これは、引き寄せに関する非常に重要なことと思う。
それは、「当たり前のことしか叶わない」ということだ。
言い換えれば、「自分にとって普通のことしか実現しない」のである。
たとえば、目標が1億円で、引き寄せに成功した場合、1億円が入って来る原因となることで不思議なことが起こることはあるが、1億円が入ること自体は「当たり前」なのである。

このことが分かれば、引き寄せ体験が本当か嘘か、引き寄せ書が本物か偽物かも判別出来る。
こんな引き寄せ体験がある。
引き寄せを実践していた人が、ある日偶然、以前の職場で一緒だった人と町で会った人に、
「今、何している?」
と聞かれ、
「好きなことだけしてる」
と答えたら、
「じゃあ、お金はどうしてる?」
と言われたので、
「何もしなくても毎月300万円くらい入って来る」
と、ごく当たり前に返事をした。
この時点で、この人にはそんな収入はなかったので、客観的には嘘になるが、本人は全く嘘とは思っていなかった。
というのは、常に「私は遊んでいて月収300万円」とアファーメーションをしているうちに、この人は「何もせずに月収300万円」が当たり前になっていて、むしろ、毎月300万円入って来ないと言ったら嘘を言っていることになるのだった。
そして、やがて、現実に月収300万円になった。
この引き寄せ体験は本物と思う。

私が子供の時、以前に見たあるテレビドラマのある回を録画したかったが、そのために私は、ただ、録画装置のリモコンを持ってテレビ画面を注視した。
すると、目的のものが実際に放送され、私は録画スイッチを押し、録画に成功した。
しかし、私は、放送予定を調べていたわけでも、何らかの方法で、それが放送されることを知っていたわけでもなかった。
客観的には、たまたま放送されたのだ。
そして、私も、その放送が始まった時、
「うわ!すご!こんなことありえないじゃん!俺マジキリスト!」
とか思ったりせず、当たり前と感じていた。
このようなことは何度もあり、再放送などあり得ないようなニュースバラエティー番組のある特定の回を放送させたこともある。
また、面白いものとしては、以前見たドキュメンタリー番組を録画したいと思って待ち構えていたら、やはりそれが放送され、録画したのだが、放送内容が以前見たものと少し違っていた。しかし、中身を改変して再放送するような番組でもなかった。なぜ、そんなことが起こったのかは分からないが、パラレルワールド(並行宇宙)移動の際、やや放送内容が違う世界に移ったのだろうと思う。

確かに、引き寄せ体験で、引き寄せに成功した人が、引き寄せたこと自体に対し、「ビックリした」「感動した」「呆然とした」などと書かれていたら、嘘っぽく感じるのである。
引き寄せで願いが叶った時は、嬉しいとは感じるかもしれないが、狂喜するというほどではなく、「満足する」という感じだったと思う。
引き寄せで高根の花の女の子と付き合えたとしても、当たり前なので、いい気分ではあるが、「なんで僕が」と思うことはない。

何千回、何万回、何十万回のアファーメーションで、当たり前になったら願いが叶う。
その点、紙に書くと、当たり前になるのが早くなる。
だから、早く引き寄せたい場合、それが当たり前であるような文で願いを書くのである。
「私は月収300万円だ」みたいな感じだと思うが、自分が当たり前に感じられるようになるなら何でも良い。
「月収300万円」「月収300万円になる」など、自分的に良いと思うように書けばいいだろう。
まあ、「月収300万円欲しい」なら、月収300万円が欲しいと思う私は既に叶っているが、確かにそれは当たり前である。
阿久悠さんという大作詞家は、息を吸って止めている間に曲がヒットした様子をイメージすれば、それで叶ったと言うが、それによって、曲のヒットが当たり前になったのだろう。当たり前なのだから、イメージした後は忘れたそうだ。

願いが叶ったように振る舞えば叶うというのも、振る舞うこと・・・つまり、フリをすることで、それが当たり前になるからだ。
今回の内容は、特に重要と思う。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)タフティ・ザ・プリーステス(ヴァジム・ゼランド)
(2)成功の掟(マーク・フィッシャー)
(3)イット・ワークス!(RHJ)

普通の光景
AIアート1484
「普通の光景」
Kay

  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ