『ヒマラヤ聖者の生活探求』の第5巻は引き寄せの神髄が満載であると思う。
その中でも印象的なお話がある。
著者のベアード.T.スポールディングが4歳の時、彼は大学予備校に連れて行かれたと書かれている。
ただし、予備校と言っても、今の日本でいう大学受験勉強をする予備校ではなく、大学予科(大学の本科へ進む前の予備教育課程)の学校だと思われる。
そこで彼はアルファベットを見せられたとある。
このアルファベットが何を意味するのか分からないが、要は、4歳の子供に分かるはずのないものだろう。
それで彼が「分かりません」と言うと、先生は、
「そんな態度ではいけない。そんな態度とは決別しなさい。自分にはちゃんと分かっていると思いなさい」
と言う。
そのおかげで、彼は14歳で大学を卒業出来たという。
別に引き寄せのお話ではないが、これが引き寄せの全てだろう。
引き寄せにやり方もテクニックも全くない。
必要なことは「出来る」と思うことだけだ。
私が小学4年生の時、天文の知識は全くなしですぐに土星を見つけることが出来たのも、自分には土星をちゃんと見つけることが出来ることを疑っていなかったからだ。

現代人は、家や学校やマスコミに変な教育をされているから「出来る」と思うことが致命的に苦手だ。
『トーチェ氏の心の法則』の中に、脚が折れても走り回ることが出来る民族の話がある。
その民族では、脚が折れたら走れないことを知らないので、そんなことが出来る。
つまり、脚が折れても走れることが当たり前なのだ。
決して、脚が折れた人が「俺は走ることが出来る。絶対出来るんだ」と必死に自分に言い聞かせるのではない。
脚が折れても走れることなど、当たり前過ぎるのだ。

関英男博士も、人々に信じさせることには苦労したのかもしれない。
超能力を使うことに関して、関博士は面白いことを教えた。
それは「私は元々超能力者だ」という、当たり前のことを唱えるというものだ。
「超能力が使える」ではない。
自分が超能力を使えることは当たり前なのだ。最初から超能力者なのだからだ。

願ったことがすぐに叶うのも当たり前である。
彼女が欲しいなら、「彼女が出来る」と思うのではなく、「既に彼女はいる」と思わないといけない。
最初のベアード.T.スポールディングの話でも「アルファベットが分かるようになる」ではなく「もう分かっている」ことが大切である。
我々は、いつか神になるのではなく、既に神なのである。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)ヒマラヤ聖者の生活探究 第5巻(ベアード.T.スポールディング)
(2)トーチェ氏の心の法則(トーチェ夫妻)
(3)読むだけで超能力が身につく本(関英男)

妖精の訪問
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