最近、ある男性のご老人がこう言われるのを聞いた。
「私の遺骨は、明石橋から川に撒いてくれたらそれでいい。墓はいらない」
そのご老人は、ちゃんとお子さんがいて、お子さんとは別に疎遠でもない人なのだが、自分の葬式で金をかけるのはまっぴらご免というわけだろう。
大いに共感する。
実際には、遺骨を細かく砕いても、川への散布は違法である。
海なら合法であるが、海水浴場、漁場、養殖場、観光地の近くは駄目で、一海里以上の沖合であれば良いらしい。
法務省は「葬送の儀礼として節度を持って行う限り、違法ではない」との見解を出しているが、例によって曖昧なものだ。
まあ、行う者が「葬送の儀礼として節度を持って行った」と言えば良いのである。

ちなみに、遺骨は2ミリ以下に砕けば、上のような条件で海に散布OKである。
遺骨をパウダー状にする行為(粉骨)を専門に行う「粉骨専門業者」は数多く存在し、機械粉骨なら1~2万円、手作業だと3~5万円で行ってくれるらしい。

尚、葬儀社でも、遺骨の海洋散布サービスを外部提携などで行うことも多くなっているが、私が知る範囲では価格が馬鹿高く、いろんなオプションでさらに高額になる。
まあ、個人に資産があれば、生きているうちに金を払って予約すれば、親族に負担がかからないことを売りにしているのだろう。
早い話が、業者は儲けたいだけだと思う。あこぎな話と思う。

私が思うに、死んで遺体を焼き、粉骨し、海に撒くまで国が行えば良いと思う。
そんなことを民間に丸投げにするから、死人が出る度に、国民は業者やお寺にお金をビックリするくらいむしり取られ、故人の思い出を汚すのである。
だが、遺体の焼却、粉骨、海洋散布まで国のサービスで(1万円程度までの手数料で)行えば、家族は故人の死を十分に悼むことが出来るのである。
私は、葬式もお経も不要なので、死んだら、焼却、粉骨までは業者にやってもらい、やってくれる親族に十分な謝礼が渡るようにして海洋に撒いてもらえば良い。これなら、海洋散布までの費用だけなら20万円以下に収まると思う。
ただ、実際は私は、家の墓があるので、焼却だけで良いので経済的と思う。
実は、自分の遺骨をどうされようと興味はない。
戒名も不要であるが、ごねるとかえって面倒なので、適当にやっていただきたい。

創作かもしれないが、ジョージ・アダムスキーが言うには、進歩した宇宙人は、死んだら死体を原子分解して、別に墓もないらしい。地球人類も早くそうなるべきと私は思う。

天国とか極楽浄土とかの話は、デタラメという言い方は良くないが、あくまで創作であり、イエスや釈迦の教えと何の関係もない(たとえ話としては言ったかもしれないが)。特に、葬儀社やお寺が儲かるように創作されたのだろう。
遺骨の海洋散布が法的に許可されているのだって、業者がその法律を作る省庁の者をもてなし、天下り先を用意することでそうなったのではないかと思う。
ならば、全国民、故人の骨を機械式で安価にパウダー状にしてもらい、ちょっと船で遊覧しながら海に撒けば良い。
弔い方で死後の待遇が変わるなんて、嘘つきか馬鹿の言うこととしか私には思えない。
もし、死後の待遇が変わるとすれば、それは生前の行い以外に考えられるだろうか?

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)私の葬式(坂口安吾)
(2)ほどなく、お別れです(長月天音)
(3)新アダムスキー全集1 第2惑星からの地球訪問者(ジョージ・アダムスキー)
(4)[完全版]生きがいの創造(飯田史彦)

そろそろお別れ
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Kay

  
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