今は・・・と言うより、時代が進むにつれて、成功の機会、つまり、チャンスが大きくなったと思っている人が多いと思う。
列車、自動車、飛行機といった交通手段の発達、郵便、電話などの通信手段の発達、新聞、ラジオ、テレビといった情報手段の発達、そして、インターネットの発達により、誰もがチャンスを掴めると考えられるようになってきた。
逆に言えば、昔は、成功のチャンスを掴むことは非常に難しかったと考えられているし、実際、そうだったのだろう。
ハリーポッターシリーズは最も成功した小説作品の1つだが、これが成功したのは、実は奇跡みたいなものだった。
著者のジョアン・ローリングは、精力的に、あらゆる出版社に原稿を持ち込み、熱心に売り込んだが、どの出版社も、原稿を受け取っても、誰も読むことすらなかった。
その中で、ある出版社の社長が、たまたま自宅にローリングの原稿を持ち帰り、偶然それを読んだ社長の8際の娘が「続きを読みたい」と言ったことが出版のきっかけで、1996年に奇跡的に出版されたのだった。
それを考えれば、世に出なかった優れた作品など星の数かもしれない。
また、『禅とオートバイ修理技術』というベストセラーを書いたロバート・パーシングによれば、作品が優秀かどうかよりも、時代との巡りあわせみたいなものが重要で、『アンクル・トムの小屋』だって、時期がずれていたら、世に出ることはなかったらしい(それほどの作品でもないらしい)。

今は、小説と言えば、出版社がコンテストを開催することも多いし、『ソードアート・オンライン』シリーズのようにWeb小説が人気が出て出版に至ったというものもあり、そして現在では、良い作品はSNSで拡散するので、チャンスは掴みやすいように思われているが、誰でもスタートラインに立てることからライバルが多くなり、別の難しさがあるのだろう。
それに、そもそもが「インターネットがあっても、成功するのは所詮天才。むしろ、ネットにより、天才と凡人の違いが鮮明になった」というのが現実であろう。
とはいえ、昔は、ジョアン・ローリングのような天才すら、チャンスがほとんどなかったのだ。
たとえば、ゴッホは生前、1枚も絵が売れず、宮沢賢治も、小説や詩でほとんど収入を得ていない。
昔は、ビジネス界で、芸能界で、スポーツ界その他で、沢山の優秀で努力もする人達が、滅多にないチャンスを求めてさ迷っていた。
その中で、ごく一部の者達が、チャンスを引き寄せ、成功への階段を駆け上った。
正直な成功者なら、皆、自分が成功したのは「たまたま」だと言う。
馬鹿な成功者はあまりいないが、本当に馬鹿だったり、自分を偉大に見せたい嘘つきの成功者達が、自分が成功したのは努力が全て(もしくはほとんど)だとデタラメを言うのだ。

だが、引き寄せの概念があまりなかった時代から、成功者達はチャンスを引き寄せたことは間違いないと思う。
いろんな引き寄せがあるだろうが、その簡単なものは口ぐせだった。
チャンスの重要性を理解する者達が「チャンス、チャンス」といつも口や心の中で唱えたり、「神は道なきところに道を開く」と自分に言い聞かせるように言った。
「神様の奇跡が起こる」といった言葉も、昔の成功者が口ぐせにしていたものから出ているのだと思う。
「奇跡」という言葉を口ぐせにしていた成功者は割といた。
こういったことは、天才ではない凡人にも有効なことだ。
たとえば、成功というのとは違うかもしれないが、「奇跡」のような言葉を唱えていたら、たまたま出逢った金持ちから、気紛れのように100万ドルをもらったといったような話もある(昔の話なので、今の10億円にも相当すると言われている)。
そんなわけで、あなたも「チャンス」「奇跡」みたいな言葉を口ぐせにすると良いかもしれない。
ただし、くれぐれも、ソフトタッチ(穏やかな態度)で唱えることだ。それが最重要である。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)運とつきあう(マックス・ギュンター)
(2)運は実力を超える(植島啓司)
(3)運のいい人、悪い人(中山正和)
(4)瞑想と潜在能力 ~“直観瞑想”は眠れる才能を呼び醒ます~(中山正和)
(5)禅とオートバイ修理技術 上(ロバート.M.パーシグ)

見えない何か
AIアート1350
「見えない何か」
Kay

  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ