「グッド・ラック」は「幸運を祈る」といった意味で、挨拶代わりに軽く言うのだと思う。
日本人同士で「グッド・ラック」はキザな感じもするが、「幸運を祈る」と言うことはあるように思う。
ただし、日本人の「幸運を祈る」は、偉い方が偉くない方に言うことで、下の立場の者が上位者に「幸運を祈る」「幸運を祈ります」と言うのは、似合わないか不遜と思われる。
ところで実際は、私がそう祈ることとアンタの幸運は関係ない。
とはいえ、親しい間柄で、そう言われて悪い気はしないだろう。皆、幸運は大好きだ。

キリスト教徒同士では「ゴッド・ブレス・ユー(神の祝福がありますように)」と言うのは自然なことのようだが、よく考えれば、神の祝福は常にあるはずなので、いちいち言うのも変かもしれない。しかし、これも、言われて悪い気がするものではないだろう。皆、神の祝福は大好きだ。

『スター・ウォーズ』の世界では、「フォースと共にあらんことを(メイ・ザ・フォース・ビー・ウィズ・ユー)」と言うが、これだって、ヨーダが言ったように、フォース(霊的な力)はどこにでもあるのだから、「フォースと共にあらんことを」と言うのはおかしい。

ただの挨拶に、いろいろ難癖をつけたが、日本では上のような挨拶は本来しない。
神様はどこにでもいるという思想とか信仰が神道であるからだ。
ギリシャ神話も、そこは全く同じである。
老荘思想では、そんな、どこにでもあり、全てを生成するものを「道(タオ)」と言うのである。
また、古代インド哲学でも、アメリカのインディアンの信仰でも、同じようなところがあると思う。

「南無阿弥陀仏」というのは、法然の『選択本願念仏集』にも、「阿弥陀様がいつも身近にいる」といった意味があるといったことが書かれている。
親鸞が、「別に念仏を唱えなくてもいい」と言ったのは、「阿弥陀様は頼むまでもなく身近にいてくれるのだから、いちいち言う必要もない」という意味だと思う。だが、それを思い出すための念仏を唱えるだけだ。
日本では、昔から、神様が身近にいることを思い出すために、「神様が護って下さる」と言うことはあった。
今流には「全て大丈夫だ」とでもなるし、『カードキャプターさくら』では「絶対大丈夫だよ」が最強の呪文らしいが、別にどちらでも良いだろう。

個人的には、最強の呪文は「宇宙の活力が助けてくれる」「宇宙の活力が叶えてくれる」である。
宇宙の活力とは、ジョセフ・マーフィーの『あなたも幸せになれる』(文庫版では『努力嫌いの成功法』)に出て来る、この本の原題でもある「コズミック・エナージャイザー」を、翻訳者の桑名一央さんが訳した言葉で、私はとても気に入っている。
(宇宙の力とか、宇宙エネルギーと言っても良いと思う)
宇宙の活力は、不可能はない最強・全能の力で、神の力と言って良いだろう。
「宇宙の活力が助けてくれる」というのは、「南無阿弥陀仏」と全く同じであると思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)選択本願念仏集(法然)
(2)新版 歎異抄 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)
(3)神統記(ヘシオドス)
(4)新釈 荘子 (PHP文庫)
(5)努力嫌いの成功法(ジョセフ・マーフィー)

ピンクの光の反射
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