よそごとを考えながら仕事やスポーツをするとミスをする。
しかし、うまく意識を他に向けながら行うと天才的な能力を発揮する。
たとえば、ある名医は、手術中、頭の中で聖堂の鐘の音が聴こえていると言う。つまり、頭の中の鐘の音に、よい具合に意識を向けて手術を行っている。それで奇跡の手術を行う。
音楽を流しながら仕事や勉強をすることは、会社の中でも自宅でも、昔からよく行われているが、効果については賛否がある。
これについては、クラシック音楽のように、軽く意識を持って行かれるような音楽の場合は良い成果を得られるが、言葉のある歌や、感情に訴えかける旋律(メロディー)の音楽は、仕事などの効率を著しく落とす可能性がある。

本来は、無になって行うことが最も良い。
たとえば、アメリカの偉大な精神科医ミルトン・エリクソンのように、仕事を前にして無意識に入り、意識が戻ったら、自分は憶えていないが仕事は完璧に仕上がっているというように。
エリクソンの場合は、17歳の時にポリオ・ウィルスに感染し、目玉以外は動かせない状態が長く続き、その間に、特殊な精神操作を身に付けたのだと思われる。そんな彼の真似は、なかなか出来ないだろう。

他のことを意識しながら、目の前のことをしたり、あるいは、単に見ると、天才的な能力を発揮したり、宇宙の真理が見える。
問題は、何に、どのように意識を向けるかだ。
こんな話がある。
若い夫婦の話だが、妻が心神喪失状態(意識のない状態)に陥った。
すると夫は、可能な限り、いつも妻の様子を観察した。いつ、妻が目覚めても、それを見逃さないように。
そうしていると、その夫は超能力的な能力が身に付いた。
これを、コリン・ウィルソンは、夫は妻の意識が戻った時に力を得たのであり、その原理は、妻の状態を観察するという緊張状態が、妻の回復時に解放されたことによると述べた。ウィルソンは、力を得る鍵は、緊張状態からの弛緩だと考えていたのだ。
しかし、ウィルソンは間違っている。
その夫が意識不明の妻を観察していた時、ずっと緊張していたとは考え難い。
そうではなく、夫は、良い具合に妻に意識を向け、思考が消えた状態でいろいろなものを見ていたのだ。ずっと妻の顔ばかり見ていたわけではなく、見るものは何でも良かったのだ。
たとえば、妻に意識を向けながらふと造化の花を見ると、その花が輝くほどに美しく見えるといったことになる。
「20世紀最大の詩人」と言われたアイルランドのノーベル賞作家W.B.イェイツは、時々、不思議な意識状態になるのを感じ、そんな時には壁の絵が語りかけてくるのだと言う。イェイツは、なぜそんなことが起こるのか分からないと言うが、1つの可能性として、「恨むのをやめた時に起こるように思う」と述べた。しかし、それは高度な詩人の感覚、あるいは、表現で、つまるところ、何かの想いに意識を向けていたのだろう。イェイツの場合、丁度良い具合に意識を向けることが出来たのが、「赦し」という概念であったのだと思う。

日本では、昔、仙術や魔術的忍術の使い手が、奇跡の力を使う時、人差し指と中指を、自分の目の前で立てるということをよくやった。
あれって、実は、伸ばした指の感覚に意識を向けることで、目的に関する思考を消したのである。
私が幼い時に、容易に奇跡を起こせたのは、それを真似したからということもあると思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)私の声はあなたとともに ~ミルトン・エリクソンのいやしのストーリー~
(2)らく速読 ~脳科学が証明した世界一カンタンですごい読書術~(ヨンソ)
(3)新釈 荘子 (PHP文庫)
(4)右脳の冒険(コリン・ウィルソン)

仙女
AIアート1592
「仙女」
Kay

  
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