シェイクスピアの『リア王』は、ずーっと考えさせてくれるお話だ。
一般の読者、特に子供等若い読者は「お姉さん達ひどい!」と思うかもしれないが、一番問題なのは、間違いなくリア王の自惚れだ。
つまり、リア王が圧倒的に悪い。
子供が小さい時はともかく、親が子供に、そんなに愛されるわけないじゃないか?
末娘がリア王に「当たり前に愛している。それ以上でも以下でもない」と言ったことに怒ったリア王が馬鹿過ぎるのだ。
末娘は控え目に言ったわけでも何でもなく、本心を言ったのだ。
そして、リア王はその言葉に大いに満足すべきであった。
確かに、姉達は心なかったかもしれないが、それが普通である。
CLAMPの漫画『東京BABYLON』(1993)に、こんな話があった。
あるお爺さんが、娘夫婦とその2人の子供達と一軒家に同居していた。
分からないが、住んでいる家はお爺さんの所有ではなかったと思う。つまり、お爺さんは、娘の旦那の家に厄介になっている肩身の狭い立場だったかもしれない。
ある時、孫たちがお爺さんに、「お爺さんはいつ死ぬの?」と屈託ない顔で尋ねる。
戸惑うお爺さんに、孫は、「お爺さんが死んだら、僕たちは部屋を1つずつもらえるってお母さんが言ってたんだ。楽しみだなあ」と言ってはしゃぎ、お爺さんは沈み込む。
そんなある時、お爺さんの娘が風邪で熱を出す。
すると、お爺さんは意気揚々とバナナを買いに行く。
お爺さんは、娘が小さかった時、熱を出したらバナナを買ってやると喜んだことを憶えていたのだ。
だが、お爺さんは、もう娘はバナナを買ってやったら喜ぶ子供ではないことを、いくら何でも認識しないといけない。
つまり、娘は熱が出たらバナナを買ってやると喜ぶという想いを、とおの昔にアップデートしなければならなかったのだ。
このお爺さんの何が根本的な問題なのだろう?
『涙弾』(1976)という漫画の中で、周辺の話は分からないが、あるご婦人が言う。
「人間は安定を求めた時に生きることをやめるのですね」
あのお爺さんは、安住を求めるだけで生きていなかった。
CLAMPの『魔法騎士(マジックナイト)レイアース』(1996)で、イーグル(若きイケメン)が不治の病で寿命が長くない中、光(ヒロイン。14歳)の命を守るために自分は死ぬことを決意するが、光はイーグルに、
「たとえ長くなくても、生きている限りは一生懸命生きないと駄目だ」
と言う。
お爺さんも、一生懸命生きるべきだった。
確かに、お爺さんの娘は、リア王の姉娘達のように心ないかもしれないが、それも仕方ない。
人間は、そして、おそらく女は特に、関心は子供に向かうものであり、親をそれほど愛さないのは不思議なことではない。
やがては自分も子供に見捨てられて、それを理解するのである。
死の10日前まで不良老人であり続けたアイルランドの詩人W.B.イェイツとまではいかなくても、生きている限りはちゃんと生きないといけないが、今は若いうちから生きるのをやめている人が多いかもしれない。
「金がないから」と言いたいかもしれないが、ちゃんと生きてたら金はいくらでも出来ると思う。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)リア王 (光文社古典新訳文庫)
(2)東京BABYLON[愛蔵版](1)
(3)魔法騎士レイアース(1) (なかよしコミックス)
(4)涙弾1~チランジアノ女~ (マンガの金字塔)

AIアート3199
「恋せよ乙女」
Kay
一般の読者、特に子供等若い読者は「お姉さん達ひどい!」と思うかもしれないが、一番問題なのは、間違いなくリア王の自惚れだ。
つまり、リア王が圧倒的に悪い。
子供が小さい時はともかく、親が子供に、そんなに愛されるわけないじゃないか?
末娘がリア王に「当たり前に愛している。それ以上でも以下でもない」と言ったことに怒ったリア王が馬鹿過ぎるのだ。
末娘は控え目に言ったわけでも何でもなく、本心を言ったのだ。
そして、リア王はその言葉に大いに満足すべきであった。
確かに、姉達は心なかったかもしれないが、それが普通である。
CLAMPの漫画『東京BABYLON』(1993)に、こんな話があった。
あるお爺さんが、娘夫婦とその2人の子供達と一軒家に同居していた。
分からないが、住んでいる家はお爺さんの所有ではなかったと思う。つまり、お爺さんは、娘の旦那の家に厄介になっている肩身の狭い立場だったかもしれない。
ある時、孫たちがお爺さんに、「お爺さんはいつ死ぬの?」と屈託ない顔で尋ねる。
戸惑うお爺さんに、孫は、「お爺さんが死んだら、僕たちは部屋を1つずつもらえるってお母さんが言ってたんだ。楽しみだなあ」と言ってはしゃぎ、お爺さんは沈み込む。
そんなある時、お爺さんの娘が風邪で熱を出す。
すると、お爺さんは意気揚々とバナナを買いに行く。
お爺さんは、娘が小さかった時、熱を出したらバナナを買ってやると喜んだことを憶えていたのだ。
だが、お爺さんは、もう娘はバナナを買ってやったら喜ぶ子供ではないことを、いくら何でも認識しないといけない。
つまり、娘は熱が出たらバナナを買ってやると喜ぶという想いを、とおの昔にアップデートしなければならなかったのだ。
このお爺さんの何が根本的な問題なのだろう?
『涙弾』(1976)という漫画の中で、周辺の話は分からないが、あるご婦人が言う。
「人間は安定を求めた時に生きることをやめるのですね」
あのお爺さんは、安住を求めるだけで生きていなかった。
CLAMPの『魔法騎士(マジックナイト)レイアース』(1996)で、イーグル(若きイケメン)が不治の病で寿命が長くない中、光(ヒロイン。14歳)の命を守るために自分は死ぬことを決意するが、光はイーグルに、
「たとえ長くなくても、生きている限りは一生懸命生きないと駄目だ」
と言う。
お爺さんも、一生懸命生きるべきだった。
確かに、お爺さんの娘は、リア王の姉娘達のように心ないかもしれないが、それも仕方ない。
人間は、そして、おそらく女は特に、関心は子供に向かうものであり、親をそれほど愛さないのは不思議なことではない。
やがては自分も子供に見捨てられて、それを理解するのである。
死の10日前まで不良老人であり続けたアイルランドの詩人W.B.イェイツとまではいかなくても、生きている限りはちゃんと生きないといけないが、今は若いうちから生きるのをやめている人が多いかもしれない。
「金がないから」と言いたいかもしれないが、ちゃんと生きてたら金はいくらでも出来ると思う。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)リア王 (光文社古典新訳文庫)
(2)東京BABYLON[愛蔵版](1)
(3)魔法騎士レイアース(1) (なかよしコミックス)
(4)涙弾1~チランジアノ女~ (マンガの金字塔)

AIアート3199
「恋せよ乙女」
Kay
| 人気ランキング参加中です |
|

