最強の引き寄せ法である「今今メソッド」は3つのやり方がある。
実際はどれも同じなのだが、微妙に違い、この3つのやり方が分かれば、自分がやり易いものを選べる。
エックハルト・トールらの本は、1つのやり方について過度に饒舌に語るので、わけが分からなくなっていると思う。
◆その1 エイブラハム式、タフティー式
「今、何をしているか」という「行動」に着目する。
『引き寄せの法則 エイブラハムとの対話』や『タフティ・ザ・プリーステス』のやり方は概ねこれである。
タフティーが言うように、「今、何をしているかに気付く」ことに徹すると、かなりやり易い。
最も単純には、歩いている時に「歩いている」と思い、食べている時に「食べている」と思う。
何もしていないなら、「呼吸している」と思う。
◆その2 キレキャリオン式、108式、トール式、荘子式
「見えている」「聴こえている」「感触を感じている」といった知覚に着目する。
大切なことは、五感に対し、「受け身になる」ことだ。
荘子の解説では「思慮分別、是非好悪を捨て、視線を自然にして見る」と、言葉で言うと難しい。
私は、ボカロ曲の『キレキャリオン』(ポリスピカデリー feat. 初音ミク)を聴いて、あまりに的確なので笑ってしまったことがある。
どの部分が・・・ではなく、全体がそうなのである。あれは国歌にすべきだ(半分冗談、半分本気)。
◆その3 聖書式
聖書(旧約)式とはいえ、聖書を読んだことがない幼い時の私がやっていたもので、おかげで、テレビでリアルタイムで好きな番組を放送させたり、真似してはいけないが、交通量の多い車道に、目をつぶって飛び込んでいけた。
小学4年生の時には、好きな女の子のパンツを見れる状況(実際にはそれ以上)に持っていったが、そんなことは以降やらないようにしている(彼女と仲が悪くなった気がした)。
とはいえ、これは本来、危険なことでも特殊なことでもない。
この方式が秘教化、密教化しているのは、世界的な聖書の誤訳が原因と思う。実際は、誤訳と言うほどではないかもしれないが、もっと適切に訳せば良かったと思う。
聖書で、モーセの前に現れた神は、
「エヘイェ・アシェル・エヘイェ(エヒイェ・アシェル・エヒイェ、エヒュー・アシェル・エヒュー)」
と名乗る(私は「エヒュー・アシェル・エヒュー」を採用している)。
これは、古い英訳に倣い、
「私は有りて有る者である」
「私は、私は有ると言う者である」
などという、変な訳がまかり通っている。普通に考えて変だろう?
正確・・・と言うのではないが、もっと適切には、
「私は常に生成する者である」
と訳した方が良いと思う。
つまり、この世界は、一瞬一瞬生成されていると見なすことが最上の今今メソッドだ。
上記、せっかくなので個人的には保存しておく。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)タフティ・ザ・プリーステス(ヴァジム・ゼランド)
(2)引き寄せの法則 エイブラハムとの対話(ヒックス夫妻)
(3)悟りを開くと人生はシンプルで楽になる(エックハルト・トール)
(4)新釈 荘子 (PHP文庫)
(5)初音ミク「マジカルミライ2019」 (初回限定盤Blu-ray)

AIアート2025
「世界を生成中」
Kay
実際はどれも同じなのだが、微妙に違い、この3つのやり方が分かれば、自分がやり易いものを選べる。
エックハルト・トールらの本は、1つのやり方について過度に饒舌に語るので、わけが分からなくなっていると思う。
◆その1 エイブラハム式、タフティー式
「今、何をしているか」という「行動」に着目する。
『引き寄せの法則 エイブラハムとの対話』や『タフティ・ザ・プリーステス』のやり方は概ねこれである。
タフティーが言うように、「今、何をしているかに気付く」ことに徹すると、かなりやり易い。
最も単純には、歩いている時に「歩いている」と思い、食べている時に「食べている」と思う。
何もしていないなら、「呼吸している」と思う。
◆その2 キレキャリオン式、108式、トール式、荘子式
「見えている」「聴こえている」「感触を感じている」といった知覚に着目する。
大切なことは、五感に対し、「受け身になる」ことだ。
荘子の解説では「思慮分別、是非好悪を捨て、視線を自然にして見る」と、言葉で言うと難しい。
私は、ボカロ曲の『キレキャリオン』(ポリスピカデリー feat. 初音ミク)を聴いて、あまりに的確なので笑ってしまったことがある。
どの部分が・・・ではなく、全体がそうなのである。あれは国歌にすべきだ(半分冗談、半分本気)。
◆その3 聖書式
聖書(旧約)式とはいえ、聖書を読んだことがない幼い時の私がやっていたもので、おかげで、テレビでリアルタイムで好きな番組を放送させたり、真似してはいけないが、交通量の多い車道に、目をつぶって飛び込んでいけた。
小学4年生の時には、好きな女の子のパンツを見れる状況(実際にはそれ以上)に持っていったが、そんなことは以降やらないようにしている(彼女と仲が悪くなった気がした)。
とはいえ、これは本来、危険なことでも特殊なことでもない。
この方式が秘教化、密教化しているのは、世界的な聖書の誤訳が原因と思う。実際は、誤訳と言うほどではないかもしれないが、もっと適切に訳せば良かったと思う。
聖書で、モーセの前に現れた神は、
「エヘイェ・アシェル・エヘイェ(エヒイェ・アシェル・エヒイェ、エヒュー・アシェル・エヒュー)」
と名乗る(私は「エヒュー・アシェル・エヒュー」を採用している)。
これは、古い英訳に倣い、
「私は有りて有る者である」
「私は、私は有ると言う者である」
などという、変な訳がまかり通っている。普通に考えて変だろう?
正確・・・と言うのではないが、もっと適切には、
「私は常に生成する者である」
と訳した方が良いと思う。
つまり、この世界は、一瞬一瞬生成されていると見なすことが最上の今今メソッドだ。
上記、せっかくなので個人的には保存しておく。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)タフティ・ザ・プリーステス(ヴァジム・ゼランド)
(2)引き寄せの法則 エイブラハムとの対話(ヒックス夫妻)
(3)悟りを開くと人生はシンプルで楽になる(エックハルト・トール)
(4)新釈 荘子 (PHP文庫)
(5)初音ミク「マジカルミライ2019」 (初回限定盤Blu-ray)

AIアート2025
「世界を生成中」
Kay
| 人気ランキング参加中です |
|

