友達を作ることが苦手な人がいる。
苦手どころか、絶望的に下手な場合もある。
それでも、周囲にとてつもなく親切で慈愛に満ちた人がいて、その人が辛抱強く付き合ってくれたおかげで、何とかそこそこの人付き合いが出来るようになったり、さらには、友達を沢山作れるようになったという人も実際に私は知っている。

私も友達作りはさっぱりで、いつもぼっちだ(笑)。
どんな原因で友達作りが駄目になるかはいろいろだろうが、私と同じような人が多いと思う。
それは、幼い時に母親に構われ過ぎたことだ。
猿の観察記録でもあったが、母猿にべっとり構われ、他の子猿達と交流しなかった子猿を、子猿達の集団に入れたら、その子猿は怯えて逃げ出して震えていた。
それを見て私は「ああ!これが私だ」と思ったものだ。

つまり、

母親が先回りして
- 失敗させない
- 困る前に助ける
- 子供の代わりに判断する
- 子供の気持ちを読みすぎて介入する

こうした状態が続くと、子供は、

- 自分で問題を解決する経験が少ない
- 他者との摩擦を乗り越える練習が出来ない
- 「自分でやってみる」より「親がやってくれる」が習慣化する

結果として、**同年代との関わりで必要な“試行錯誤”が不足する**。
その母子の間で実際に何が起こっているのかというと、

他者より親を優先する「母子密着型」になる
- 親が子供の世界を強く管理する
- 親の価値観が絶対になる
- 親との関係が過度に密着する

すると、子供は、

- 親以外の人と関わる必要性を感じにくい
- 親の反応を気にしすぎて他者と自由に接することが出来ない
- 親の基準で他者を評価するようになる

結果として、**同年代との関係構築が不自然になりやすい**。
私も全くそうである(笑)。
あなたもそうではないだろうか?

そして、決定打は、自己肯定感が「親の評価依存」になることだ。
構い過ぎる親は、
- 過度に褒める
- 過度に心配する
- 過度に指示する

これらは一見ポジティブな面もあるが、子供は、

- 「自分の価値は親の反応で決まる」と学習し易い
- 他者の前で自分をどう出せばいいか分からなくなる
- 失敗や拒否に過敏になる

結果として、**友達作りの場面で不安が強くなる**。

考えて見れば、他の子供達とぶつかり合って過ごす機会のない子供が増えているので、上のようなことがますます起こるようになっている。

友達が出来ない辛さを抱えた者が、「強い力を持つことで、他の者達より優位な状態になれば、向こうが従ってくれるし、そうでないとしても1人で生きていける」と短絡的に思う場合がある。
それで、空手等の武道を熱心にやったり、プログラミングをマスターしたり、勉強を頑張って良い学校に入ったりする。
しかし、それ自体はうまくいっても、友達はさっぱり出来ないことを思い知る。
結果、友達もいなければ、彼氏彼女も出来難く(出来てもすぐ別れる…は私だが 笑)、結婚も出来ず、暗い一生になる。
孤独が自由なんて、ごく一面的な見方だ。

人間の友達を得ることは無理だと思うと、妖精、天使、宇宙人といったところとの交流を願うようになることもある。
意外にも、それがうまくいくこともあり、そんなところから発展した文学や芸術があることは間違いない。
ただ、そんな特異な存在と仲良くなっても、本人はなかなか幸せにはなれない。
こげどんぼ*さんの『ぴたテン』という漫画は、アニメではほとんど子供向け作品になってしまったが、原作漫画は、そんな特殊な少年である樋口湖太郎の深いお話だ。
湖太郎は、なぜか美紗という見習い天使に慕われるが、それは湖太郎の特殊な性質のためだった。
そんな湖太郎がどうなるかというと、私が知る範囲では、漫画作品としては最も感動的な結末となる。
つまり、湖太郎と美紗は、お互い離れる必要があったが、それをどう実現するかだ。

天使や妖精や宇宙人や怪異と仲良くしたければ、それは出来る。
ただ、後で後悔することになるかもしれない。
まあ、それならそれで諦めるかだが、湖太郎の場合は死んでも逃れられなかったのだ。
我々も同じかもしれない。
「20世紀最大の詩人」と言われるノーベル賞作家W.B.イェイツの自伝的小説『まだらの鳥』にも、そんな悲哀を感じる。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)ぴたテン(1) (こげどんぼ*)
(2)まだらの鳥(W.B. イェイツ)

人でない友達
AIアート3202
「人でない友達」
Kay

  
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