夢の中で飛行機や宇宙船の操縦をすることがあるかもしれないが、多くの場合、ごく当たり前に操縦する。
操縦の仕方の偽りの記憶が与えられていると言って良いだろう。
夢の中で、現実世界と同じような家に住んでいることはむしろ珍しく、初めて見る家に住んでいるのだが、そこに居るのが当たり前のように感じるはずだ。
一方、現実世界で、目覚めたら普通にキッチンに行ってコーヒーを入れたり、テーブルに座ったり、テレビを付けたりするが、それらは全て、初めて目にし、初めて触るものかもしれない。
いや、間違いなく、初めて目にし、初めて触るものなのだ。
つまり、偽りの記憶によって、不自然さを感じないのである。
夢も現実も、一瞬一瞬、作られるもので、その意味では、両者に違いはない。
ある意味、夢も現実も、偽りの世界で、今流に言えば仮想世界だ(この「今流」という認識も偽物だが)。
そして、偽りの世界に対する真実の世界が存在するが、夢の方が真実の世界にずっと近いのである。
見ることも聴くことも出来なかったヘレン・ケラーは、そのことに簡単に気付き、真実の世界の方を、プラトン哲学に基づいて「イデアの世界」と呼び、五感で感じる現実世界を「幻想の世界」と呼んだ。
まあ、ヘレン・ケラーという人物が、そんなことを言ったというのも、我々の幻想なのであるが、イデアの世界から送られてきた情報を基にした幻想であるところが、普通の幻想とは違う。
私が中学生の時、以前見たテレビドラマの、ある回のある場面を思い出し、それをもう一度見たいと思った。
そして、当たり前のようにテレビを付けて、テレビを見ていたら、そのテレビドラマのその回が放送された。
このことは、このブログでも何度も書いたが、私は、二十歳くらいまでは、そんなことを時々行っていたのである。
こんな「夢のようなこと」が、他にもいろいろ出来たし、本当は、どんなことだって出来たのだろう。
それが、固定観念を持つに従って出来なくなったのである。
ピタゴラスではないが、私は中学1年の時の夏、風呂に入っていた時、「固定観念を消せば時間移動も出来る」と気付いて興奮したものである。
そんなわけで、固定観念を消せば、世界を自由自在に作り変えることが出来る。それも瞬時に。
だが、あまりに自由になれば面白くないのだと思う。
それで、ある程度の制約があった方が良いのかもしれない。
ちなみに、固定観念が増えると老化する。
ピーターパンは、固定観念を持たない人間の象徴だ(後で言うが、ディズニーのピーターパンはそうではない)。
では、どうすれば固定観念を消せるのかというと、童話を読むに限る。
童話の世界は夢の世界だ。
ところで、童話は伝承として伝わったものであるが、アンデルセン童話は、アンデルセンという個人が書いたものだ。
しかし、アンデルセンは夢の世界に住んでいた人なので、彼が書いた童話も十分に有益だ。
一方で、ディズニーアニメやディズニー映画は、固定観念を作るための偽物の童話なので見てはならない・・・まあ、個人的意見であるが、確信している。
ディズニーランドは夢の世界ではなく、金と欲の世界である。まあ、彼らの金と欲への熱情的な崇拝は、ある意味、感心するのではあるが。
尚、童話も、多少古い翻訳が良いかもしれない。
昔の日本は夢に近かったのだからだ。
◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)ペロー童話集(江口清訳)
(2)初版グリム童話集1 (白水Uブックス)
(3)アンデルセン童話集 1(完訳) (大畑末吉訳)
(4)アンデルセン童話集(上)(山室静訳)
(5)現代語訳 古事記(福永武彦訳)
(6)超訳 古事記(鎌田東二訳)

AIアート1308
「フェアリー」
Kay
操縦の仕方の偽りの記憶が与えられていると言って良いだろう。
夢の中で、現実世界と同じような家に住んでいることはむしろ珍しく、初めて見る家に住んでいるのだが、そこに居るのが当たり前のように感じるはずだ。
一方、現実世界で、目覚めたら普通にキッチンに行ってコーヒーを入れたり、テーブルに座ったり、テレビを付けたりするが、それらは全て、初めて目にし、初めて触るものかもしれない。
いや、間違いなく、初めて目にし、初めて触るものなのだ。
つまり、偽りの記憶によって、不自然さを感じないのである。
夢も現実も、一瞬一瞬、作られるもので、その意味では、両者に違いはない。
ある意味、夢も現実も、偽りの世界で、今流に言えば仮想世界だ(この「今流」という認識も偽物だが)。
そして、偽りの世界に対する真実の世界が存在するが、夢の方が真実の世界にずっと近いのである。
見ることも聴くことも出来なかったヘレン・ケラーは、そのことに簡単に気付き、真実の世界の方を、プラトン哲学に基づいて「イデアの世界」と呼び、五感で感じる現実世界を「幻想の世界」と呼んだ。
まあ、ヘレン・ケラーという人物が、そんなことを言ったというのも、我々の幻想なのであるが、イデアの世界から送られてきた情報を基にした幻想であるところが、普通の幻想とは違う。
私が中学生の時、以前見たテレビドラマの、ある回のある場面を思い出し、それをもう一度見たいと思った。
そして、当たり前のようにテレビを付けて、テレビを見ていたら、そのテレビドラマのその回が放送された。
このことは、このブログでも何度も書いたが、私は、二十歳くらいまでは、そんなことを時々行っていたのである。
こんな「夢のようなこと」が、他にもいろいろ出来たし、本当は、どんなことだって出来たのだろう。
それが、固定観念を持つに従って出来なくなったのである。
ピタゴラスではないが、私は中学1年の時の夏、風呂に入っていた時、「固定観念を消せば時間移動も出来る」と気付いて興奮したものである。
そんなわけで、固定観念を消せば、世界を自由自在に作り変えることが出来る。それも瞬時に。
だが、あまりに自由になれば面白くないのだと思う。
それで、ある程度の制約があった方が良いのかもしれない。
ちなみに、固定観念が増えると老化する。
ピーターパンは、固定観念を持たない人間の象徴だ(後で言うが、ディズニーのピーターパンはそうではない)。
では、どうすれば固定観念を消せるのかというと、童話を読むに限る。
童話の世界は夢の世界だ。
ところで、童話は伝承として伝わったものであるが、アンデルセン童話は、アンデルセンという個人が書いたものだ。
しかし、アンデルセンは夢の世界に住んでいた人なので、彼が書いた童話も十分に有益だ。
一方で、ディズニーアニメやディズニー映画は、固定観念を作るための偽物の童話なので見てはならない・・・まあ、個人的意見であるが、確信している。
ディズニーランドは夢の世界ではなく、金と欲の世界である。まあ、彼らの金と欲への熱情的な崇拝は、ある意味、感心するのではあるが。
尚、童話も、多少古い翻訳が良いかもしれない。
昔の日本は夢に近かったのだからだ。
◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)ペロー童話集(江口清訳)
(2)初版グリム童話集1 (白水Uブックス)
(3)アンデルセン童話集 1(完訳) (大畑末吉訳)
(4)アンデルセン童話集(上)(山室静訳)
(5)現代語訳 古事記(福永武彦訳)
(6)超訳 古事記(鎌田東二訳)

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