前にも書いたが、私は、日本が誰でも使える伝説の魔道具「打ち出の小槌」はガッツポーズのことだと信じている。
アニメや絵本では、お姫様が打ち出の小槌を振って一寸法師を大きくしているが、実際は、一寸法師が自分で振ったことになっている。
しかし、小さな一寸法師が普通サイズの小槌を振れるはずがない。
そして、一寸法師が打ち出の小槌を振った意味は、それまでガッツ(根性)とヴィジョン(野望)はあったが、小賢しい知恵に頼っていた若者が、巨大な潜在意識の力をガッツポーズで目覚めさせたということだ。
それまでは、16歳の一寸法師と13歳のお姫様は子供っぽい関係にあったが、パワーを得た一寸法師はお姫様をお嫁さんにしたのである。

特に日本人は誰でも打ち出の小槌を使える。
しかし、使い方に注意が必要だ。
ミュンヘンオリンピックの柔道で、無差別級と重量級の2つの金メダルを獲得したオランダのウィリアム・ルスカは、重量級の決勝で勝った時に、ガッツポーズを連発した。
また、いつのオリンピックか忘れたが、やはり柔道の決勝で勝った日本人選手が、対戦相手の目の前で、派手なガッツポーズを何度も繰り返した。
両方共、その後の人生は不遇だ。
ルスカは、その8年前の東京オリンピックでは代表に選ばれず、4年前のメキシコではオランダがオリンピックをボイコットして出場出来ず、遂にミュンヘンで金メダルを取ったのだから嬉しかったのだろうが、その後、ルスカは金に困る状態になり、アントニオ猪木にバックドロップ3連発で仕留められる役を受けるしかなかった。
上で取り上げた日本人選手も、プロ格闘家に転向後はぱっとせず、大一番で負けることが多くなり引退した。

ガッツポーズは、1人で静かにやるもので、勝った時、特に、敗者が居るところでは決してやってはならない。
勝った時ほど謙虚になるべきである。
ブルース・リーの『ドラゴンへの道』という映画で、最後、コルトと決闘し、コルトを殺したタン・ロンは、コルトに黙祷を捧げた。
コルトは悪党であったが、それでもタン・ロンは死者への畏敬の念を示したのだ。
これが真の勝者の、そして、これからも勝つ者の姿である。
世界的に、そして、日本でも、礼の精神を忘れてしまった。
ガッツポーズも礼なくしては、魂、潜在意識との一体化に導かない。
ガッツポーズと神仏に手を合わせる気持ちを忘れなければ、恐れるものは何もない。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)人は何のために「祈る」のか 生命の遺伝子はその声を聴いている
(2)脳科学からみた「祈り」(中野信子)
(3)完本 1976年のアントニオ猪木
(4)〈パワーポーズ〉が最高の自分を創る(エイミー・カディ)
(5)一寸法師(楠山正雄)
(6)ドラゴンへの道(字幕版) ※Amazon Prime Video(レンタル)

野の薔薇
AIアート3144
「野の薔薇」
Kay

  
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