甘ったれた者や傲慢な者は引き寄せに縁がない。
だが、言い方が難しく、甘えるのは良いが、甘ったれては駄目で、プライドが高いのは良いが、自分が特別に偉いと思うのは駄目なのである。
しかし、ここらは、分からない者には分からない。
だから、甘ったれた者や傲慢な者に「引き寄せが出来ない」と言われても、どうしようもない。

こういったことは苦労をしないと分からないという説もあり、若い時の苦労は買ってでもしろという話がある。
しかし、無垢な子供は苦労をしなくても引き寄せが出来る。まあ、欲深いことをしないので目立たないが。
だからイエスは「幼子のようにならなければ天国に行けない」と言ったのだろうが、その真意はやはり微妙だ。
そもそも、若い時の苦労は楽しいものだ。後で自慢話が出来る(笑)。

引き寄せが出来ないなら、諦めて修行をするしかない。
修行というと、特に高い年代の者には、特訓というイメージがある場合が多いが、修行は特訓でも苦行でもない。
むしろ楽しいものだ。
ただし、楽しいが快感ではない。
「きゃっほー!」と歓声を上げるものでも、「美味しい!」とご機嫌になるものでもない。

あまりに甘やかされた者や傲慢な者は、少々辛い修行の方が速く済む。
別に、少々辛い修行でないとすごく時間がかかるというのではなく、無理矢理辛い修行をさせない限り、楽な修行もしないものだ。
言ってみれば、学校や会社で、誰とでもうまくやっていくことが一番の修行かもしれない。
だが、私もだが、そんなことが苦手な人も多いだろう(甘ったれているからだ 笑)。
表面的には、学校や会社でうまくやっているようでも、心が不満だらけでは、うまくやっているとは言えない。
それに、学校や会社でうまくやっていくには、最低限の親切心や有能さが必要だが、それがない者も多い。

それで、正真正銘、自分が駄目なやつだと諦めたら、何でもいいから修行するしかない。
そこでお薦めの修行が「今今メソッド」や「存在を自覚するメソッド」である。
やり方は何度も書いたが、よく分からなければ、心で「今、今、今、・・・」と唱えるか、「私は在る」と唱えると良い。
やっているうちに感覚が掴め、そうすれば唱える必要はない。
どのくらいやるかというと、全ての修行に言えることだが、「効くまで」だ。
それほどやらなくても「効く」のだが、あまりに少ないと「効かない」。

「今今メソッド」や「存在を自覚するメソッド」は、地獄に垂れた梯子か蜘蛛の糸である。
芥川龍之介の『蜘蛛の糸』のように、自分の下に誰かがついてくる心配はいらない。
なぜなら、蜘蛛の糸は自分専用だからで、皆、自分のがあり、自分のしか登れないのだから。
地獄に行くと、本当にほとんど誰も、蜘蛛の糸を見ようともしない。
ただ、蜘蛛の糸を掴み、登れば良いだけである。
ただし、自分で登らないといけない。
時々、天使がやって来て「登れ」と言ってくれる。それでも、ほとんど誰も登らないのだ。

◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)世界はどうしたってあなたの意のまま(ネヴィル・ゴダード)
(2)アイ・アム・ザット 私は在る~ニサルガダッタ・マハラジとの対話~
(3)スーパーマインド(ヴァーノン・ハワード)
(4)天使たち妖精たち(ルドルフ・シュタイナー)

いらっしゃい
AIアート1228
「いらっしゃい」
Kay

  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ