「心をこめる」という言い方は誤解を与える。実は、最上の精神状態とは、心が消えている状態だ。
「心がこもっていない」もやはりおかしい。悪い精神状態とは、邪悪な心が活動している状態だ。
普通、「心がこもっている」とは、注意深く、大きな配慮を持って、感謝を込めて行うことだ。
しかし、それが出来るのは、心が徹底的に静かな状態、無心の状態、つまり、やはり心が消えている時である。
上のことが分かれば、本物の魔法使いになれる。
魔法使いが魔法を使う時は、心が消えている・・・つまり、全く何も考えていない、無思考の状態だ。
魔法使いが「こいつをやっつけてやろう」「俺が楽しい状態にしてやろう」などと思って魔法を使ったりなどしない。それは凡人の精神状態であり、魔法力は発揮されない。
引き寄せも魔法と同じであり、心が消えていなければ出来ない。
1億円手に入れていい思いをしてやろうなどという心があるままで1億円が引き寄せられることはない。
よほど優秀な人が過酷な仕事をしたり、優秀でないなら悪いことをしたり、身体を売っても、なかなか1憶円を作れない。そんなやり方では、引き寄せの力が働かないからだ。つまり、心があるからだ。
簡単なことなのだが、分からない人が多いかもしれない。
学校やテレビで真逆の観念を叩き込まれているからだ。
YouTubeで「腕立て伏せ100回」などというタイトルの動画がある。200回とか300回まであるかもしれない。
それは「俺は100回やれるぞ」と自慢する心があったり、「俺も100回出来るようになって自慢したい」と思わせるもので、実に「心がこもっている」。
腕立て伏せを100回も200回も毎日やっていると、普通の人なら身体を壊す。私がそうだった。
だが、5回の腕立て伏せを無心で、徹底的に心を静めてやれば非常に良い効果が得られる。
それには、5回が楽々出来ないといけない。
楽々に5回の腕立て伏せが出来ないなら、膝をついて行えば良いし、膝をついても無理なら椅子の背の上などを掴んでやる。それでも無理なら壁に手をついて行う壁腕立て伏せをやれば良い。
壁腕立て伏せでも、心を静めてやれば素晴らしい効果がある。
心を静めてやるとは、この上なく丁寧にやるということだ。
「お前、以前に1回でいいと書いていたじゃないか」という邪心がある者は効果がない。
1回、心を消してやれば、やがて5回出来るようになる。
徹底的に丁寧にやることで心を消せる。
文字を徹底的に丁寧に書けば心が消える。
書道の神髄はそれなのだが、「上手く書いてやろう」と思うと邪心が入る。
だが、今の時代「丁寧」が軽視されている。
手で丁寧に文字を書く機会もない。
「勝つと思うな、思えば負けよ」は武道の神髄で、勝とうという心があっては駄目で、一切の心を消してこそ魂の力が発揮される。この唄『柔』の作者の関沢新一さんは、本物の武道家に教わって書いたのだ。
ラマナ・マハルシは、覚醒のためには、心で常に「私、私、私」と言うよう教えた。
本当に丁寧にやれば、10回で進歩する。それを思い出す度にやればいい。
また、思い出した時に1回、極めて丁寧に「私は誰か?」と問えば、後は、潜在意識が問い続けてくれて神になる。
事故で一生、身体を動かせないようになったと診断された人に、こんなことを言った人がいた。
「医者の言うことなんか信用するな。お前はちゃんと動けるようになる」
この上なく丁寧な、真心(透明な心)がこもった嘘だった。
そして、医学的には回復不能な身体は、ほとんど完全に回復した。
これは実話で、私の友人が実際にアメリカでその人達に会っている。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)ラマナ・マハルシの教え(山尾三省翻訳)
(2)ポリー氏の人生(H.G.ウェルズ)
(3)弓と禅(オイゲン・ヘリゲル)

AIアート2967
「消えていく心」
Kay
「心がこもっていない」もやはりおかしい。悪い精神状態とは、邪悪な心が活動している状態だ。
普通、「心がこもっている」とは、注意深く、大きな配慮を持って、感謝を込めて行うことだ。
しかし、それが出来るのは、心が徹底的に静かな状態、無心の状態、つまり、やはり心が消えている時である。
上のことが分かれば、本物の魔法使いになれる。
魔法使いが魔法を使う時は、心が消えている・・・つまり、全く何も考えていない、無思考の状態だ。
魔法使いが「こいつをやっつけてやろう」「俺が楽しい状態にしてやろう」などと思って魔法を使ったりなどしない。それは凡人の精神状態であり、魔法力は発揮されない。
引き寄せも魔法と同じであり、心が消えていなければ出来ない。
1億円手に入れていい思いをしてやろうなどという心があるままで1億円が引き寄せられることはない。
よほど優秀な人が過酷な仕事をしたり、優秀でないなら悪いことをしたり、身体を売っても、なかなか1憶円を作れない。そんなやり方では、引き寄せの力が働かないからだ。つまり、心があるからだ。
簡単なことなのだが、分からない人が多いかもしれない。
学校やテレビで真逆の観念を叩き込まれているからだ。
YouTubeで「腕立て伏せ100回」などというタイトルの動画がある。200回とか300回まであるかもしれない。
それは「俺は100回やれるぞ」と自慢する心があったり、「俺も100回出来るようになって自慢したい」と思わせるもので、実に「心がこもっている」。
腕立て伏せを100回も200回も毎日やっていると、普通の人なら身体を壊す。私がそうだった。
だが、5回の腕立て伏せを無心で、徹底的に心を静めてやれば非常に良い効果が得られる。
それには、5回が楽々出来ないといけない。
楽々に5回の腕立て伏せが出来ないなら、膝をついて行えば良いし、膝をついても無理なら椅子の背の上などを掴んでやる。それでも無理なら壁に手をついて行う壁腕立て伏せをやれば良い。
壁腕立て伏せでも、心を静めてやれば素晴らしい効果がある。
心を静めてやるとは、この上なく丁寧にやるということだ。
「お前、以前に1回でいいと書いていたじゃないか」という邪心がある者は効果がない。
1回、心を消してやれば、やがて5回出来るようになる。
徹底的に丁寧にやることで心を消せる。
文字を徹底的に丁寧に書けば心が消える。
書道の神髄はそれなのだが、「上手く書いてやろう」と思うと邪心が入る。
だが、今の時代「丁寧」が軽視されている。
手で丁寧に文字を書く機会もない。
「勝つと思うな、思えば負けよ」は武道の神髄で、勝とうという心があっては駄目で、一切の心を消してこそ魂の力が発揮される。この唄『柔』の作者の関沢新一さんは、本物の武道家に教わって書いたのだ。
ラマナ・マハルシは、覚醒のためには、心で常に「私、私、私」と言うよう教えた。
本当に丁寧にやれば、10回で進歩する。それを思い出す度にやればいい。
また、思い出した時に1回、極めて丁寧に「私は誰か?」と問えば、後は、潜在意識が問い続けてくれて神になる。
事故で一生、身体を動かせないようになったと診断された人に、こんなことを言った人がいた。
「医者の言うことなんか信用するな。お前はちゃんと動けるようになる」
この上なく丁寧な、真心(透明な心)がこもった嘘だった。
そして、医学的には回復不能な身体は、ほとんど完全に回復した。
これは実話で、私の友人が実際にアメリカでその人達に会っている。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)ラマナ・マハルシの教え(山尾三省翻訳)
(2)ポリー氏の人生(H.G.ウェルズ)
(3)弓と禅(オイゲン・ヘリゲル)

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「消えていく心」
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