ジャイアント馬場さんの「あらゆるモメゴトはヤキモチから起こる」という発言が印象に残っている。
ただ、これは、次の発言の、
「私はプロレス界入りしてから全てがうまくいった。だからヤキモチを焼く人がいるのは当然」
という言葉につながるから、こんな表現になったと思われる。

本当は、あらゆるモメゴトはプライドから起こる。
だが、ヤキモチとプライドは、同じものの違う顔だ。

ヤキモチとプライドが同じと言っても、「プライドが大事」と言う人はいても「ヤキモチが大事」と言う人はいない。
プライドがない人に対し、「お前はプライドがないのか」と非難する人はいても、「お前はヤキモチを焼かないのか」と、ヤキモチを焼かないことを責めるような者はいない。
これはどういうことか、実例で言えば分かり易い。
男でも女でも良いが、例えば、恋人の女性が浮気していることが発覚した男性が平気でいたら、「お前にはプライドがないのか?」と言う人はいるが、「ヤキモチを焼けよ」と言う人はいない。なぜいないのかと言うと、言い難いという理由と、浮気はヤキモチ程度の問題ではないからだ。
しかし、本当は、浮気だってヤキモチ程度の問題であり、ヤキモチを焼かなければ、うまく収まる。
同じく、プライドなんてものがなければ、問題は起きない。
地球上で、浮気みたいなものが問題にならない集団(民族レベルであることが多い)は、いくらでもいたし、今もいる。
日本も実は明治時代まではそうだったという説もある。
そんな集団は平和で活気がある。

筒井康隆さんの短編『果てしなき多元宇宙』(角川文庫の『時をかける少女』に収録)で、美しい女子高生の暢子(のぶこ)は、クラスメイトの史郎が彼氏だった。史郎は秀才だった。
暢子が史郎と一緒に学校から帰宅していると、3人の不良男子高校生に絡まれる。
不良達が、史郎を標的にちょっかいを出すと、史郎のこんな状況を見たことがない暢子は心配する。
だが、死老は全く平然としている。
史郎のそんな態度にイライラした不良が史郎を突き飛ばすと、史郎はみっともなく尻もちをつくが、それでも平気な様子だ。
調子が狂った不良達は、史郎に罵声を浴びせながら去っていく。
暢子は、史郎の態度を立派と思う一方、彼氏としては男らしさに欠けるという不満も感じた。

史郎にはプライドがない。
「いや、これこそ本当のプライド」などと言う者がいるからややこしくなる。
やっぱり、史郎にはプライドがなく、それは非常に素晴らしいことだ。
一方、不良達にはプライドがあり、史郎のことを彼氏としてはどうなのと思った暢子にもプライドがある。

「こんなやつは許せないな」と言う時、大抵は正義感から言うのではなく、プライドから言っている。
自分のプライドのために許せないのだ。
史郎はプライドがないので、不良達に対し「こんなやつら許せない」とは思わなかった。
そして、この状況で最善の道「無抵抗」を選んだのである。

史郎は秀才であっても、余計なことは考えないのだ。
本当の秀才は、皆同じである。
秀才も、レベルが高ければ、全く思考しなくなる。
史郎はぐっと耐えたわけではない。顔色を変えず平気だったのは、プライドがないからだ。
プライドは思考から出来ている。
思考しない者にプライドはない。
思考しなければ「われは誇り高き〇〇家の長男である」だの「私は〇〇大学卒業だ」などと自慢したりしない。
イエスが「何を言おうかと考えるな。言うべきことは神が教えてくれる」と言ったように、思考しなければ、言葉も行動も間違えない。
そして、思考しなければ神が味方する。正確には、思考が神の助けを邪魔するのだ。

なかなか分からないかもしれないが、いつまでも分からないと苦しい人生になる。
昔は、ある程度歳を取れば分かったらしいが、今は、プライドの時代、ヤキモチの時代である。
苦しむ人は、老人まで含めて多くなるし、なっている。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)時をかける少女(筒井康隆)
(2)新釈 荘子 (PHP文庫)
(3)天狗芸術論・猫の妙術 全訳注 (講談社学術文庫)
(4)ヤオイズム(矢追純一)
(5)夜這いの民俗学・夜這いの性愛論(赤松啓介)

ルームメイト
AIアート1984
「ルームメイト」
Kay

  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ