昨日も取り上げた、アンデルセン童話の1つ『もみの木』は悲しいお話だ。
もみの木は森の中ですくすくと育っていた。
だが、小さい自分が嫌で、早く大きくなりたかった。
大きくなったら、立派になりたかった。
そんな感じで、今の自分を認めず、今の幸せを感じることがなかった。
もみの木は望み通り大きくなり、切り倒されて大きな家の中でクリスマスツリーにされて飾り付けられ、ついに自分も立派になったと思ったが、クリスマスが終わると暗い倉庫に放り込まれ、そのまま時が過ぎる。
その中で、森に居た時の幸せがやっと分かり、またあんな日々がやってくると思おうとした。
しかし、すっかり枯れ木になると、切り刻まれて薪にされて燃やされてしまう。

森に居た時、もみの木は、太陽や風に「今の若い命を楽しみなさい」と言われるが、もみの木はそれを受け入れず、幸せはどこか遠くにあると思った。
これはまさに、人間へのアドバイスであろう。
若くて、身体が自由に動き、体力があることを、若い時は当たり前に思うが、これほどの幸せはない。
だがそれは、歳を取って衰えて初めて分かる。

だが、若者が若いというだけで満足しないのにも良いところがある。
つまり、冒険を求めるのが若者であるということだ。
西部劇映画『南から来た用心棒(原題:アリゾナ・コルト)』で、流れ者のガンマンであるアリゾナ・コルトは、強盗集団ゴルドー一味から町を守って英雄になり、美しい娘ジェーンの熱愛も受けながら、全てを捨ててまた旅に出る。
安住を望まず、野垂れ死にの危険も十分にある旅をせずにいられない。
何度か書いたことがあるが、私は高校生の時に読んだ、『涙弾』という古い漫画の中で、ある豊かな婦人が言った、
「人は安定を求めた時、生きることをやめるんですね」
という言葉を印象深く憶えている。
冒険こそ命であるわけだ。
しかし、日本では昭和の時代から、子供の時から安定を求めるよう教育され続け、皆、生きることをやめてしまっているように感じる。
日本人の夢は豊かな年金暮らしなのである。
しかし、それが楽しいはずがない。
今後の時代は、不安を捨て、自分らしく、人間らしく自由に生きる時代と言われる。
最低限の生活費はベーシック・インカムで得て、後はやりたいことをやって自由に生きるのである。
だが、そのためには、自分が本当に好きなことを見つけることが必要で、今の学校教育やメディアの洗脳の中では、これがなかなか難しい。
堀江貴文さんや落合陽一さんらが言うように、日本は既にベーシック・インカム状態というのも、彼らのように頭が良い人達にはそうかもしれないが、普通の人はなかなかそうはいかない。
だが、渡部昇一さんの『マーフィー100の成功法則(マーフィー成功の法則100)』を読み、潜在意識の力への理解を深めれば、ベーシック・インカム状態になることも容易いと思う。
ただ、それで安定だけを求めては意味がないが。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)アンデルセン童話集(上) ※『もみの木』収録
(2)アンデルセン童話集 2(完訳) (岩波文庫)※『もみの木』収録
(3)マーフィー100の成功法則(大島淳一=渡部昇一)
(4)マーフィー成功の法則100(渡部昇一)
(5)涙弾1~チランジアノ女~(伊賀和洋、小池一夫 )

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