困った人の代表的なものに「かまってちゃん」と呼ばれる人がいる。
人に構って欲しがるが、目的が自己中心的な承認欲求であり、構ってて最も楽しくない人間である。
かまってちゃんは、精神が幼稚だ。
そんなかまってちゃんは能力が低く、自分で満足を作り出せないので、構ってもらうことで満足を得ようとしているのである。
満足を作り出せないということは、実のところ、引き寄せの能力がないということだ。
引き寄せというのは、別に願望達成のためだけのものではなく、世界というものは引き寄せの結果である。
だから、自分の世界は自分が作っていると言われるのである。
重要なことは、周囲の迷惑なかまってちゃんを非難したり、馬鹿にすることではない。
周囲に迷惑なかまってちゃんがいるということは、自分もかまってちゃんだということなのだ。
まあ、誰でも、ある程度はかまってちゃんである。
しかし、周囲のかまってちゃんの迷惑度合いが大きいほど、自分もまたかまってちゃん度合いが大きいということだ。
そして、かまってちゃん度が高いほど引き寄せが出来ないのだから、なんとしてでも進歩し、かまってちゃんを卒業しなければならない。
かまってちゃんと真逆だったのが芸術家の岡本太郎だったが、実のところ、彼は自分がかまってちゃんだということを自覚し、死ぬ気でその逆に行ったのだろう。
それは、彼の言動から分かる。
「嫌われたっていい。いや、嫌われないといけない」
「認められなくていい。いや、認められてはならない」
彼は、嫌われたくない、認められたいという自分の欲求に敏感で、それが嫌だったから、それを否定した結果出たのが、こんな言葉だ。
彼が大芸術家になれたのは、天才でありながら超かまってちゃんだった、母親の岡本かの子のおかげかもしれない。
かの子は、太郎が幼い時、太郎をよく柱に縛り付けたという。
なぜそんなことをしたのかというと、太郎を構いたくないからだ。
かまってちゃんは、自分は構って欲しがるが、自分が人を構うのは嫌いなのだ。
しかし、子供を柱に縛り付けてまで構うことを嫌がるのは異常だ。
もちろん、かの子は、太郎を構わずに済むように、太郎を小学生の時から寄宿舎に放り込んだ。
愚かな反面教師を見たことで、太郎は精神を進化させることが出来たのだと思う。
それで、結局は、岡本太郎は、人に構ってもらう必要はなく、宇宙に構ってもらうことにしたのだろう。
彼の有名な「芸術は爆発だ」という言葉の意味を、彼は「宇宙に向かって命がぱーっと開くこと」という意味不明な説明をしているが、それは、無限に構ってくれる宇宙に全面的にまかせるということだろうと思う。
そして、自分の方が構うほど(人や物や動物や自然に)、自分が宇宙になるのである。
一番厳しいいじめは無視であるらしい。
このいじめをする者は、無視されることの恐ろしさをよく分かっているから、それを「めだつやつ」に対してしたがるのだ。
そして、いじめの対象者を無視していじめることで、自分は同じことをする者達にかまってもらえるのである。
そんないじめをする者達の将来は地獄である。
なぜなら、かまってちゃんをいつまでも卒業出来ず、むしろ、どんどん落第していく未熟者のままだからだ。
学校もまた、生徒をかまってちゃんの状態に「釘付け」にし、生徒の無視される恐怖心を利用して洗脳するのである。
学校の中で無視される生徒を、教師も一緒に無視するものである。
だが、岡本太郎は、
「無視されていい。いや、無視されないといけない」
の精神で超進化したのである。
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)今日の芸術(岡本太郎)
(2)岡本太郎の遊ぶ心(岡本太郎)
(3)強く生きる言葉(岡本太郎、岡本敏子)
(4)歓喜(岡本太郎)
(5)今、生きる秘訣(横尾忠則)
(6)自分の中に毒を持て(岡本太郎)

AIアート1994
「妖精を見る子」
Kay
人に構って欲しがるが、目的が自己中心的な承認欲求であり、構ってて最も楽しくない人間である。
かまってちゃんは、精神が幼稚だ。
そんなかまってちゃんは能力が低く、自分で満足を作り出せないので、構ってもらうことで満足を得ようとしているのである。
満足を作り出せないということは、実のところ、引き寄せの能力がないということだ。
引き寄せというのは、別に願望達成のためだけのものではなく、世界というものは引き寄せの結果である。
だから、自分の世界は自分が作っていると言われるのである。
重要なことは、周囲の迷惑なかまってちゃんを非難したり、馬鹿にすることではない。
周囲に迷惑なかまってちゃんがいるということは、自分もかまってちゃんだということなのだ。
まあ、誰でも、ある程度はかまってちゃんである。
しかし、周囲のかまってちゃんの迷惑度合いが大きいほど、自分もまたかまってちゃん度合いが大きいということだ。
そして、かまってちゃん度が高いほど引き寄せが出来ないのだから、なんとしてでも進歩し、かまってちゃんを卒業しなければならない。
かまってちゃんと真逆だったのが芸術家の岡本太郎だったが、実のところ、彼は自分がかまってちゃんだということを自覚し、死ぬ気でその逆に行ったのだろう。
それは、彼の言動から分かる。
「嫌われたっていい。いや、嫌われないといけない」
「認められなくていい。いや、認められてはならない」
彼は、嫌われたくない、認められたいという自分の欲求に敏感で、それが嫌だったから、それを否定した結果出たのが、こんな言葉だ。
彼が大芸術家になれたのは、天才でありながら超かまってちゃんだった、母親の岡本かの子のおかげかもしれない。
かの子は、太郎が幼い時、太郎をよく柱に縛り付けたという。
なぜそんなことをしたのかというと、太郎を構いたくないからだ。
かまってちゃんは、自分は構って欲しがるが、自分が人を構うのは嫌いなのだ。
しかし、子供を柱に縛り付けてまで構うことを嫌がるのは異常だ。
もちろん、かの子は、太郎を構わずに済むように、太郎を小学生の時から寄宿舎に放り込んだ。
愚かな反面教師を見たことで、太郎は精神を進化させることが出来たのだと思う。
それで、結局は、岡本太郎は、人に構ってもらう必要はなく、宇宙に構ってもらうことにしたのだろう。
彼の有名な「芸術は爆発だ」という言葉の意味を、彼は「宇宙に向かって命がぱーっと開くこと」という意味不明な説明をしているが、それは、無限に構ってくれる宇宙に全面的にまかせるということだろうと思う。
そして、自分の方が構うほど(人や物や動物や自然に)、自分が宇宙になるのである。
一番厳しいいじめは無視であるらしい。
このいじめをする者は、無視されることの恐ろしさをよく分かっているから、それを「めだつやつ」に対してしたがるのだ。
そして、いじめの対象者を無視していじめることで、自分は同じことをする者達にかまってもらえるのである。
そんないじめをする者達の将来は地獄である。
なぜなら、かまってちゃんをいつまでも卒業出来ず、むしろ、どんどん落第していく未熟者のままだからだ。
学校もまた、生徒をかまってちゃんの状態に「釘付け」にし、生徒の無視される恐怖心を利用して洗脳するのである。
学校の中で無視される生徒を、教師も一緒に無視するものである。
だが、岡本太郎は、
「無視されていい。いや、無視されないといけない」
の精神で超進化したのである。
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(1)今日の芸術(岡本太郎)
(2)岡本太郎の遊ぶ心(岡本太郎)
(3)強く生きる言葉(岡本太郎、岡本敏子)
(4)歓喜(岡本太郎)
(5)今、生きる秘訣(横尾忠則)
(6)自分の中に毒を持て(岡本太郎)

AIアート1994
「妖精を見る子」
Kay
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