UFO研究家の矢追純一さんや、オカルト研究家だった中岡俊哉さんの自伝、伝記ほどためになるものはなく、学校の教科書にすべきと、半分マジで思う。
矢追さんの自伝的エッセイ『ヤオイズム』は引き寄せの参考書としても抜群だと思う。引き寄せの根源的なものが分かるように思う。
彼のやり方は、引き寄せ界では「なる」と呼ばれている、願った瞬間に「実現している」ものと同じと思われる。
彼は子供の時、家で勉強することは全くなかった。本を読むこともなかった。
家で勉強したり本を読んでいたら、「男は外で身体を鍛えろ」と、母親に家から追い出された。
それでいて母親は、テストは満点、通信簿はオール5でないと許さなかったという。
確かに、矢追さんの父親は天才的な技術者だったから、矢追さんの生まれつきの頭も良いのかもしれないが、矢追さんはインタビューの中で「僕は頭が悪いので考えることを放棄した」と言う。おそらく子供の時にだ。彼は、人間の頭がそんなに良くないことを知っているのだ。
彼は、「テストはいつも満点の私」「通信簿はいつもオール5の私」に「なって」いた、あるいは、「決めて」いた、あるいは、「設定して」いたのだろう。
矢追さんの引き寄せが端的に現れているのが、彼の大学受験だ。
矢追さんは、高校は入学したが通ってはいなかった。母親が亡くなり(父親は子供の時に死んでいる)妹2人を養っていたからだ。
高校時代は、朝から深夜まで働き、それから・・・飲みに行っていたらしい(笑)。
そして、受験勉強も全くしなかったが(過去問集だけは見たらしいが)、東大と中央大学法学部を受けたようだ。ご存じない方もいると思うが、中央大学法学部は法学部の名門で難関だ。
東大は落ちたが、おそらく彼は「東大生の自分」に「なって」いなかった・・・設定していなかったのだろう。
だが、中央大の方は合格と決めていた・・・中央大生の自分に「なって」いたので、受験後、旅行に行って、帰って来て合格の通知を見るまで受験のことは忘れていたらしい。合格は当たり前なのだ。
矢追さんは、「着地点は決めておかないといけない」と本に書いていたが、これは引き寄せで言う「願いが叶った私になる」ことだ。
引き寄せの「なる」の極意は、「願いが叶った私」になり、後は普通に生きることだ。
矢追さんも、「中央大生の私」に「なった」後(現実界ではまだなっていないが)、ごく普通に旅行に行ったのだ。もう「なった」のだから、受験結果を気にする必要は全くないのである。
旧約聖書の創成期で、神は「〇〇よあれ」と言い、〇〇が出来たのを見て「良しとした」。
つまり、願った瞬間「なった」と言い「よし」と思うのだ。
人間の場合、時間という幻想があるので、現実界に現れるのに時間がかかるように感じる。
しかし、本当は、願った瞬間に叶っており、それで「良い」のであるから、後は気にせず、普通に生きるだけである。
この「普通に生きる」ことこそ、「なって」いる証で、それを「願望の実現を信じて疑わない」と言うのである。
「なった(It became)」「よし(good)」の2語で何でも出来るだろう。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)新装版 ヤオイズム(矢追純一)
(2)真・ヤオイズム(矢追純一)※画像テキスト版。おそらく内容は『ヤオイズム』と同じ
(3)矢追純一は宇宙人だった!?(矢追純一)
(4)コックリさんの父 ~中岡俊哉のオカルト人生~

AIアート2140
「蒼い月の光」
Kay
矢追さんの自伝的エッセイ『ヤオイズム』は引き寄せの参考書としても抜群だと思う。引き寄せの根源的なものが分かるように思う。
彼のやり方は、引き寄せ界では「なる」と呼ばれている、願った瞬間に「実現している」ものと同じと思われる。
彼は子供の時、家で勉強することは全くなかった。本を読むこともなかった。
家で勉強したり本を読んでいたら、「男は外で身体を鍛えろ」と、母親に家から追い出された。
それでいて母親は、テストは満点、通信簿はオール5でないと許さなかったという。
確かに、矢追さんの父親は天才的な技術者だったから、矢追さんの生まれつきの頭も良いのかもしれないが、矢追さんはインタビューの中で「僕は頭が悪いので考えることを放棄した」と言う。おそらく子供の時にだ。彼は、人間の頭がそんなに良くないことを知っているのだ。
彼は、「テストはいつも満点の私」「通信簿はいつもオール5の私」に「なって」いた、あるいは、「決めて」いた、あるいは、「設定して」いたのだろう。
矢追さんの引き寄せが端的に現れているのが、彼の大学受験だ。
矢追さんは、高校は入学したが通ってはいなかった。母親が亡くなり(父親は子供の時に死んでいる)妹2人を養っていたからだ。
高校時代は、朝から深夜まで働き、それから・・・飲みに行っていたらしい(笑)。
そして、受験勉強も全くしなかったが(過去問集だけは見たらしいが)、東大と中央大学法学部を受けたようだ。ご存じない方もいると思うが、中央大学法学部は法学部の名門で難関だ。
東大は落ちたが、おそらく彼は「東大生の自分」に「なって」いなかった・・・設定していなかったのだろう。
だが、中央大の方は合格と決めていた・・・中央大生の自分に「なって」いたので、受験後、旅行に行って、帰って来て合格の通知を見るまで受験のことは忘れていたらしい。合格は当たり前なのだ。
矢追さんは、「着地点は決めておかないといけない」と本に書いていたが、これは引き寄せで言う「願いが叶った私になる」ことだ。
引き寄せの「なる」の極意は、「願いが叶った私」になり、後は普通に生きることだ。
矢追さんも、「中央大生の私」に「なった」後(現実界ではまだなっていないが)、ごく普通に旅行に行ったのだ。もう「なった」のだから、受験結果を気にする必要は全くないのである。
旧約聖書の創成期で、神は「〇〇よあれ」と言い、〇〇が出来たのを見て「良しとした」。
つまり、願った瞬間「なった」と言い「よし」と思うのだ。
人間の場合、時間という幻想があるので、現実界に現れるのに時間がかかるように感じる。
しかし、本当は、願った瞬間に叶っており、それで「良い」のであるから、後は気にせず、普通に生きるだけである。
この「普通に生きる」ことこそ、「なって」いる証で、それを「願望の実現を信じて疑わない」と言うのである。
「なった(It became)」「よし(good)」の2語で何でも出来るだろう。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)新装版 ヤオイズム(矢追純一)
(2)真・ヤオイズム(矢追純一)※画像テキスト版。おそらく内容は『ヤオイズム』と同じ
(3)矢追純一は宇宙人だった!?(矢追純一)
(4)コックリさんの父 ~中岡俊哉のオカルト人生~

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