重要なことと思うので何度でも言うが、昭和の成功したセールスマン・事業家であった夏目志郎さんのお話である。
中国人であった夏目さんは、30歳位の時、大金を持って日本にやってきて事業で成功を目指したが、詐欺に遭って多額の借金を背負うことになってしまった。
さらに交通事故で脚を折り、頭髪も薄くなる等散々な中、クリスチャンになった夏目さんは神様に祈った。
「これまでの人生の責任は私にあります。しかし、これからはあなたに責任を持って欲しい。これはという仕事を下さい」
すると、翌日、外資系企業からスカウトが来た。

似たお話がある。
昭和初期の農民であった因幡の源左のものだ。
権左が19歳の時、父親が亡くなる前に源左に言った。
「これからは親様を頼れ」
親様とは阿弥陀仏のことである。
権左は、どう阿弥陀様に頼れば良いのか分からなかったが、こんなことがあった。
山に草刈に行き、牛の背に刈った草を乗せたが、自分もいくらか担いだ。彼はその牛を可愛がっていたのだ。
しかし、草が重くて辛くなり、牛に「すまん」と言って自分の分も負わせたが、牛は一向平気である。
その時、源左は「ああこれか」と悟った。
やがて、源左は念仏を唱えて一切を阿弥陀仏に任せ、悠々と暮らすようになった。
イエスだって、「重荷があれば私に負わせよ」と言った。
ラマナ・マハルシも「神はいかなる重荷にも耐える。全部神に負わせ安心しろ」と言った。
私も、大金持ちと高いレストランに食事に行って、支払いに悩んだことはない。全部金持ちが払ってくれるに決まっている。
「南無阿弥陀仏」とか「南無観世音菩薩」というのは、「阿弥陀様、全部おまかせします」「観音様、後はよろしく!」という意味だ。

では、自分は努力しなくていいのか?
「いいんです!」(笑)
「会計10万円です」と言われ、お金持ちがダイナーズカードを出しているのに何を努力する必要があろうか?
自然と感謝の念が起これば感謝すれば良い。
普通なら、金持ちに「お前は金がなくてだらしない。俺の株を1万株ほどやるからしっかりせい」と言われたら、自然と感謝の念が起こるだろう。
それよりも、欲張らないことだ。
成功した人は、皆、欲張らなかったのだ。
源左は、自分の畑から芋泥棒が芋を掘って盗んだのを知ると、畑に鍬を置いておくようになった。
手で彫って怪我をしたら可哀そうだからだ。
阿弥陀様がバックについている者の余裕だろう。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)新版 歎異抄 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)
(2)現代日本語訳 法華経(正木晃)
(3)ラマナ・マハルシの教え(山尾三省翻訳)
(4)人生は思うように変えられる(ジョセフ・マーフィー)

家の眠り姫
AIアート3214
「家の眠り姫」
Kay

  
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