来年からは、私は『法華経』の『長者窮子のたとえ(ちょうじゃぐうじのたとえ)』(信解品第四)でいこう。
このお話は、新約聖書の福音書でイエスが語った、有名な放蕩息子のお話と似ている。

イエスのお話を簡単に言うとこうだ。
大地主で大富豪の男には2人の兄弟がいた。
弟が父に、家を出たいので財産を分けて欲しいと言うと、父は了解し、弟に大金を渡した。
しかし弟は、月日が経つうちに財産を失い落ちぶれ、食べるものにも困るほどになった。
弟は、使用人にしてもらおうと思って父のところに帰ると、父は弟を息子として暖かく迎えた。

釈迦が語ったとされる『長者窮子のたとえ』はこうだ。
大富豪の息子が小さい時に行方が分からなくなり、父は必至で探したが見つからなかった。
だが、長い年月の後、遂に父は息子を見つけるが、息子は長い貧乏暮らしで心がすっかり貧しくなり、自分は卑しい人間であると思っていた。
そこで、父は、自分が父であると名乗らず、息子を使用人として雇い、自分も使用人に化けて息子と一緒に働きながら、時間をかけて息子を少しずつ導いた。
長い年月の後、息子の心は立派になり、父は臨終の時、息子に「私がお前の父で、私の財産は全てお前のものである」と告げた。

これらのお話の大富豪の父は、神、あるいは、仏である。
そして、あなたが神の息子、あるいは、娘である。
では、どうすれば、神、あるいは、仏の絶大な加護を得られるのかと言うと、上のお話の通りで、神仏のところに帰り、神仏を信頼すれば良いだけである。
他の条件は一切ない。
アメリカの公式標語が元々「我々は神を信頼する」だったのに、他の条件をいろいろくっつけたがる者が多くて、多くのアメリカ人が不幸になった。
ジョセフ・マーフィーは「自分を神の可愛い息子、娘と思いなさい」と言ったが、どうも、多くの者が、自分にはそんな価値はないと思ってしまうのだ。それが『長者窮子のたとえ』の大富豪の息子の初めの状態だった。
だが、どんな悪人だろうと資格に欠けることはなく、むしろ悪人の方が良いのであると言ったのが親鸞で、そのことが書かれているのが『歎異抄』だ。

そんなわけで、私も神仏(潜在意識)のところに帰り、存分に恵みを得ようと思う。まあ、既に十分に得ているが、まだまだ完全に帰ったとは言えないのだと思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)サンスクリット版縮訳 法華経 現代語訳 (角川ソフィア文庫)
(2)新共同訳 新約聖書
(3)歎異抄 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)
(4)マーフィー100の成功法則(大島淳一=渡部昇一)
(5)マーフィー成功の法則100(渡部昇一)
(6)あなたも金持になれる(ジョセフ・マーフィー)

黄金の時代
AIアート2324
「黄金の時代」
Kay

  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ