大芸術家の部屋は散らかっていることが多い。
ピカソ、ゴッホ、岡本太郎のアトリエも足の踏み場もないほど物でごった返していたようだ。
特にピカソは収集癖が強い上、物を捨てられない性格で、アトリエはカオス状態だった。
ゴッホは稼ぎが全くなく、小さな家に住み、アトリエと生活空間が一緒だったから、当然、家全部が散らかっていたが、大きな家に棲んでいたゴッホや岡本太郎も生活空間まで散らかっていたらしい。
特に岡本太郎は、「生活空間=アトリエ」主義であったから、彼が出入りする部屋は全部散らかっていたことだろう。
一方で、アンディ・ウォーホールは生活空間は非常に整理されていたらしい。
ただ、実を言えば、ウォーホールの整理された部屋というのは、客間など、他人に見せる必要がある部屋だけで、その他の部屋は非常に散らかっていたそうだ。

ところで、大芸術家の部屋が散らかっているというのは不思議ではない。
作品を作るには時間を要し、起きている時間の全てを注ぎ込むことも多く、片付けている時間がない。
また、制作のための道具はもちろん、必要な資料や物が非常に多いし、それらをすぐ分かる場所に置きたがることからも、片付ける等ということが考えられないのだろう。

とはいえ、一般の人の部屋が散らかっているというのは、時間があるのに片付けないのだから、単なる怠慢である。
長時間、テレビやネットを見たり、ゲームをしているのに、時間を片付けに当てないのだから、怠慢と言うより馬鹿なのだろう。
部屋が散らかっている者が「俺は芸術家気質なんだ」と言うことがあるかもしれないが、本当の芸術家気質とは、1日中、エネルギッシュに制作することだ。

お金持ちの多くは普通の人で、普通の人であるお金持ちが幸せなのだ。
そして、普通のお金持ちの家は、片付いていると言うより、物が少ない。「何もない」という印象を受けることがあるほどだ。
玄関には、靴が少ない、あるいは、全く出ていない。
今流行のミニマリスト(最小限の物しか持たない人)が全部金持ちなわけではないが、まずは、存在する部屋を全部(押入れの中まで)片付けなければ、芸術家肌でもない限り、まず金持ちになれない。
(ちなみに、ゴッホですらだが、ほとんどの芸術家は貧乏だ)
よく、「少しずつでも片付けを継続しよう」などと言う者がいるが、それでは片付かない。
なぜなら、片付けると同時に散らかることも同時に進んでいるが、散らかる速さの方がずっと速いからだ。
片付ける時は、親の仇でも取るようにやらないといけない。
それこそ、親の形見も捨てるほどにだ。親の形見は一点で良い。あれもこれも残そうとすると片付かない。
あなたが死んだら、親の形見だってただのゴミだ。
大俳優の高橋英樹さんは、これまでの衣装や台本等を全部保管していたらしいが、ある時娘に言われたらしい。
「お父さんが死んだら、それ全部ゴミよ」
はっと気付いた高橋さんは全部捨てたらしいが、自分ではとても無理で業者に依頼したら、4トントラック8台分あったらしい。
高橋さんも、それらを早く捨てていたら、もっと大きくなっていたと思う。

ちなみに、ミニマリスト自慢する者も金持ちになれない。
何もない空間を美しいと感じることでエネルギーを呼び込むのである。
夏目漱石がそうであったと思う。
まずは、普段使う机の上、テーブルの上に、必要最低限の物しか置かない、あるいは、何も置かないことだ。
幸せなお金持ちになる呪文は「捨てろ」である。
ピカソなんて、金持ちではあったが幸せではなかった。だから若い彼女を次々作ったのだと思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)ぼくたちに、もうモノは必要ない。(佐々木典士)
(2)青春ピカソ(岡本太郎)
(3)私のピカソ私のゴッホ(池田満寿夫)
(4)こゝろ(夏目漱石)

夕刻の風
AIアート3285
「夕刻の風」
Kay

  
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