誰でも知っている大クリエイター、大芸術家達。
フィンセント・ファン・ゴッホ(1853~1890)
パブロ・ピカソ(1881~1973)
ハンス・クリスチャン・アンデルセン(1805~1875)
宮沢賢治(1896~1933)
岡本太郎(1911~1996)
この中で、今のところ宮沢賢治は世界的には他と比べ知名度で劣るかもしれないが、世界的に評価されていて、今後もっと世界的に知られる可能性があると思う。
ところで、上に挙げた5人には重要な共通点がある。
それは、皆、ほとんど働いたことがない、あるいは、働く必要がなかったことだ。
ゴッホは弟のテオが経済面一切をまかなってくれた。
ピカソは金持ちのパトロンがいてお金に不自由しなかったし、子供の時から富豪とは言えないまでも経済的に非常にしっかりした家で育った。
アンデルセンは生まれた家そのものは貧乏だったが食べられないというほどではなかったし、14歳で単身コペンハーゲンに出てからは、当時は本人に特に美点はないのに関わらず、なぜか援助の手が絶えず、大学まで卒業した。そして、若い時から、大した金額ではなかったらしいがデンマーク国王から年金をもらえることになり、生活のために稼ぐ必要がなくなり、旅行三昧(海外も多い)だった。彼が執筆で得る収入は僅かだった。
宮沢賢治は、高校の教員をやったり、肥料の会社の技師や営業をやったが、いずれも生活のためにではなく、好きでやったことだった。と言うのは、賢治の父親は金持ちで、しかも賢治に優しく、賢治は働かなくても生涯裕福であった。
岡本太郎は、上記の人達とやや異なる。
太郎が育った家は裕福で、太郎は当時としては貴族的なフランス留学をした。
そして太郎は、早くから画家として知られ、運もあって、なんだかんだでお金に恵まれ、特に1950年代から亡くなる直前までマスコミの人気者でもあり、芸術活動は金になり、非常に豊かだった。
つまり、岡本太郎だけが、自分の力で稼いだと言えるが、他の4人は、ピカソはそうとばかりは言えないかもしれないが、もらった金で生活や創作活動をしていた。
特に、ゴッホは生前は1枚も絵が売れず(1枚だけ予約はあったらしいが)、宮沢賢治は原稿料としては一度だけ、小学校教員の初任給ほどをもらっただけだった。
今の多くのサラリーマンの夢がFIRE(Financial Independence, Retire Early)という、一生遊んで暮らせる財産を作って早期リタイアすることで、そのために投資に手を出して、かえって貧しくなってしまう者も多いが、投資で成功した例ばかりが取り上げられるので、夢を見て失敗する者が後を絶たない。
資産なんかなくても、また特定の誰かに寄生しているわけでもないのに、働かずに楽しく生きている者は、別に大芸術家などでなくてもいる。
たとえば、丹波哲郎は俳優で成功はしたが、俳優になる前はサラリーマンだった。しかし、サラリーマン時代、会社の中で全く働かず、それ以前に、戦争中は兵役についていたが、ここでも何もせず、それでいて安全に豊かに暮らしていたらしい。別に特別扱いだったわけではなく、働くのが嫌いだっただけだと言う。
私は、若い時に丹波哲郎の本を読んで「これだ!」と思い真似したら、本当に出来てしまった。
丹波哲郎は、毎日、出社と同時に遊びに行ったというが、私はさすがにそこまではしなかったが、社用でないのに社内にいないことは日常茶飯事だった。よく考えたら、丹波さんと大差ないかもしれない。
どうやるのかと言ったら、別に特定の方法があるわけではなく、丹波さんみたいなのがいるのだと思うことだと思う。
矢追純一さんも、仕事はしていたが、似た雰囲気がある。
矢追さんは、何かのインタビューで「僕は頭が悪いから考えるのを放棄した」と言われていたと思うが、ここだと思う。
そして、考えるのを放棄するためには、いつも心で「私、私、私」と聞い続ければ良いと思う。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)因果応報の法則(丹波哲郎)
(2)新装版 ヤオイズム(矢追純一)
(3)アンデルセン自伝 (岩波文庫)
(4)岡本太郎 歓喜
(5)岡本太郎の遊ぶ心(岡本敏子)
(6)私のピカソ私のゴッホ(池田満寿夫)
(7) 銀河鉄道の夜(宮沢賢治)
(6)イーハトーヴ交響曲(冨田勲。日本フィルハーモニー。初音ミク)

AIアート2897
「流れ出す心」
Kay
フィンセント・ファン・ゴッホ(1853~1890)
パブロ・ピカソ(1881~1973)
ハンス・クリスチャン・アンデルセン(1805~1875)
宮沢賢治(1896~1933)
岡本太郎(1911~1996)
この中で、今のところ宮沢賢治は世界的には他と比べ知名度で劣るかもしれないが、世界的に評価されていて、今後もっと世界的に知られる可能性があると思う。
ところで、上に挙げた5人には重要な共通点がある。
それは、皆、ほとんど働いたことがない、あるいは、働く必要がなかったことだ。
ゴッホは弟のテオが経済面一切をまかなってくれた。
ピカソは金持ちのパトロンがいてお金に不自由しなかったし、子供の時から富豪とは言えないまでも経済的に非常にしっかりした家で育った。
アンデルセンは生まれた家そのものは貧乏だったが食べられないというほどではなかったし、14歳で単身コペンハーゲンに出てからは、当時は本人に特に美点はないのに関わらず、なぜか援助の手が絶えず、大学まで卒業した。そして、若い時から、大した金額ではなかったらしいがデンマーク国王から年金をもらえることになり、生活のために稼ぐ必要がなくなり、旅行三昧(海外も多い)だった。彼が執筆で得る収入は僅かだった。
宮沢賢治は、高校の教員をやったり、肥料の会社の技師や営業をやったが、いずれも生活のためにではなく、好きでやったことだった。と言うのは、賢治の父親は金持ちで、しかも賢治に優しく、賢治は働かなくても生涯裕福であった。
岡本太郎は、上記の人達とやや異なる。
太郎が育った家は裕福で、太郎は当時としては貴族的なフランス留学をした。
そして太郎は、早くから画家として知られ、運もあって、なんだかんだでお金に恵まれ、特に1950年代から亡くなる直前までマスコミの人気者でもあり、芸術活動は金になり、非常に豊かだった。
つまり、岡本太郎だけが、自分の力で稼いだと言えるが、他の4人は、ピカソはそうとばかりは言えないかもしれないが、もらった金で生活や創作活動をしていた。
特に、ゴッホは生前は1枚も絵が売れず(1枚だけ予約はあったらしいが)、宮沢賢治は原稿料としては一度だけ、小学校教員の初任給ほどをもらっただけだった。
今の多くのサラリーマンの夢がFIRE(Financial Independence, Retire Early)という、一生遊んで暮らせる財産を作って早期リタイアすることで、そのために投資に手を出して、かえって貧しくなってしまう者も多いが、投資で成功した例ばかりが取り上げられるので、夢を見て失敗する者が後を絶たない。
資産なんかなくても、また特定の誰かに寄生しているわけでもないのに、働かずに楽しく生きている者は、別に大芸術家などでなくてもいる。
たとえば、丹波哲郎は俳優で成功はしたが、俳優になる前はサラリーマンだった。しかし、サラリーマン時代、会社の中で全く働かず、それ以前に、戦争中は兵役についていたが、ここでも何もせず、それでいて安全に豊かに暮らしていたらしい。別に特別扱いだったわけではなく、働くのが嫌いだっただけだと言う。
私は、若い時に丹波哲郎の本を読んで「これだ!」と思い真似したら、本当に出来てしまった。
丹波哲郎は、毎日、出社と同時に遊びに行ったというが、私はさすがにそこまではしなかったが、社用でないのに社内にいないことは日常茶飯事だった。よく考えたら、丹波さんと大差ないかもしれない。
どうやるのかと言ったら、別に特定の方法があるわけではなく、丹波さんみたいなのがいるのだと思うことだと思う。
矢追純一さんも、仕事はしていたが、似た雰囲気がある。
矢追さんは、何かのインタビューで「僕は頭が悪いから考えるのを放棄した」と言われていたと思うが、ここだと思う。
そして、考えるのを放棄するためには、いつも心で「私、私、私」と聞い続ければ良いと思う。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)因果応報の法則(丹波哲郎)
(2)新装版 ヤオイズム(矢追純一)
(3)アンデルセン自伝 (岩波文庫)
(4)岡本太郎 歓喜
(5)岡本太郎の遊ぶ心(岡本敏子)
(6)私のピカソ私のゴッホ(池田満寿夫)
(7) 銀河鉄道の夜(宮沢賢治)
(6)イーハトーヴ交響曲(冨田勲。日本フィルハーモニー。初音ミク)

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「流れ出す心」
Kay
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これはきっちり勤務時間中労働をしていた社員がより得られるはずだったお金を丹波さんが奪ってしまったことにはならないのでしょうか?
理屈ではあぶく銭と同じではないかと。
感覚的には違う気もするのですが。