし、そう聞かれたら普通の人は戸惑うかもしれない。
本当は、結婚しないということに特別な意味などないし、従って理由が必要なはずもない。
では、結婚する理由について考えてみよう。
ある未開の村では、女性は皆、首が異常に長い。外から来た人は間違いなく驚くほどで、正直、気味悪く感じる場合も多いだろう。
なぜ、そんなに首が長いのかというと、女の子は生まれた時から首にリングをかけ、成長するにつれてリングの数を増やしていくのだ。この村では、女性は首が長ければ長いほど美人なのである。
昔の中国では、纏足(てんそく)といって、女性は足が小さいほど美人とされ、やはり、幼い頃から足を縛る習慣があったと聞くが、それと同じようなものだろう。
さて、この、首にリングをかける習慣のある村で、それをしない女の子がいたら、「なぜ首にリングをかけないのか?」と聞かれるに違いない。
村の外にいる者にとっては、首にリングをかけないことに理由が必要とは思えない。むしろ、「なぜ首にリングをかけるのか?」がまっとうな質問だろう。
しかし、その村の者に、「なぜ女性は首にリングをかけるのか?」と聞いても、皆、戸惑うだろう。あるいは、雄弁家であれば、首の長い女性がいかに素晴らしいかをとうとうと説くかもしれないが、もちろん、それは村の外の者にとって何の意味もない。
その村では、首の長い女性が美しいというのが、世間の信念であり教義とも言えることなのだ。
世間とは幻想であることが分かる。実際、その村の者は、首の長い女性は美しくて素晴らしいと本当に感じているのだ。
我々が、結婚するのが普通というのも、それと変わらない。
他にも、、学校の試験で良い点を取るのが良いこと、沢山お金を稼ぐのは良いこと、マイホームを持つのは良いこと、ある程度の年齢になればそれなりの値段の車に乗らないといけないこと、食事は3回食べること、宴会でノリが良くないと性格が暗い・・・などいくらでもあるが、それらも、「首の長い女性が美しく素晴らしい」という世間の信念、教義と何ら変わらない。
「そんなことはない!」と言いたい者もいるだろうが、あの首の長い女性が美しいことを主張する村でも、それが幻想で意味がないと言われると「そんなことはない!」と言うのだ。
結婚しないと子供が出来ないなんてことはもちろんない。
ヨーロッパのいくらかの国では、結婚せずに子供を持つ女性の方が多いと聞く。そんな国では、シングルマザーへの福祉が発達している。日本では、シングルマザーやその家庭は極めて苦しく惨めな状況に追い込まれ、母親も子供も不幸になる場合が多い。ヨーロッパのそんな国では、母親も子供も明るく、社会は活気があるが、我が国では、それに関する陰鬱な問題を抱えている。
また、日本では、結婚したらしたで、子供を作らないとまた、「なぜ子供を作らないの?」と聞かれる。
これも、「なぜ子供を作るのか?」という質問の方が重要かもしれない。
人口は既に十分だ。子供を作るのは良いことだが、作らなくても問題なく、無理に子供を作らなければならない理由はない。
若い生産力が必要なんて言うのは、まるで若い奴隷が必要だと言っているようなものだ。確かに奴隷は若い方が良い。
時々、「今は若者4人で65歳以上の老人1人を抱えているが、将来は若者2人で1人を抱える状況になる」などという話を聞く。65歳以上の人になんとも失礼ではないかと思う。何で抱えられないといけないのだ?人間は年を取ったからといって能力がなくなる訳ではない。問題は、年齢の高い人に向いた、本当の仕事がないだけのことだ。本来、仕事とは、年を取れば取るほど磨かれるものだ。そして、本当の仕事は楽しいもので、いやいややるものではない。本当の人間らしい仕事をして生きていける社会が幸福な社会ではないだろうか?
↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
