「私は誰だろう?」「私とは何だろう?」という問いは、昔からよく聞く。
深いスピリチュアルな意味で言えば難しいのだが、簡単には、
「人間である」「日本人である」「大学生である」「二十歳である」「〇〇社の社員である」
などとなる。
しかし、「日本人である」とか、「人間である」というのは、自分の意思でなったものではないし、「〇〇大学の学生」「××社の社員」というのも、自分の意思でそうなったと思っている人も多いだろうが、完全にそうとは言えず、偶然とか運命とかなりゆきの結果という部分が必ずある。

自分で決めたことで、何かユニークな属性を持っているだろうか?
別に難しいことではなく、例えば「毎朝4時に起きる」とか、「毎日100回スクワットをしている」とかなら、かなり珍しい。
そういった、自分で決めた特殊なことで、1年365日、決して変わることがない、あるいは、ほとんど変わらないことがあれば、それが自分で決めた自分の属性と言える。
それは既に実現している。
次に、自分の意思で叶えたいことを考えてみよう。
たとえば、「1億円の預金がある私」とする。
これは実現していないと思うかもしれない。
しかし、それを願ったのなら、あるいは、そうだと思ったなら、説明は省くが、科学的に言っても、それは既に実現している。
だが、人間には実現していることを無効化する力があり、実際に、多くの事実を我々は無効化する。
実現していることが信じられないからだ。
だが、既に実現している珍しいことと並べると、疑わずに済む。
たとえば「毎日、腕振り運動を2000回やっている私」と「1億円ある私」と並べると、同等のように思われ、「1億円ある私」という属性があっさり設定される。
設定がされれば、それは強制的に実現させられる。
表向きにも既に事実となってることは、善良で高貴であること、そして、十分に珍しいほど効果的で、それと並べた自分の願望が実現していることを疑わない。

「プランク4分39秒出来る私」などなかなか良い。まあ、私であるが(笑)。

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(1)世界はどうしたってあなたの意のまま(ネヴィル・ゴダード)
(2)マーフィー成功の法則100(渡部昇一)
(3)マーフィー100の成功法則(大島 淳一)
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草原
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