ナルシスト(正式にはナルシシスト)という言葉は、ギリシャ神話で、水面に映る自分に恋をして動けなくなり、スイセンの花になってしまった美少年ナルキッソスのお話から来ている。
ナルシストは批判されたり馬鹿にされることもあるが、誰でもナルシストだ。
筒井康隆さんの短編SF『果てしなき多元宇宙』で、主人公である高校生の暢子(のぶこ)について、
「暢子は自分の顔を美しいと思っている」
と書かれているのを見て、中学生だった私はちょっと驚いたことがある。
暢子は、鏡を見るたびに「二重ならもっとよかったのに」と思うらしいが、それは、鏡を見るたびに自分の美しさに見惚れているということでもあるのだと思う。
そして、ほとんどの人は、鏡に映った自分に見惚れたことがあるはずだ。
暢子を馬鹿にした私も高校生になった時、映画館の中の手洗いで、鏡に映った自分を「きれいだなあ」と思い、誰もいなかったので、ずっと見惚れていたことを憶えている。しかし、こんなの普通だろう(笑)。
だが、そんなこと・・・ナルシストであるのはごく若い時だけであるべきで、ギリシャ神話には書かれていないが、ナルキッソスだって、いつまでもスイセンでいたわけではないはずだ。
YouTubeの婚活関係動画で、30代や40代の女性が「エステで自分磨きをしている」と言うのを見ると、失礼ながら「馬鹿か」と思う。
その歳で、鏡に映った自分に見惚れるだろうか?
あるとしたら感覚が狂っている。
だが、彼女達も中学生や高校生の時は、鏡で自分に見惚れるに値するほど美しかったはずなのだ。
しかし、今は若い時の自分の足元にも及ばない。
つまり、女に限らないが、相応の歳になったら、外見については不快さを与えないことを心掛ければ良く、外見で勝負しようなんて愚かの極みである。
だが、中身を磨いていれば、歳を取れば、不快さを与えない外見・・・つまり、身だしなみをきちんとしてさえいれば十分に魅力的なので、ある意味お得なのだ。この身だしなみの中には、体形も含むのだが。
女性が生涯で最も美しいのは13歳から17歳で、男の場合も、ごくまれに特別に美しい者は女性的にその年頃が全盛期の場合もあるが、男が一番モテるのは18歳から24歳であることは経験上も分かると思う。
(あくまで、「外見によってモテる」ことについてであるが、外見の魅力は大きい)
引き寄せの方法で、女性で18歳、男性で25歳に若返るのは可能であるが、それより前の最盛期には戻らないものである。
小説『俺だけレベルアップな件』で、超美人の向坂雫が自分に好意的であると感じ、ひょっとしたら彼女は自分に気があるのではないかと思った水篠旬(24歳)は、鏡に映った自分を見て、「そのへんにゴロゴロいるレベルだぞ」と、向坂雫の件は自分の思い違いと判断する。24歳でこれなら大物だ。
私は小学生の時、エミール・ガボリオの推理小説『ルコック探偵』を読んだ時、ルコックが25歳であることが印象的だった。
ルコックはいい男であるが、「美男盛り」を僅かだが過ぎていることを直観したのだ。つまり、大人の男は能力で勝負しなくてはならないのだと確信したのだ。
女は18歳、男は25歳を過ぎたら中身で勝負である。
それをはっきり自覚するほど、世の中をうまく渡っていける。
逆に、そうでなければ、かなり悲惨で苦しくなる。
いくら美人といったところで、大人は外見だけで勝負は出来ないのだ。
だが、言い換えれば、人権団体や田嶋陽子さんに怒られそうだが、能力で勝負する気がないなら、昔のように女は中学生や高校生で結婚してしまえばいいのではないかと思う。案外にそれで幸せになれると思う。
けれども、残念ながら現代では、男はその手は使えない。
そして、18歳、または、25歳から勝負するには、それまでの積み重ねも必要であるが、学校では、ものの見事にそれが出来ず、むしろ真逆の教育をしている。
日本が破滅する本当の原因はそこであると思う。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)変身物語 上 (講談社学術文庫)
(2)時をかける少女(筒井康隆)※『果てしなき多元宇宙』収録
(3)ルコック探偵(上)(E・ガボリオ)
(4)眠りながら成功する(ジョセフ・マーフィー)

AIアート3323
「娘盛り」
Kay
ナルシストは批判されたり馬鹿にされることもあるが、誰でもナルシストだ。
筒井康隆さんの短編SF『果てしなき多元宇宙』で、主人公である高校生の暢子(のぶこ)について、
「暢子は自分の顔を美しいと思っている」
と書かれているのを見て、中学生だった私はちょっと驚いたことがある。
暢子は、鏡を見るたびに「二重ならもっとよかったのに」と思うらしいが、それは、鏡を見るたびに自分の美しさに見惚れているということでもあるのだと思う。
そして、ほとんどの人は、鏡に映った自分に見惚れたことがあるはずだ。
暢子を馬鹿にした私も高校生になった時、映画館の中の手洗いで、鏡に映った自分を「きれいだなあ」と思い、誰もいなかったので、ずっと見惚れていたことを憶えている。しかし、こんなの普通だろう(笑)。
だが、そんなこと・・・ナルシストであるのはごく若い時だけであるべきで、ギリシャ神話には書かれていないが、ナルキッソスだって、いつまでもスイセンでいたわけではないはずだ。
YouTubeの婚活関係動画で、30代や40代の女性が「エステで自分磨きをしている」と言うのを見ると、失礼ながら「馬鹿か」と思う。
その歳で、鏡に映った自分に見惚れるだろうか?
あるとしたら感覚が狂っている。
だが、彼女達も中学生や高校生の時は、鏡で自分に見惚れるに値するほど美しかったはずなのだ。
しかし、今は若い時の自分の足元にも及ばない。
つまり、女に限らないが、相応の歳になったら、外見については不快さを与えないことを心掛ければ良く、外見で勝負しようなんて愚かの極みである。
だが、中身を磨いていれば、歳を取れば、不快さを与えない外見・・・つまり、身だしなみをきちんとしてさえいれば十分に魅力的なので、ある意味お得なのだ。この身だしなみの中には、体形も含むのだが。
女性が生涯で最も美しいのは13歳から17歳で、男の場合も、ごくまれに特別に美しい者は女性的にその年頃が全盛期の場合もあるが、男が一番モテるのは18歳から24歳であることは経験上も分かると思う。
(あくまで、「外見によってモテる」ことについてであるが、外見の魅力は大きい)
引き寄せの方法で、女性で18歳、男性で25歳に若返るのは可能であるが、それより前の最盛期には戻らないものである。
小説『俺だけレベルアップな件』で、超美人の向坂雫が自分に好意的であると感じ、ひょっとしたら彼女は自分に気があるのではないかと思った水篠旬(24歳)は、鏡に映った自分を見て、「そのへんにゴロゴロいるレベルだぞ」と、向坂雫の件は自分の思い違いと判断する。24歳でこれなら大物だ。
私は小学生の時、エミール・ガボリオの推理小説『ルコック探偵』を読んだ時、ルコックが25歳であることが印象的だった。
ルコックはいい男であるが、「美男盛り」を僅かだが過ぎていることを直観したのだ。つまり、大人の男は能力で勝負しなくてはならないのだと確信したのだ。
女は18歳、男は25歳を過ぎたら中身で勝負である。
それをはっきり自覚するほど、世の中をうまく渡っていける。
逆に、そうでなければ、かなり悲惨で苦しくなる。
いくら美人といったところで、大人は外見だけで勝負は出来ないのだ。
だが、言い換えれば、人権団体や田嶋陽子さんに怒られそうだが、能力で勝負する気がないなら、昔のように女は中学生や高校生で結婚してしまえばいいのではないかと思う。案外にそれで幸せになれると思う。
けれども、残念ながら現代では、男はその手は使えない。
そして、18歳、または、25歳から勝負するには、それまでの積み重ねも必要であるが、学校では、ものの見事にそれが出来ず、むしろ真逆の教育をしている。
日本が破滅する本当の原因はそこであると思う。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)変身物語 上 (講談社学術文庫)
(2)時をかける少女(筒井康隆)※『果てしなき多元宇宙』収録
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(4)眠りながら成功する(ジョセフ・マーフィー)

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