やりたいことをやるというのは、根本的には(規則や道徳に反しない限り)正しいことだ。
では、やりたくないことはやらないというのはどうだろう?
やりたくないことはやらないというのを、新しい考え方と捉えて肯定する人が、若い人を中心に多いと思う。
それで、「私はやりたくないことはやりません」ときっぱり言うのを格好良く感じたりする。

まあ、やりたくないことを、やりたくないという気持ちを捨ててやれば良いというキレイな意見もあるが、やりたくないものはやりたくないだろう。
だが、友達のために、やりたくないことをあえてやることもあるかもしれない。
あるいは、子供がお菓子を2つ食べたいと言っても、躾とか健康とかを考えて1つしか与えないというのは、本心ではやりたくないかもしれない。

やりたくて仕事をしている人は少ないかもしれない。
アニメ『サクラダリセット』で、管理局の津島が、
「やりたくないのをするのが仕事なんだよ」
と中学生の浅井ケイに言ったのを、私は印象的に憶えている。嫌だけど、賛同せざるを得なかったからだろう。
私も、仕事をやりたいと思ってやったことは、ほぼないんじゃないかと思う。
だが、やりたくない仕事をして学んだことが一番多いだろう。
逆に言えば、やりたくない仕事をしなかったら、全く知恵を得られないままだったと思う。
「クソみたいな仕事をするくらいなら生活保護の方がいい」とか言う人が、有名人にもいる。
私は、初めてやった仕事は、大学生の時のアルバイトで、工事現場の警備員だった。
これをやって、それまでの自分に対して、凄く賢くなったと感じた。
次はカメラ屋の店員のバイトで、こちらも、非常に勉強になった。
大抵の仕事は、学生のバイトでやらせてもらえる範囲は、クソみたいと言えばその通りと言える。
そして私は、いずれも、「物凄く嫌」とまでは言わないまでも、別にやりたくはなかった。
だが、やはり、やりたくないことをやらなければ、賢くなる・・・つまり、大人になることは出来ない。

そして、若い間は、嫌なことでも、楽に出来るエネルギーがある。
その上、若い間は、少々のことは大目に見てもらえる場合が多く、その点でも楽である。まあ、厳しく扱ってもらった方がためにはなるのだが、あまりストレスを溜めるのも良くないし、大目に見てもらうことで年長者の温情も感じて、さらに、やりたくないこともやろうという気になる。
歳を取ってエネルギーがなくなると、本当に、やりたくないことがどんどん出来なくなる。つまり、「ちょっとやりたくないこと」程度しか出来なくなる。

やりたくないことを何もさせず、やりたいことを何でもさせてもらえた子供はどうなるか?
もちろん、そんな子供は、やりたくないことを決してしようとせず、やりたいことは無分別にやろうとするようになる。
たとえば、いじめをやりたいと思ったらいじめる。
人のために何かをすることを、やりたくないからと言ってやらない。
こんな子供の行く先は地獄である。一時的には天国に居るように見えるかもしれないが、だからこそ、地獄に落ちた時は悲惨だ。

仙人的な人に聞いたが、魔法級の引き寄せの極意というのは、やせ我慢なのだそうだ。
やせ我慢をして、やりたくないことをやったり、やりたいことを我慢してやらずにいると、どんどんパワーアップ、レベルアップしていく。
やせ我慢をすると、ぐわっと若返る。
逆に言うと、やせ我慢をしないから老化する。
会社でも、やせ我慢が出来る人を採用すると、非常に頼りになる。
これも逆に、やせ我慢が出来ない人は使えない。
さっきの仙人的な人(多分、本物の仙人だ)が言った、最高のやせ我慢の1つが「嫌いな人の機嫌を取ること」だ。
やせ我慢を言い換えると、「強がる」「平気なフリをする」等だ。
強がる、平気なフリをする・・・これこそが青春ではないか(笑 いや、本当にそう思う)。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)ペロー童話集(シャルル・ペロー。江口清訳)
(2)サクラダリセット ※dアニメストア for Prime Video
(3)昔話の深層 ~ユング心理学とグリム童話~(河合隼雄)
(4)100%(ジェームス・スキナー)
(5)ローム太霊講話集
(6)魂の幽霊界行脚 ~死後の世界の体験記~(竹内満朋)

温室育ち
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「温室育ち」
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