引き寄せは、神様にお願い事をするのと同じだ。
神様にお願いすることを始めたのは、大抵は小さい子供の時だろうが、神様にお願いするなんて洒落たことを、いったいどこで覚えたのだろう?
そもそも、最初は神様ではなく、親にお願いしたはずだ。
だが、親は叶えてくれることもあるし、叶えてくれないこともある。
親が願いを叶えてくれる理由、叶えてくれない理由はいろいろだが、親は「片付けをちゃんとしたら聞いてあげる」とか条件をつけてきて面倒臭いし、お願いを聞いてくれないことも多いが、聞いてくれない理由が分からないこともよくある。
そうしたら、童話とかで、絶大な力を持つ神様にお願いする話を見て、それでうまくいきそうな気がして希望が湧く。
そして、大昔から、大人だって神様にお願いしてきたし、それは、子供が親に願い事をするのとそっくりだ。
自分が子供の時、親に「片付けをちゃんとしたら買ってやる」と言われたのを思い出し、神様が願いを叶えてくれる条件を知りたがるが、神様は教えてくれない。
すると、「神はこう言っておられる」と、神の声を聞けると言うイカサマ師が現われるのは必然だ。
そして、うまいイカサマ師に騙されることも多いが、イカサマ師の中には本気で自分は神の声を聞けると思い込んでいる変なのもいる。
「自分は神の声を聞ける」と騙すのが飛び切りうまい者が現れると宗教が出来たりする。
要は、宗教とは、神様という絶大な力を持った親が願いを叶えてくれる条件を知るためのものだ。
イエスが教えたのは、やはり、神様がお願いを聞いてくれる条件だ。
それで、イエスは「善い人でありなさい」とも言ったが、それも神様が願いを叶えてくれる条件を満たすことが出来るようになるために必要なことだった。
それで、イエスは最終的に何が必要かと言ったのかというと、「神様への絶対的な信頼」ということになる。
しかし、イエスは、「神を愛することが最も重要」とも述べている。
つまり、「絶対的な信頼=愛すること」ということだ。
私は、子供の時や、子供並に幼い精神を持っていた若い時に、偶然では絶対に起こり得ない願いを持ち、ことごとに叶えたが、それはやはり「必ず叶う」という揺るぎない自信があったからだ。
これは、スポーツの試合で「絶対に勝てるぞ」と自分やチームに言い聞かせ、本当に勝てると思えたら勝てるが、口では「勝てる」と言いながら、心に「勝てないのでは」という疑いがあると負けるのと似ている。
ところが、負けると確信して立ち向かったら勝っちゃったということがよくある。
宝くじなんてのも、絶対に当たらないと思いつつ、あえて買ったら当たるのである。そもそも、宝くじが絶対に当たるなんて自信を持てるものではない。
これを「諦めたら叶う」と表現することがある。
しかし、イエスは、人々にどう教えても駄目だと分かった。
それで、「神様はお前達が必要なものなど知っている」ので、何も願うなと言った。
それでも良いし、バーナード・バルークが言った「欲張るな」でも良い。
しかし、「結婚する人は年収1億円じゃなきゃ嫌なんて欲張らないわ。愛があれば3千万円でもいいのよ」と言う欲張りが多いのである。
そんな者は、いっそのこと1000億円くらい願えば良い。つまり、「絶対無理」ってことを願うのだ。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)新共同訳 新約聖書
(2)古事記の読み方(渡部昇一)
(3)ノストラダムスの超法則死活の書(五島勉)
(4)運とつきあう(マックス・ギュンター)

AIアート2238
「一人きり」
Kay
神様にお願いすることを始めたのは、大抵は小さい子供の時だろうが、神様にお願いするなんて洒落たことを、いったいどこで覚えたのだろう?
そもそも、最初は神様ではなく、親にお願いしたはずだ。
だが、親は叶えてくれることもあるし、叶えてくれないこともある。
親が願いを叶えてくれる理由、叶えてくれない理由はいろいろだが、親は「片付けをちゃんとしたら聞いてあげる」とか条件をつけてきて面倒臭いし、お願いを聞いてくれないことも多いが、聞いてくれない理由が分からないこともよくある。
そうしたら、童話とかで、絶大な力を持つ神様にお願いする話を見て、それでうまくいきそうな気がして希望が湧く。
そして、大昔から、大人だって神様にお願いしてきたし、それは、子供が親に願い事をするのとそっくりだ。
自分が子供の時、親に「片付けをちゃんとしたら買ってやる」と言われたのを思い出し、神様が願いを叶えてくれる条件を知りたがるが、神様は教えてくれない。
すると、「神はこう言っておられる」と、神の声を聞けると言うイカサマ師が現われるのは必然だ。
そして、うまいイカサマ師に騙されることも多いが、イカサマ師の中には本気で自分は神の声を聞けると思い込んでいる変なのもいる。
「自分は神の声を聞ける」と騙すのが飛び切りうまい者が現れると宗教が出来たりする。
要は、宗教とは、神様という絶大な力を持った親が願いを叶えてくれる条件を知るためのものだ。
イエスが教えたのは、やはり、神様がお願いを聞いてくれる条件だ。
それで、イエスは「善い人でありなさい」とも言ったが、それも神様が願いを叶えてくれる条件を満たすことが出来るようになるために必要なことだった。
それで、イエスは最終的に何が必要かと言ったのかというと、「神様への絶対的な信頼」ということになる。
しかし、イエスは、「神を愛することが最も重要」とも述べている。
つまり、「絶対的な信頼=愛すること」ということだ。
私は、子供の時や、子供並に幼い精神を持っていた若い時に、偶然では絶対に起こり得ない願いを持ち、ことごとに叶えたが、それはやはり「必ず叶う」という揺るぎない自信があったからだ。
これは、スポーツの試合で「絶対に勝てるぞ」と自分やチームに言い聞かせ、本当に勝てると思えたら勝てるが、口では「勝てる」と言いながら、心に「勝てないのでは」という疑いがあると負けるのと似ている。
ところが、負けると確信して立ち向かったら勝っちゃったということがよくある。
宝くじなんてのも、絶対に当たらないと思いつつ、あえて買ったら当たるのである。そもそも、宝くじが絶対に当たるなんて自信を持てるものではない。
これを「諦めたら叶う」と表現することがある。
しかし、イエスは、人々にどう教えても駄目だと分かった。
それで、「神様はお前達が必要なものなど知っている」ので、何も願うなと言った。
それでも良いし、バーナード・バルークが言った「欲張るな」でも良い。
しかし、「結婚する人は年収1億円じゃなきゃ嫌なんて欲張らないわ。愛があれば3千万円でもいいのよ」と言う欲張りが多いのである。
そんな者は、いっそのこと1000億円くらい願えば良い。つまり、「絶対無理」ってことを願うのだ。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)新共同訳 新約聖書
(2)古事記の読み方(渡部昇一)
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(4)運とつきあう(マックス・ギュンター)

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