夢や現実を支配する方法について、それが出来る人も、やり方を教えるとなると、「根本からやるんだ」「"静か"の中からやるんだ」などと言うが、それでは普通の人にはさっぱり分からない。
本当に世界支配の方法を知っていて、しかも論理的な思考の持ち主となると、誤解を与えるのを避けようとしたり、愚かな反論に煩わされるのを嫌い、慎重な物言いをしているうちに、話がややこしくなり、肝心なことがぼやけて話の基本的な筋が見えなくなる。
だから、教えるとなると、直観力があるか、IQが高い人以外には分からないという思い切りを持って話すしかないと思う。
どの道、分からない人には分からない。
ただし、思考をある程度消せるようになると、直観もIQも高度になるのだから、思考を消す訓練をするのが速い。
宝くじを買って「当たれ当たれ」と念じたり、好きな人に「僕を好きになれ」とか「僕を好きになる」、あるいは、「君は僕が好きだ」と念じたって、さっぱりうまくいかない。
だが、「第二の心(あるいは脳)」とでも言うもので設定すれば、簡単にその通りになる。
「第二の心」は潜在意識とは違い、普段の心に似ているところもある。
昔から、第二の心は、普段の心が変質したものだという考え方があるが(西洋の錬金術、ヨガ、仙道に同じ考え方がある)、両者が違うものか、同じものが変身したものかは、実践していれば、そのうち分かるかもしれない。
では、実際に第二の心で設定する(たとえば、宝くじが当たると設定する)にはどうすれば良いかというと、普段の心を出来るだけ希薄にする。
美しいものに心を奪われてぼーっとしているが、確かに思考もしている・・・そんな時の思考は第二の心で行っている。
そんな話は、実はありふれている。
こんな印象的な話がある。
難関大学合格を目指す、ある受験生が、受験が近付くと病気になってしまい、ロクに勉強が出来なくなったが、受験当日、何とかギリギリで受験は出来そうだったので、受験には行った。
しかし、問題用紙を見ても、難しくてさっぱり分からない。体調は悪いし、何と言っても勉強不足だった。
合格は無理と思ったが、出来るだけのことはやろうと思って問題をぼーっと眺めているうちに、「これは出来そうだ」と思える問題があって、それを解いた・・・ということを続けたが、合格は無理と思った。しかし、結果は合格だった。
この受験生は、第二の心を、少しかもしれないが使ったのだ。
要は、ぼーっとすれば、普段の思考が消えていき、第二の心が現れるが、先天的に才能があったり、普段、修行を積んでいる者でなければ、そううまくはいかない。
問題は、先天的に才能がある人のやり方を真似しないことだ。彼らは、耳に鉛筆用キャップをつけろとか奇妙なことを言うが、そんなことを普通の人が真似ても仕方がない。
最も簡単なのは、静かな呼吸をすることだ。微かな呼吸と言うのがより相応しいかもしれない。
しかし、苦しくて呼吸がし難いほど静かに、あるいは、微かに呼吸してもうまくいかない。
普段から、静かに呼吸をする訓練をすれば、だんだん、気持ち良く、静かに(微かに)呼吸出来るようになる。
楽に、十分に静かに呼吸している時は、普段の心が消え、第二の心が現れている。
『日出処の天子』という、山岸凉子さんの有名な漫画がある。
その中で、蘇我蝦夷(そがのえみし)が厩戸皇子(うまやどのみこ。聖徳太子)と雨を降らせる場面があるが、その時の蘇我蝦夷が、第二の心の状態であることが、うまく描かれていたと思う。
ちゃんと思考しているのだが、普段の心とは異なっており、普段の心に戻った時には、第二の心であった時のことを、ほとんど憶えていなかった。
確かに、第二の心の時は雨を降らせることも可能かもしれず、C.G.ユングも、レインメーカー(雨乞い師)の話は重視していたらしい。
(ユングのレインメーカーの話は、チン・ニンチュウの『誰でも小さなことで大切な願いがかなえられる』の冒頭にある)
◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)日出処の天子(完全版)1(山岸凉子)
(2)誰でも小さなことで大切な願いがかなえられる(チン・ニンチュウ)
(3)投影された宇宙 ~ホログラフィック・ユニヴァースへの招待~
(4)アルケミスト夢 ~を旅した少年~(パウロ・コエーリョ)

AIアート1274
「健康な肌」
Kay
本当に世界支配の方法を知っていて、しかも論理的な思考の持ち主となると、誤解を与えるのを避けようとしたり、愚かな反論に煩わされるのを嫌い、慎重な物言いをしているうちに、話がややこしくなり、肝心なことがぼやけて話の基本的な筋が見えなくなる。
だから、教えるとなると、直観力があるか、IQが高い人以外には分からないという思い切りを持って話すしかないと思う。
どの道、分からない人には分からない。
ただし、思考をある程度消せるようになると、直観もIQも高度になるのだから、思考を消す訓練をするのが速い。
宝くじを買って「当たれ当たれ」と念じたり、好きな人に「僕を好きになれ」とか「僕を好きになる」、あるいは、「君は僕が好きだ」と念じたって、さっぱりうまくいかない。
だが、「第二の心(あるいは脳)」とでも言うもので設定すれば、簡単にその通りになる。
「第二の心」は潜在意識とは違い、普段の心に似ているところもある。
昔から、第二の心は、普段の心が変質したものだという考え方があるが(西洋の錬金術、ヨガ、仙道に同じ考え方がある)、両者が違うものか、同じものが変身したものかは、実践していれば、そのうち分かるかもしれない。
では、実際に第二の心で設定する(たとえば、宝くじが当たると設定する)にはどうすれば良いかというと、普段の心を出来るだけ希薄にする。
美しいものに心を奪われてぼーっとしているが、確かに思考もしている・・・そんな時の思考は第二の心で行っている。
そんな話は、実はありふれている。
こんな印象的な話がある。
難関大学合格を目指す、ある受験生が、受験が近付くと病気になってしまい、ロクに勉強が出来なくなったが、受験当日、何とかギリギリで受験は出来そうだったので、受験には行った。
しかし、問題用紙を見ても、難しくてさっぱり分からない。体調は悪いし、何と言っても勉強不足だった。
合格は無理と思ったが、出来るだけのことはやろうと思って問題をぼーっと眺めているうちに、「これは出来そうだ」と思える問題があって、それを解いた・・・ということを続けたが、合格は無理と思った。しかし、結果は合格だった。
この受験生は、第二の心を、少しかもしれないが使ったのだ。
要は、ぼーっとすれば、普段の思考が消えていき、第二の心が現れるが、先天的に才能があったり、普段、修行を積んでいる者でなければ、そううまくはいかない。
問題は、先天的に才能がある人のやり方を真似しないことだ。彼らは、耳に鉛筆用キャップをつけろとか奇妙なことを言うが、そんなことを普通の人が真似ても仕方がない。
最も簡単なのは、静かな呼吸をすることだ。微かな呼吸と言うのがより相応しいかもしれない。
しかし、苦しくて呼吸がし難いほど静かに、あるいは、微かに呼吸してもうまくいかない。
普段から、静かに呼吸をする訓練をすれば、だんだん、気持ち良く、静かに(微かに)呼吸出来るようになる。
楽に、十分に静かに呼吸している時は、普段の心が消え、第二の心が現れている。
『日出処の天子』という、山岸凉子さんの有名な漫画がある。
その中で、蘇我蝦夷(そがのえみし)が厩戸皇子(うまやどのみこ。聖徳太子)と雨を降らせる場面があるが、その時の蘇我蝦夷が、第二の心の状態であることが、うまく描かれていたと思う。
ちゃんと思考しているのだが、普段の心とは異なっており、普段の心に戻った時には、第二の心であった時のことを、ほとんど憶えていなかった。
確かに、第二の心の時は雨を降らせることも可能かもしれず、C.G.ユングも、レインメーカー(雨乞い師)の話は重視していたらしい。
(ユングのレインメーカーの話は、チン・ニンチュウの『誰でも小さなことで大切な願いがかなえられる』の冒頭にある)
◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)日出処の天子(完全版)1(山岸凉子)
(2)誰でも小さなことで大切な願いがかなえられる(チン・ニンチュウ)
(3)投影された宇宙 ~ホログラフィック・ユニヴァースへの招待~
(4)アルケミスト夢 ~を旅した少年~(パウロ・コエーリョ)

AIアート1274
「健康な肌」
Kay
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