本気の願いであれば、動機が不純でも叶ってしまう。
逆に言えば、どれほど高貴で善良な願いと思われても、本気でなければ叶わない。
このことは、私の子供の時からの経験上、間違いないと思う。
度々述べたので、内容については繰り返さないが、私は、特に子供の時は、キリスト並の奇跡を何度も起こしている。
その中には、かなり不純と言うか利己的な願いもあった一方、それほど感心出来る願いがあったとも思えない。

ところで、利己的な願いを叶えたとしても、後で反動があって酷い目に遭うという話もあるが、それは呪い返しのような反作用ではないと思う。
ただ、利己的に良いものを得ると、恨まれたりで攻撃を受けるが、そのディフェンスを本気でやらないだけだろう。
防御に関しては、どうしても軽視してしまうのである。
アーサー王も、アーサー王の母親のイグレーヌにぞっこんになったウーゼル王が魔法使いマーリンの力を借りて、イグレーヌの夫のゴロイスを策略によって殺してイグレーヌを得てアーサーが生まれたのだ。
ウーゼル王の望みは邪そのものであるが、すんなり叶った。
ただ、そのウーゼル王も防御の方は駄目で、アーサーが15歳になる前の死に、邪の中から生まれたアーサーは立派な王になった。
邪な願いを叶える時は、防御を整えるのは難しい。
それなら、あまり邪な願いを叶えようとしないことだ。
つまり、邪であっても、誰にも迷惑がかからないようにすれば良いだろう。

本気で叶えたい時は「あれが欲しい」「こうなれ」と言葉で思わないものだ。
言葉になる限り本気ではない。
王や殿の本物の忠臣は、王や殿が何も言わなくても欲しいものを持ってくるし、して欲しいことをする。
いちいち王や殿に「あれがお入り用でございますか?」などと尋ねない。
あなたの万能の潜在意識は、忠臣中の忠臣で、あなたは王なのである。

イエスが、少しのパンと魚を、数千人分に増やした時、「パンよ増えよ」などとは言わなかった。
ただ、この世の権能、つまり、万能の力をまかせてもらっていることに感謝しただけなのである。

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(1)新訳 アーサー王物語()トマス・ブルフィンチ
(2)新約聖書 福音書(塚本虎二)
(3)マーフィー100の成功法則(大島淳一=渡部昇一)
(4マーフィー成功の法則100(渡部昇一)

秋の夕陽
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「秋の夕陽」
Kay

  
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