「あたし、しては駄目って言われることは何でもしたいの」
イタリア映画『愛のほほえみ』(1974)の中で、8歳の少女オルガが言った言葉だ。
今はこの映画を見る方法がないのだが、AIに聞くと、日本で何度かテレビ放送がされているらしく、吹き替え版が作られていると思われる。公開して欲しいものだ。
オルガは上流階級だったかどうかは分からないが、躾に厳しい家の娘だったのかもしれない。
ところで、子供は誰でも悪いことをしたいものだが、悪いことをせずに育った子供というのは、かなり危ないということは分かると思う。

悪いことをすること自体必要であるが、同時に、悪いことをすれば痛い目に遭うという経験も重要なのだ。
悪いことは大きいほど楽しいが、大きな悪いことをするほど自分も酷い目に遭うことで、限度とか匙加減というものを覚えていくのである。
度の過ぎたいじめや残虐な行為をする子供というのは、悪いことを完全に禁止されたか、逆に、悪いことを止められずに好きなようにやって育ったのである。

料理店で騒ぎまくって周囲の客に迷惑をかける子供が多くなったらしい。
そんな子供は、家の中はもちろん、どんな場所で騒いでも親が止めないどころか、親も一緒になって騒いでいたり、その親も平気で回りに迷惑なことをしているのである。
そんな家庭で育った子供は、どこかで酷い目に遭って矯正される機会でもなければ、社会に不要どころか、社会に居てはならない人間になる。だが、個人の権利を過剰に保護する社会では、そんな人間が人々に迷惑をかけ続けるのである。
日本で問題を起こす移民を見ると、やはり好きなように悪いことをして育った者であることが分かる。
日本にも、好き勝手に悪いことをして育ってしまった者がいるが、移民の中には、日本では考えられないレベルで好き放題してきた者が沢山いるのである。
彼らは逮捕されても「何でこんなことで逮捕されるんだ」と本気で怒るのである。

何度か言ったが、人間は放埓(勝手気まま)に振る舞いたいものであるが、その気持ちを自主的に抑えることで、神は抑えた分の倍の力をその者に与え、世界を自由に闊歩させるのである。
尚、好き放題やる人間を、神が泳がせておく場合もあるが、そんな者の最後は悲惨である。
限度をわきまえることを大人というのであり、やってはならないことを自分に厳しく禁じる者が天を味方につけるのだと思う。
こんな当たり前のことを、昔の日本人は皆知っていたが、何らかの陰謀でもあったのか、分からなくなっている日本人が増えているように思われる。

悪いこともそこそこしなくてはならない。だが限度を超えてはならない。
ものごとは出来るだけシンプルにやらないといけないが、限度があるのと似ている。
徹底することが必要なこともあるが、徹底するにも限度があるにはある。
だから、人生は難しいと同時に面白いのである。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)源氏物語(角田光代現代語訳)
(2)平家物語 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)
(3)論語 (岩波文庫)

ちょっとだけ悪い子
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Kay

  
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