笹沢佐保さんの時代劇小説『木枯し紋次郎』は娯楽小説であるが、これほど自己開発のヒントを与えてくれるものはない。
もちろん、他にもそのような小説作品(漫画ですら)もあるが、そんな作品の特徴は、とにかく自然に感じることである。逆に不自然に感じるものは下手な空想である。
紋次郎という名の江戸時代の渡世人(一般的には博打打ち)は、農家の出身だが故郷を捨て、目的のない旅を果て無く続けている。
どうやって食べているのかというと、歴史的に正しいのかどうかは分からないが、流れ者のヤクザの慣習の通りに、その土地のヤクザの親分的な家を訪れ、そこに泊めてさせてもらい、食事にありつくのだが、もし、泊っている間にその家で出入り(ヤクザ同士のケンカ)が起これば、泊めてもらっているヤクザはその出入りに必ず参加し、長ドス(長い脇差、短刀)を振って戦わなければならない。
そして、出入りがあろうが、そうでなかろうが、出立する際には、ヤクザの家では、泊まったヤクザに金を渡すのだが、その額は、泊まったヤクザの貫禄によって異なる。
紋次郎は名が売れていたし、見る者がみれば分かるその貫禄により、額が大きい。
そして、紋次郎も博打をやるが、これがなぜか強い。
紋次郎はイカサマはしないし、博打は運でしかないのだが、紋次郎がなぜ博打で勝てるのかも、よく読めば分かってくる。
紋次郎は、何と言って腕が立つ。
ヤクザの間ではトップクラスで頭抜けている。
しかし、本物の剣の達人に敵うはずがない。
ところが、紋次郎は、何度か、武士や元武士の剣の達人と戦うことになってしまう。
そんな時、紋次郎は自分を知っており、まともに戦って勝てるはずがないことをはっきり理解しているので、奇策を含め、あらゆる手を使うのである。
そして、達人と言えない、そこそこ程度の剣士であれば、それなりに修行した相手であっても、紋次郎は簡単に勝てる。
正統な剣の修行はしていなくても、紋次郎は鍛え方が違っている。
若い時は木こりをやり、山で木を切り、それを川まで運ぶという仕事をして身体を鍛えた。
そして、剣の腕が凄い秘密に関しては、『木枯し紋次郎』の続編の『帰ってきた木枯し紋次郎』で、さらりと明かされる。
電気やガスがない当時は、燃料としての薪の需要が高く、若き日の紋次郎は薪割りを何年も1日中やっていたのだ。
38歳になった紋次郎は、わけあって久々に薪割りをやったが、その腕は見事だった。
紋次郎の腕は、主にこの薪割りで鍛え上げたのだろう。
それと、やはり、命懸けの実戦である。それなら、下手な武士が敵うはずがないと思われる。
また、紋次郎の身体、特に足腰が強いのは、旅で歩いているからだが、目的がない旅に関わらず、早朝に出立し、日が暮れるまで、風のように歩くのである。つまり、規律正しい生活をしているのである。
これだけ見ても、強くなれる秘訣が満載である。
ところで、紋次郎は驚くほど頭が良い。
その頭の良さは、もちろん、学問的、ペーパー試験的なものと全く違う、本物の賢さである。
紋次郎は、文字は読めるが、おそらく、本を読んだことは全くない。しかし、それでも紋次郎の頭が良いことは納得出来るのである。つまり、自然に感じる。
これは、最近になって研究が進んできたOE(過度激動)の能力の高さと私は思う。
紋次郎は、普通の人が気付かない、微妙なものに気付き、普通の人が関連付けない関係性に気付き、現代のAIでも分からないことに一瞬で気付くのだ。
これも、生きるために紋次郎が自然に獲得した能力と思う。
そして、上のような、延々とした繰り返しもまた、OE能力を高めると思う。単に繰り返すのではなく、心を澄ましていれば、繰り返しの中の微妙な違いに気付くからである。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)木枯し紋次郎(一)(笹沢佐保)
(2)帰って来た木枯し紋次郎(笹沢佐保)
(3)大人のギフテッド(ジャンヌ・シオー=ファクシャン)
(4)ギフティッド その誤診と重複診断(J. T. ウェブ他)

AIアート3097
「ナチュラル」
Kay
もちろん、他にもそのような小説作品(漫画ですら)もあるが、そんな作品の特徴は、とにかく自然に感じることである。逆に不自然に感じるものは下手な空想である。
紋次郎という名の江戸時代の渡世人(一般的には博打打ち)は、農家の出身だが故郷を捨て、目的のない旅を果て無く続けている。
どうやって食べているのかというと、歴史的に正しいのかどうかは分からないが、流れ者のヤクザの慣習の通りに、その土地のヤクザの親分的な家を訪れ、そこに泊めてさせてもらい、食事にありつくのだが、もし、泊っている間にその家で出入り(ヤクザ同士のケンカ)が起これば、泊めてもらっているヤクザはその出入りに必ず参加し、長ドス(長い脇差、短刀)を振って戦わなければならない。
そして、出入りがあろうが、そうでなかろうが、出立する際には、ヤクザの家では、泊まったヤクザに金を渡すのだが、その額は、泊まったヤクザの貫禄によって異なる。
紋次郎は名が売れていたし、見る者がみれば分かるその貫禄により、額が大きい。
そして、紋次郎も博打をやるが、これがなぜか強い。
紋次郎はイカサマはしないし、博打は運でしかないのだが、紋次郎がなぜ博打で勝てるのかも、よく読めば分かってくる。
紋次郎は、何と言って腕が立つ。
ヤクザの間ではトップクラスで頭抜けている。
しかし、本物の剣の達人に敵うはずがない。
ところが、紋次郎は、何度か、武士や元武士の剣の達人と戦うことになってしまう。
そんな時、紋次郎は自分を知っており、まともに戦って勝てるはずがないことをはっきり理解しているので、奇策を含め、あらゆる手を使うのである。
そして、達人と言えない、そこそこ程度の剣士であれば、それなりに修行した相手であっても、紋次郎は簡単に勝てる。
正統な剣の修行はしていなくても、紋次郎は鍛え方が違っている。
若い時は木こりをやり、山で木を切り、それを川まで運ぶという仕事をして身体を鍛えた。
そして、剣の腕が凄い秘密に関しては、『木枯し紋次郎』の続編の『帰ってきた木枯し紋次郎』で、さらりと明かされる。
電気やガスがない当時は、燃料としての薪の需要が高く、若き日の紋次郎は薪割りを何年も1日中やっていたのだ。
38歳になった紋次郎は、わけあって久々に薪割りをやったが、その腕は見事だった。
紋次郎の腕は、主にこの薪割りで鍛え上げたのだろう。
それと、やはり、命懸けの実戦である。それなら、下手な武士が敵うはずがないと思われる。
また、紋次郎の身体、特に足腰が強いのは、旅で歩いているからだが、目的がない旅に関わらず、早朝に出立し、日が暮れるまで、風のように歩くのである。つまり、規律正しい生活をしているのである。
これだけ見ても、強くなれる秘訣が満載である。
ところで、紋次郎は驚くほど頭が良い。
その頭の良さは、もちろん、学問的、ペーパー試験的なものと全く違う、本物の賢さである。
紋次郎は、文字は読めるが、おそらく、本を読んだことは全くない。しかし、それでも紋次郎の頭が良いことは納得出来るのである。つまり、自然に感じる。
これは、最近になって研究が進んできたOE(過度激動)の能力の高さと私は思う。
紋次郎は、普通の人が気付かない、微妙なものに気付き、普通の人が関連付けない関係性に気付き、現代のAIでも分からないことに一瞬で気付くのだ。
これも、生きるために紋次郎が自然に獲得した能力と思う。
そして、上のような、延々とした繰り返しもまた、OE能力を高めると思う。単に繰り返すのではなく、心を澄ましていれば、繰り返しの中の微妙な違いに気付くからである。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)木枯し紋次郎(一)(笹沢佐保)
(2)帰って来た木枯し紋次郎(笹沢佐保)
(3)大人のギフテッド(ジャンヌ・シオー=ファクシャン)
(4)ギフティッド その誤診と重複診断(J. T. ウェブ他)

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