最近のアニメでは、ゲームから来ているのだと思うが、ダンジョン(地下迷宮)という場所で魔物を倒すことで、魔法使い、魔導士、剣士等の戦士が、報酬(換金可能な価値のある魔石等)を得たり、自身の魔力や戦闘力がレベルアップするものが非常に多いというか、基本になっている。
最近と言ったが、実際のところ、これは古代からの神話や英雄譚を元にしたものである。
神話での地下迷宮というのは人間の心を表し、魔物とは悪しき想念・思考であり、そこに眠る秘宝や魔物から出てくる魔石は、魔物である想念や思考を消した時に出てくる精神エネルギーのことだ。
つまり、我々は、自分の心の中の魔物である想念・思考を消し、宝を手に入れ、神の力を取り戻さないといけないのだ。
アニメやゲームには、ダンジョンではなく、異世界であったり、普通の世界のままであったりで、必ずしも魔物やモンスターを倒してではなく、普通の訓練・努力でレベルアップするというバリエーションもあり、我々の通常の訓練や努力も有益であることが示唆されているように思う。
ラマナ・マハルシが提示した「私は誰か?」という問いも、これによって想念を破壊し、至高の宝を得る・・・ある意味、神になるためのものである。
だが、「私は誰か?」という探求が難しいし、これと同等の効果がある「神に人生を明け渡す」というのは、古代から多くの賢者・聖者が教えたが、今やこれもどうしようもなく難しい。
それで、神仏の名を唱える(念仏とかナーマスマラナと呼ばわる)行法が教えられたが、それらは宗教に取り込まれて歪んでしまい、効果が薄くなった。薄くなったとはいえ、効果はあるので、とんでもない数を行えば最後には勝利するかもしれない。しかしそれは、ダンジョンで魔物を極めて弱い武器で倒そうとするようなもので、途中で嫌になったり飽きてしまう。
そこで「私は誰か?」よりは弱いかもしれないが、「私、私、私」と心で唱えることで、ダンジョン(心)の中の魔物(想念)を鋭く倒すことをラマナ・マハルシが教えたのである。
なぜ、これが神仏の名を唱えるより強いのかというと、「私」というのは最も純粋な神の名であるからだ。
言うなれば、アニメやゲームでダンジョンに潜る際に、小型で使い勝手が良く、十分に強力な武器を渡されたようなものだ。
この「私、私、私」という武器を与えられた者は超ラッキーである。
つまり、ラマナ・マハルシの著書やこのブログから、この武器を得た者は勝ったも同然である。
ちなみに、ラマナ・マハルシは、事実上の一番最初の著作である『私は誰か?』にそれを書いているのであるが、ちょっと見つけ難い(9章に書かれているが見過ごす場合が多い)。
私には、アニメの『悪役令嬢レベル99 〜私は裏ボスですが魔王ではありません〜』で、幼い頃のユミエラがダンジョンで魔物を倒してレベルアップする姿や、『スライム倒して300年、知らないうちにレベルMAXになってました』で、アズサがスライム(最弱の魔物の1つ)を倒して少しずつレベルを上げる様子に、「私、私、私」行の効果を見る想いがするのである。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)ラマナ・マハルシの教え(山尾三省翻訳)
(2)悪役令嬢レベル99 ※Amazon Prime Video dアニメストア
(3)スライム倒して300年、知らないうちにレベルMAXになってました ※Amazon Prime Video dアニメストア
(4)戯曲 ニーベルンゲン(ヘッベル)
(5)新訳 アーサー王物語(トマス・ブルフィンチ)
(6)現代語訳 古事記(福永武彦)

AIアート2911
「至高の宝」
Kay
最近と言ったが、実際のところ、これは古代からの神話や英雄譚を元にしたものである。
神話での地下迷宮というのは人間の心を表し、魔物とは悪しき想念・思考であり、そこに眠る秘宝や魔物から出てくる魔石は、魔物である想念や思考を消した時に出てくる精神エネルギーのことだ。
つまり、我々は、自分の心の中の魔物である想念・思考を消し、宝を手に入れ、神の力を取り戻さないといけないのだ。
アニメやゲームには、ダンジョンではなく、異世界であったり、普通の世界のままであったりで、必ずしも魔物やモンスターを倒してではなく、普通の訓練・努力でレベルアップするというバリエーションもあり、我々の通常の訓練や努力も有益であることが示唆されているように思う。
ラマナ・マハルシが提示した「私は誰か?」という問いも、これによって想念を破壊し、至高の宝を得る・・・ある意味、神になるためのものである。
だが、「私は誰か?」という探求が難しいし、これと同等の効果がある「神に人生を明け渡す」というのは、古代から多くの賢者・聖者が教えたが、今やこれもどうしようもなく難しい。
それで、神仏の名を唱える(念仏とかナーマスマラナと呼ばわる)行法が教えられたが、それらは宗教に取り込まれて歪んでしまい、効果が薄くなった。薄くなったとはいえ、効果はあるので、とんでもない数を行えば最後には勝利するかもしれない。しかしそれは、ダンジョンで魔物を極めて弱い武器で倒そうとするようなもので、途中で嫌になったり飽きてしまう。
そこで「私は誰か?」よりは弱いかもしれないが、「私、私、私」と心で唱えることで、ダンジョン(心)の中の魔物(想念)を鋭く倒すことをラマナ・マハルシが教えたのである。
なぜ、これが神仏の名を唱えるより強いのかというと、「私」というのは最も純粋な神の名であるからだ。
言うなれば、アニメやゲームでダンジョンに潜る際に、小型で使い勝手が良く、十分に強力な武器を渡されたようなものだ。
この「私、私、私」という武器を与えられた者は超ラッキーである。
つまり、ラマナ・マハルシの著書やこのブログから、この武器を得た者は勝ったも同然である。
ちなみに、ラマナ・マハルシは、事実上の一番最初の著作である『私は誰か?』にそれを書いているのであるが、ちょっと見つけ難い(9章に書かれているが見過ごす場合が多い)。
私には、アニメの『悪役令嬢レベル99 〜私は裏ボスですが魔王ではありません〜』で、幼い頃のユミエラがダンジョンで魔物を倒してレベルアップする姿や、『スライム倒して300年、知らないうちにレベルMAXになってました』で、アズサがスライム(最弱の魔物の1つ)を倒して少しずつレベルを上げる様子に、「私、私、私」行の効果を見る想いがするのである。
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(1)ラマナ・マハルシの教え(山尾三省翻訳)
(2)悪役令嬢レベル99 ※Amazon Prime Video dアニメストア
(3)スライム倒して300年、知らないうちにレベルMAXになってました ※Amazon Prime Video dアニメストア
(4)戯曲 ニーベルンゲン(ヘッベル)
(5)新訳 アーサー王物語(トマス・ブルフィンチ)
(6)現代語訳 古事記(福永武彦)

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