『ローン・レンジャー』は、アメリカ人の精神を作っている大きな支柱と感じられる。若い世代はそうではないかもしれないが。
『ローン・レンジャー』は、1933年にラジオドラマとして始まり、コミックス、映画、アニメ、テレビドラマとして作られ、最新のものは2013年の映画だ。
今後もいずれ、次の映画が作られるか、あるいは、もうアメリカ人の中でローン・レンジャーは死んだのか?
私は、数年前、テレビドラマ版の『ローン・レンジャー』(1949)を5話まで見たが、印象深く憶えている場面がある。
仮面のヒーローであるローン・レンジャーが、兄を含む仲間を殺した極悪非道の無法者の1人と銃撃戦を行う中、敵は崖から足を滑らせるか何かで死んでしまう。
敵の残虐さを知っていた先住民のトントが「こんなやつ、死んで当然だ」と言うと、誰よりもその敵を憎んでいるはずのローン・レンジャーは「死んで当然のやつなんかいない」と言う。
美しい言葉だと思うが、本当に死んで当然のやつなんかいないのだろうか?
この問題は、どれほどの人達が、何冊、何十冊の本になるほど討論しても結論は出ない。
つまり、討論無用の命題だ。
しかし、討論しなければ、答は一瞬で出る。
だが、答を表明した途端、その答は嘘になる。
よって、答を決める問題でもない。
「トロッコ問題」も、それに似たところがある。
だが、トロッコ問題を解決しないとAIに任せられないことがある。
トロッコ問題のように、「1人を殺すか、数人を殺すか?」の判断を迫られることは、自動運転では起こりうるからだ。
よって、完全自動運転は実用にならない。
「自動車が子供数人の中に突っ込むか、それを回避して自動車があなたもろとも崖から落ちるかを選ばないといけない時、AIはあなたが崖から落ちることを選ぶ素晴らしいものでございます」
と言われたら、そんな車、誰も買わない(笑)。
かといって「子供達の中に突っ込みます」なら、政府が許可を出さない。
『即死チートが最強すぎて、異世界のやつらがまるで相手にならないんですが。』というアニメがある。
原作は、「小説家になろう」サイトから出た藤孝剛志氏の小説だ。
私はアニメしか見ていないが、主人公の高校2年生の高遠夜霧(たかとおよぎり)は、思っただけで人(人以外もだが)を即死させる能力があり、実際、大勢を殺す。それも、躊躇なく平然とだ。
そんなアニメが、ほとんどの回が年齢制限なしとなっている(殺人とは別の理由で、いくつかの回が7+とか13+になっている)。
夜霧が人を殺す場面にも深刻さがなく、面白さすら感じさせるが、見ていても不快さはあまりないと思う。
夜霧は、相手が自分や壇ノ浦知千佳(だんのうらともちか。ヒロイン。同級生女子)に対し、明確な殺意を持って実際に殺そうとしてくる場合のみ殺す。
そんな相手は、明らかに利己的で傲慢で、「殺すしかないなあ」と感じると思う。
また、夜霧は、相手が殺意を持っていることを完璧な超能力的感覚で知ることが出来ることも重要なポイントだろう。
一方で夜霧は、大量のゴキブリを前にしても「不快というだけで生き物を殺すのはよくないと思うぞ」と言って、ゴキブリを殺さない。
『バガヴァッド・ギーター』で、アルジュナ皇子は、戦争のさ中、「殺したくない」と言って戦闘放棄する。
それを、神であるクリシュナは「女々しいことを言うな」「お前の使命を果たせ」と、アルジュナを叱る。
『バガヴァッド・ギーター』は、アルジュナが戦うこと、殺すことの正当性を示す。
なぜなら、敵はすでに神によって殺されているのだからだ。
殺すべきかどうか?
それは神になれば分かる、いや、神にならないと分からない。
神に尋ねようとしとして神を探しに行ったら、神になって戻ってくる。
「私、私」と心で言い続けることが神になる方法であるようだ。
そんなわけで、私も神になろうと思う。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)即死チートが最強すぎて、異世界のやつらがまるで相手にならないんですが。※Amazon dアニメストア
(2)即死チートが最強すぎて、異世界のやつらがまるで相手にならないんですが。(1)(藤孝剛志)
(3)ローンレンジャー(字幕版) ※Amazon Prime Video
(4)ローン・レンジャー MovieNEX [ブルーレイ+DVD+デジタルコピー(クラウド対応)+MovieNEXワールド] [Blu-ray]
(5)バガヴァッド・ギーター (岩波文庫)
(6)バガヴァッド・ギーター(日本ヴェーダーンタ協会)

AIアート2349
「寝る時間」
Kay
『ローン・レンジャー』は、1933年にラジオドラマとして始まり、コミックス、映画、アニメ、テレビドラマとして作られ、最新のものは2013年の映画だ。
今後もいずれ、次の映画が作られるか、あるいは、もうアメリカ人の中でローン・レンジャーは死んだのか?
私は、数年前、テレビドラマ版の『ローン・レンジャー』(1949)を5話まで見たが、印象深く憶えている場面がある。
仮面のヒーローであるローン・レンジャーが、兄を含む仲間を殺した極悪非道の無法者の1人と銃撃戦を行う中、敵は崖から足を滑らせるか何かで死んでしまう。
敵の残虐さを知っていた先住民のトントが「こんなやつ、死んで当然だ」と言うと、誰よりもその敵を憎んでいるはずのローン・レンジャーは「死んで当然のやつなんかいない」と言う。
美しい言葉だと思うが、本当に死んで当然のやつなんかいないのだろうか?
この問題は、どれほどの人達が、何冊、何十冊の本になるほど討論しても結論は出ない。
つまり、討論無用の命題だ。
しかし、討論しなければ、答は一瞬で出る。
だが、答を表明した途端、その答は嘘になる。
よって、答を決める問題でもない。
「トロッコ問題」も、それに似たところがある。
だが、トロッコ問題を解決しないとAIに任せられないことがある。
トロッコ問題のように、「1人を殺すか、数人を殺すか?」の判断を迫られることは、自動運転では起こりうるからだ。
よって、完全自動運転は実用にならない。
「自動車が子供数人の中に突っ込むか、それを回避して自動車があなたもろとも崖から落ちるかを選ばないといけない時、AIはあなたが崖から落ちることを選ぶ素晴らしいものでございます」
と言われたら、そんな車、誰も買わない(笑)。
かといって「子供達の中に突っ込みます」なら、政府が許可を出さない。
『即死チートが最強すぎて、異世界のやつらがまるで相手にならないんですが。』というアニメがある。
原作は、「小説家になろう」サイトから出た藤孝剛志氏の小説だ。
私はアニメしか見ていないが、主人公の高校2年生の高遠夜霧(たかとおよぎり)は、思っただけで人(人以外もだが)を即死させる能力があり、実際、大勢を殺す。それも、躊躇なく平然とだ。
そんなアニメが、ほとんどの回が年齢制限なしとなっている(殺人とは別の理由で、いくつかの回が7+とか13+になっている)。
夜霧が人を殺す場面にも深刻さがなく、面白さすら感じさせるが、見ていても不快さはあまりないと思う。
夜霧は、相手が自分や壇ノ浦知千佳(だんのうらともちか。ヒロイン。同級生女子)に対し、明確な殺意を持って実際に殺そうとしてくる場合のみ殺す。
そんな相手は、明らかに利己的で傲慢で、「殺すしかないなあ」と感じると思う。
また、夜霧は、相手が殺意を持っていることを完璧な超能力的感覚で知ることが出来ることも重要なポイントだろう。
一方で夜霧は、大量のゴキブリを前にしても「不快というだけで生き物を殺すのはよくないと思うぞ」と言って、ゴキブリを殺さない。
『バガヴァッド・ギーター』で、アルジュナ皇子は、戦争のさ中、「殺したくない」と言って戦闘放棄する。
それを、神であるクリシュナは「女々しいことを言うな」「お前の使命を果たせ」と、アルジュナを叱る。
『バガヴァッド・ギーター』は、アルジュナが戦うこと、殺すことの正当性を示す。
なぜなら、敵はすでに神によって殺されているのだからだ。
殺すべきかどうか?
それは神になれば分かる、いや、神にならないと分からない。
神に尋ねようとしとして神を探しに行ったら、神になって戻ってくる。
「私、私」と心で言い続けることが神になる方法であるようだ。
そんなわけで、私も神になろうと思う。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)即死チートが最強すぎて、異世界のやつらがまるで相手にならないんですが。※Amazon dアニメストア
(2)即死チートが最強すぎて、異世界のやつらがまるで相手にならないんですが。(1)(藤孝剛志)
(3)ローンレンジャー(字幕版) ※Amazon Prime Video
(4)ローン・レンジャー MovieNEX [ブルーレイ+DVD+デジタルコピー(クラウド対応)+MovieNEXワールド] [Blu-ray]
(5)バガヴァッド・ギーター (岩波文庫)
(6)バガヴァッド・ギーター(日本ヴェーダーンタ協会)

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