自己啓発書で、一種の引き寄せの法則と言っても良いと思うが、西田文郎さんの『かもの法則』という本が面白いとは思った。
「かもの法則」とは、簡単に言えば、「成功するかも」「できるかも」「うまくいくかも」と、肯定的な予想をする言葉をつぶやけば成功するというものだ。
だが、本を読んでも、回りくどい文章のせいか、この結論が分からない場合が多いような気がする。
たとえば、金持ちになりたい場合は、「私は金持ちかも」ではなく、「私は金落ちになれるかも」と、あくまで未来予測の形で言葉にしないといけないが、本の中には「作家かも」みたいな書き方もあって、予想が実現するのだということが分かり難い。
モテたいという願望であれば「モテるようになるかも」としなければならないのだが、それではいつまでもモテないような気がする。この場合は「モテるかも」で良いようにも思うが、分かり難い。

面白い本だとは思うが、西田さんも、自分の他の本では全く「かもの法則」の話をしていないように思うので、「かもの法則」は駄目だと分かったのだと思う。
実際、「お金持ちになれるかも」と言ったところで、心が、「そんなことはない」と反発するところは、「私は金持ちだ」「私は金持ちになりつつある」などと同じだ。
確かに、「金持ちになれるかも」だと、現在のことは全く無関係なので、いくらか葛藤は少ないかもしれないが、所詮「淡い未来の夢」「未来の儚い妄想」でしかない。

だが、「嘘だけど、私は金持ちだ」なら、心は逆らわず、「嘘だけど」はマイナスにならない。
なぜなら、自分自身が嘘なのだからだ。
これは、頭では分からないので、直観で感じるしかない。
『NOIR(ノワール)』というアニメで、ミレイユ・ブーケが夕叢霧香(ゆうむらきりか)に、「あんた自体が大きな嘘よ」と言った通りだ。
霧香は記憶を消され、高校の学生証が与えられた。そこに書かれた、名前と学生の身分という嘘(夕叢霧香という名前も嘘)に霧香はすがるしかなかった。
あなたも同じだ。
その名前、身体、身分、周囲の状況、固定観念、趣味、好き嫌いといった嘘を自分だと思い込んでいるだけだ。
たとえば、あなたがトヨタの社員だとしたら、「私はトヨタの社員だ」という嘘を生きているのだ。
自分がトヨタの社員だということが嫌なら、「嘘だけど、私はトヨタの社員だ」と言えばスッキリする。
自分がトヨタの社員であることが気に入っていても、「嘘だけど、私はトヨタの社員だ」と言えば、自分がトヨタの社員であることがどうでも良くなり、もっと大きくなれる。
「嘘だけど、私は金持ちだ」と言えば、金持ちかどううかなど、どうでも良くなり、必要ならすんなり金持ちになる。

西田さんの『かもの法則』も、気付きのきっかけにはなった。
この本のおかしさを意識することが役に立ったのだろう。
クリシュナムルティの『私は何も信じない』は有益だったと思う。
しかし、「これは嘘だが」と話し始める荘子こそが本物だ。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)新釈 荘子 (PHP文庫)
(2)中国の思想(12) 荘子(改訂版) (徳間文庫)
(3)私は何も信じない(ジッドゥ・クリシュナムルティ)
(4)かもの法則(西田文郎)
(5)NOIR ※Amazon Prime Video dアニメストア

乙女の嘘
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