仕事の中には、特別な能力がなくても、多くはないがそこそこの収入が得られるものが沢山ある。
たとえば、ガソリンスタンドの店員や清掃員といったものだ。
同じように身体を動かす仕事でも、給仕(ウエイター、ウエイトレス)は収入が低い場合が多いのは、学生アルバイトを確保し易いからだそうだ。
一方、セールスマンは向いてなければ、仕事が辛い上に成果が出ず、長続きしないし、プログラマーはかなりの適性が必要だ。
専門職の中でも、たとえば自動車の整備工は、自動車が好きなら、若ければ現場で経験を積みながら専門家を目指すことは難しくはないと思う。
いずれの仕事でも、人とうまくやっていく能力が必須である。
ただ、それは、抜群のコミュニケーション能力とか、人付き合いのうまさといったことではなく、真面目で我慢すべきところは我慢するといったことで、家庭で甘やかされ過ぎたような者でなければ、本来はそう難しいことではないはずだ。
さらには、学生時代にスポーツ部で上下関係を叩き込まれたような者は、やっぱりうまくやれるのである。そこにいけば、そこそこ実力があったおかげで先輩より態度が大きかったような者は、社会では躓く可能性が高い。

そして、立派に見える仕事や、高収入な仕事でなくても、ちゃんと稼げる仕事をちゃんとしていれば、金持ちにもなれるのである。
むしろ、立派に見える仕事や、高収入な仕事をしている者が、金持ちが少ないばかりか、経済的にも家庭的にも破綻するケースが多いのである。
私は読んでいないが、『サイコロジー・オブ・マネー』という本に、ガソリンスタンドの店員やビル清掃員を長年勤めた男が、92歳で亡くなった時、総資産が10億円であったという話があるそうだ。
特に驚くほどの話ではないと思う。
おそらく、彼の場合は、運が良かったということもあるだが、コツコツと投資を続けたことが大きな資産を築いた要因だが、投資に回すお金を残せるような堅実なお金の使い方が出来たことが最も重要なことと思う。
そのような賢明な人は、職場でも有能で給料が上がっていくものだ。
そうであれば、投資をしなくても、無駄なお金を使わずに貯金すれば、10憶円とは言わないまでも、3000万円程度は貯められると思う。堅実なお金の使い方が出来れば、それだけあれば、幸せに暮らしていけるだろう。
また、そんな人であれば、給料以外にも、お金を得られるような道が自然に開かれることが多い。彼の場合は、それがたまたま投資であったというだけかもしれない。

医者や弁護士や経営者、あるいは、政治家やセールスマンやプログラマーで高収入を得ても、ストレスを溜め、心をすり減らし、健康を害したり、人生を楽しめないような性質になってしまうことが多いと思う。
それなら、立派に見えず、高収入でなくても、普通の仕事で普通に生きた方が良いのではないかと思う。そして、倹約というのは、単に得と言うだけではなく、老子が3つの宝の1つと言ったように、魂を活性化するものであると思う。
千人、万人に1人という稀有な才能を持ち、プロスポーツで大活躍して富を得た者を羨む人も多いと思うが、現役時代なんて一瞬で、そんなスター選手のほとんどが、引退後、悲惨な状態になる。
芸能人や、一時的に成功したその他の華々しい仕事をする人も、ほぼ同じである。

だれとでも仲良くなれるというのは、単に身の程をわきまえるということである。
一瞬成功した人は皆、後になって、若いうちから身の程をわきまえ、倹約して生きれば良かったと思うものであると思う。
昔の西部劇や日本のヤクザものの映画では、格好良い流れ者が主人公のことが多いが、そんな者達の中年以降は、間違いなく惨めで辛いものであろう。しかし、そんな姿は決して描かれないのである。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)サイコロジー・オブ・マネー(モーガン・ハウセル)
(2)富と幸福の探し方(ラッセル・コンウェル)
(3)節約する人に貧しい人はいない。(中川淳一郎)
(4)老子 (岩波文庫)

遺跡の花
AIアート2339
「遺跡の花」
Kay

  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ