今は違うらしいが、昔はデートの食事代は男が出すのが当たり前だった。
そんな時代、男が女性に食べたいもののリクエストを聞いた時、女性が「何でもいい」と答えるのは駄目なことだった。
まあ、女性がデート慣れしていない場合は仕方がないかもしれないが、それでもデートの心得として知っておくべきだ。
なぜなら、それでは男が凄く困るからだ。
いくら女性が「何でもいい」と言っても、好き嫌いはあるだろうし、苦手な料理もあるだろう。
それを、男の方はさりげなく質問を重ねながら見当を付けなければならない。それは非常に大変だ。
女性側が、ある程度の「こんな感じのがいい」と言うだけでも、絞り込みが出来るので、男はずっと楽だ。
しかし「何でもいい」と言われたら、男は全料理を対象に選別をスタートしなければならない。
早い話が、「何でもいい」と言う女は馬鹿と言って差し支えない。
また、男の方は大抵、夕食後のプランの方が重要で、男の方こそ何でもいい・・・という事情は若い女の子では分からないかもしれないが(笑)。
ところで、デートではなく、男同士の会食、いわゆる、「メシでもいこう」というときも、ある事情で困ることがあるが、これはあまり知られていない。
男同士だと、食べたいものを気楽に言うのだが、男の「何でもいい」には差がある。
と言うより、「普通の料理」に差があるのだ。
私は、公立中学から私立の中高一貫校の高等部に行った時にかなり感じたことがある。
そんな私立校に中学から入っている子の家は裕福で、普段食べているものが私とはかなり違い、食事の話をすると、どうも噛み合わないのだ。
そして、大人になってからも、私のような独身者と、結婚生活が長い男では相当違う。
奥さんがそれほど料理が得意でないとしても、ほとんどの場合、それなりには料理が出来る。
私は自炊主義だが、だいたいが毎日納豆ご飯だ。
だが、家庭の奥さんが、そんな夕食を作るはずがなく、それなりのものを作る。
すると、私と、長く結婚している人では、「普通の食事」「簡単な食事」の意味がまるで違う。
私は、結婚している姉に夕食を作ってもらったことがあったが、姉は普通のものを作ったつもりでも、あまりの見事さに驚愕したのだ。
ここではあまり関係ないが、未婚の、それも実家暮らしの若い女の子に夕食を作ってもらうと、食材に金がかかっていて、頑張っていた割に大したものが出来ず(酷い出来ということも多い)、普段料理してないのがバレバレである。まあ、それが普通で、アニメでよくある、美少女が料理が凄く上手いなんてあり得ないことと思う。女の子は実家暮らしであっても、結婚するつもりなら料理はしっかりやるべきと思う。
ところで、健康に気を使う男の1人飯は最高だ。
私のように、毎日納豆ご飯は身体に良いし、そこに、豆腐、玉子、漬物、それに、ホウレンソウを炒めただけとか、キャベツを刻んだだけという、実に健康的な食事である。しかも、安価なのだ。
おそらく、長く結婚生活をしている人は、こんな食事では耐えられないだろう。
しかし、いつもこれだと、実際私は、「今日も美味い!有り難い!」と大満足だ。
離婚したとか、妻と死別した男性というのは、私から見ると、かなり美味しいものを食べたがる。
そして、所詮、美味しいものは身体に悪いのだ。
奥さんが健康に気を使っていても、美味しい料理はどうしても身体に悪い部分があり、まして、男が1人で美味しいものを食べようとすると、見栄え良い弁当を買ったり、美味しそうな外食をしたりで、あっという間に病気になる可能性が高い。
私の得意料理にカレーライスがあり、自分では絶品と思っているが、奥さんがいる人には駄目なカレーだろう。
私はYouTubeでカレーの作り方を調べて作ったが、YouTubeで見る作り方が、どれもあまりにも手間がかかり、私はほとんどのプロセスを飛ばす。しかし、それで十分だ。
しかも、私の作り方が最も健康的である。
YouTUbeにある作り方は、美味しさを上げる代わりに、身体に悪い作り方になっている。余計な調味料を使ったりね。
私のは、フライパンで、刻んだ玉ねぎ、ほうれん草、ナスを炒め、それから水とカレールーを入れて少し煮込んで終わりである。これで満足出来ないなど、私には考えられない。まあ、コーヒーとウスターソースは入れるようになったが、ないならないで良いし、私もよく忘れる。
徳川家康も常々言っていたものだ。
「美味いものには気をつけろ」
美味しいものは所詮身体に悪いのである。家康の時代よりはるかに。
美味しいものに慣れないことだ。
カップラーメンなども美味過ぎる。あれも相当身体に悪いはずだ。若いうちは影響が少ない、歳を取って頻繁に食べていると取り返しがつかなくなるだろう。
チョコレートも、ブラックチョコは身体に良い部分もあるが、25歳過ぎたら、甘いチョコレートやミルクチョコなどは食べない方が良いだろう。
極端な粗食をする必要はない。
美味過ぎるものに慣れてしまわなければ、安くて健康的な食事で十分に美味しいのである。
まして、子供の時から美味しいものの味を教えたら悲惨と思う。
納豆と聞いたら顔を歪める男を何人か見たが、例外なく不健康であった。
あの落合博満さんが普段食べる食事が、豆腐、ゆでたまご、シャケ、カマボコらしいが、多くの男はそれを聞いて、驚いたり笑ったりするだろうが、私は「何と美味そうな!」と思うのである。
宮沢賢治は、『雨にも負けず』では、「1日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ」とか書きながら、実家が金持ちだったので、グルメ三昧で短命(37歳没)に終わった。
まあ、元々身体が弱かったらしいが、もう少し質素な食事をしていれば、少しは違ったかもしれない。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)日本の食文化総集編: 縄文から昭和まで、ニッポンの食と暮らしを巡る旅 歴史×食シリーズ
(2)美しい人をつくる「粗食」生活 (だいわ文庫)
(3)かもめ食堂(群ようこ)

AIアート3340
「健康な生活をする少女」
Kay
そんな時代、男が女性に食べたいもののリクエストを聞いた時、女性が「何でもいい」と答えるのは駄目なことだった。
まあ、女性がデート慣れしていない場合は仕方がないかもしれないが、それでもデートの心得として知っておくべきだ。
なぜなら、それでは男が凄く困るからだ。
いくら女性が「何でもいい」と言っても、好き嫌いはあるだろうし、苦手な料理もあるだろう。
それを、男の方はさりげなく質問を重ねながら見当を付けなければならない。それは非常に大変だ。
女性側が、ある程度の「こんな感じのがいい」と言うだけでも、絞り込みが出来るので、男はずっと楽だ。
しかし「何でもいい」と言われたら、男は全料理を対象に選別をスタートしなければならない。
早い話が、「何でもいい」と言う女は馬鹿と言って差し支えない。
また、男の方は大抵、夕食後のプランの方が重要で、男の方こそ何でもいい・・・という事情は若い女の子では分からないかもしれないが(笑)。
ところで、デートではなく、男同士の会食、いわゆる、「メシでもいこう」というときも、ある事情で困ることがあるが、これはあまり知られていない。
男同士だと、食べたいものを気楽に言うのだが、男の「何でもいい」には差がある。
と言うより、「普通の料理」に差があるのだ。
私は、公立中学から私立の中高一貫校の高等部に行った時にかなり感じたことがある。
そんな私立校に中学から入っている子の家は裕福で、普段食べているものが私とはかなり違い、食事の話をすると、どうも噛み合わないのだ。
そして、大人になってからも、私のような独身者と、結婚生活が長い男では相当違う。
奥さんがそれほど料理が得意でないとしても、ほとんどの場合、それなりには料理が出来る。
私は自炊主義だが、だいたいが毎日納豆ご飯だ。
だが、家庭の奥さんが、そんな夕食を作るはずがなく、それなりのものを作る。
すると、私と、長く結婚している人では、「普通の食事」「簡単な食事」の意味がまるで違う。
私は、結婚している姉に夕食を作ってもらったことがあったが、姉は普通のものを作ったつもりでも、あまりの見事さに驚愕したのだ。
ここではあまり関係ないが、未婚の、それも実家暮らしの若い女の子に夕食を作ってもらうと、食材に金がかかっていて、頑張っていた割に大したものが出来ず(酷い出来ということも多い)、普段料理してないのがバレバレである。まあ、それが普通で、アニメでよくある、美少女が料理が凄く上手いなんてあり得ないことと思う。女の子は実家暮らしであっても、結婚するつもりなら料理はしっかりやるべきと思う。
ところで、健康に気を使う男の1人飯は最高だ。
私のように、毎日納豆ご飯は身体に良いし、そこに、豆腐、玉子、漬物、それに、ホウレンソウを炒めただけとか、キャベツを刻んだだけという、実に健康的な食事である。しかも、安価なのだ。
おそらく、長く結婚生活をしている人は、こんな食事では耐えられないだろう。
しかし、いつもこれだと、実際私は、「今日も美味い!有り難い!」と大満足だ。
離婚したとか、妻と死別した男性というのは、私から見ると、かなり美味しいものを食べたがる。
そして、所詮、美味しいものは身体に悪いのだ。
奥さんが健康に気を使っていても、美味しい料理はどうしても身体に悪い部分があり、まして、男が1人で美味しいものを食べようとすると、見栄え良い弁当を買ったり、美味しそうな外食をしたりで、あっという間に病気になる可能性が高い。
私の得意料理にカレーライスがあり、自分では絶品と思っているが、奥さんがいる人には駄目なカレーだろう。
私はYouTubeでカレーの作り方を調べて作ったが、YouTubeで見る作り方が、どれもあまりにも手間がかかり、私はほとんどのプロセスを飛ばす。しかし、それで十分だ。
しかも、私の作り方が最も健康的である。
YouTUbeにある作り方は、美味しさを上げる代わりに、身体に悪い作り方になっている。余計な調味料を使ったりね。
私のは、フライパンで、刻んだ玉ねぎ、ほうれん草、ナスを炒め、それから水とカレールーを入れて少し煮込んで終わりである。これで満足出来ないなど、私には考えられない。まあ、コーヒーとウスターソースは入れるようになったが、ないならないで良いし、私もよく忘れる。
徳川家康も常々言っていたものだ。
「美味いものには気をつけろ」
美味しいものは所詮身体に悪いのである。家康の時代よりはるかに。
美味しいものに慣れないことだ。
カップラーメンなども美味過ぎる。あれも相当身体に悪いはずだ。若いうちは影響が少ない、歳を取って頻繁に食べていると取り返しがつかなくなるだろう。
チョコレートも、ブラックチョコは身体に良い部分もあるが、25歳過ぎたら、甘いチョコレートやミルクチョコなどは食べない方が良いだろう。
極端な粗食をする必要はない。
美味過ぎるものに慣れてしまわなければ、安くて健康的な食事で十分に美味しいのである。
まして、子供の時から美味しいものの味を教えたら悲惨と思う。
納豆と聞いたら顔を歪める男を何人か見たが、例外なく不健康であった。
あの落合博満さんが普段食べる食事が、豆腐、ゆでたまご、シャケ、カマボコらしいが、多くの男はそれを聞いて、驚いたり笑ったりするだろうが、私は「何と美味そうな!」と思うのである。
宮沢賢治は、『雨にも負けず』では、「1日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ」とか書きながら、実家が金持ちだったので、グルメ三昧で短命(37歳没)に終わった。
まあ、元々身体が弱かったらしいが、もう少し質素な食事をしていれば、少しは違ったかもしれない。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)日本の食文化総集編: 縄文から昭和まで、ニッポンの食と暮らしを巡る旅 歴史×食シリーズ
(2)美しい人をつくる「粗食」生活 (だいわ文庫)
(3)かもめ食堂(群ようこ)

AIアート3340
「健康な生活をする少女」
Kay
| 人気ランキング参加中です |
|

