日本でもアメリカでも、引き寄せがうまくいったという人の中に、このような目を引くものがある。
それは、「この言葉を唱えれば良い。他は何もしなくていい」というものだ。
その言葉は「私はなんて幸せなんだ」「幸せだなあ」である。
なぜ目を引くかというと、これが正しいという理由があるからだ。
ラマナ・マハルシの純粋な教えをまとめた小冊子『私は誰か?』に、こんな質疑がある。
「私の本質は何でしょうか?」
「存在、意識、至福の3つである」
ここでは詳しく述べないが、この3つのうち「存在」に関しては、原因があって人類の大半が誤解することになった。
もう修復は難しいかもしれない。
「意識」について言えば、これは「気付き」なのだが、これは難しいながら正しく捉える人もいる。しかし、言葉で説明し難い。
その中で「至福」は簡単だ。
本来、
「私は存在である」
「私は意識である」
「私は至福である」
のどれでも唱えれば、全知全能の魂が呼応、顕現する。
しかし、「存在」「意識」に関しては、普段使う言葉の通りでない。
しかし、「至福」だけは、普段使う言葉と同じである。
「至福」とはまた大仰な言い方だが、つまるところ「幸福」であり、最上級の幸福だから「なんて幸せなんだ」「幸せだなあ」という言い方が相応しい。
よって、「なんて幸せなんだ」「幸せだなあ」の、好きな方を唱えれば良い。
「私は」は付けても付けなくても良いが、主語は「私は」に決まっているのだから、無い方が、少なくとも日本語では抵抗が少ないと思う。
しかし、実際は個人的感覚で良い。
よって、
「なんて幸せなんだ」
「私はなんて幸せなんだ」
「幸せだなあ」
「私は幸せだなあ」
の好きなものを唱えれば良い。
時々の気分で変えても構わない。
西洋流には、「私は100万ドルあって幸せだ」などと言うのが物質主義的で良いらしいが、幸せに理由はいらない。
単に「幸せだなあ」と言っていれば、100万ドルも含めて幸せが来るだろう。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)ラマナ・マハルシの教え(山尾三省訳)
(2)世界はどうしたってあなたの意のまま(ネヴィル・ゴダード)
(3)積極的心構えがあなたの人生を変える!!(ナポレオン・ヒル、W ・クレメント・ストーン)
(4)タフティ・ザ・プリーステス(ヴァジム・ゼランド)
(5)悟りを開くと人生はシンプルで楽になる(エックハルト・トール)

AIアート2035
「楽園の乙女」
Kay
それは、「この言葉を唱えれば良い。他は何もしなくていい」というものだ。
その言葉は「私はなんて幸せなんだ」「幸せだなあ」である。
なぜ目を引くかというと、これが正しいという理由があるからだ。
ラマナ・マハルシの純粋な教えをまとめた小冊子『私は誰か?』に、こんな質疑がある。
「私の本質は何でしょうか?」
「存在、意識、至福の3つである」
ここでは詳しく述べないが、この3つのうち「存在」に関しては、原因があって人類の大半が誤解することになった。
もう修復は難しいかもしれない。
「意識」について言えば、これは「気付き」なのだが、これは難しいながら正しく捉える人もいる。しかし、言葉で説明し難い。
その中で「至福」は簡単だ。
本来、
「私は存在である」
「私は意識である」
「私は至福である」
のどれでも唱えれば、全知全能の魂が呼応、顕現する。
しかし、「存在」「意識」に関しては、普段使う言葉の通りでない。
しかし、「至福」だけは、普段使う言葉と同じである。
「至福」とはまた大仰な言い方だが、つまるところ「幸福」であり、最上級の幸福だから「なんて幸せなんだ」「幸せだなあ」という言い方が相応しい。
よって、「なんて幸せなんだ」「幸せだなあ」の、好きな方を唱えれば良い。
「私は」は付けても付けなくても良いが、主語は「私は」に決まっているのだから、無い方が、少なくとも日本語では抵抗が少ないと思う。
しかし、実際は個人的感覚で良い。
よって、
「なんて幸せなんだ」
「私はなんて幸せなんだ」
「幸せだなあ」
「私は幸せだなあ」
の好きなものを唱えれば良い。
時々の気分で変えても構わない。
西洋流には、「私は100万ドルあって幸せだ」などと言うのが物質主義的で良いらしいが、幸せに理由はいらない。
単に「幸せだなあ」と言っていれば、100万ドルも含めて幸せが来るだろう。
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(1)ラマナ・マハルシの教え(山尾三省訳)
(2)世界はどうしたってあなたの意のまま(ネヴィル・ゴダード)
(3)積極的心構えがあなたの人生を変える!!(ナポレオン・ヒル、W ・クレメント・ストーン)
(4)タフティ・ザ・プリーステス(ヴァジム・ゼランド)
(5)悟りを開くと人生はシンプルで楽になる(エックハルト・トール)

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どう在りたいか=”BE”は、自分で決めることができます。”DO”はそれにともないます。”HAVE”という結果は、変えられないこともないが、それを優先してしまうと、必ず歪が生じます。
「兄 小林秀雄との対話」を学生のとき読みましたが、結婚した妹に宛てた手紙に、人間にとって一番大切なことは、どういう心持ちで一日を過ごそうとするかで、どういう考えで過ごそういうふうに考えてはいけない、という意味のことが書かれていたと思います。
小林秀雄は、自身の体験や文学や芸術に接する中で、”BE”の大切さを分かっていたのだろうと思います。
また、最近読んだ小林正観さんの本で、昔は人の悩みと言えば、自分の人生や恋愛や仕事のことだったのが、バブルの前頃からか、他の誰かをどうしたら自分の思い通りに動かせるか、が人々の悩みに転換したそうです。
BEを後回しにして、結果を変えようとする人々の意識の変化とその無理筋加減が分かります。