人間には、まるで、見慣れたものを初めて見るように見る能力があるように思う。
いつも見ている家のテーブルやテレビのリモコンや部屋の中の時計等、何でもいいが、それを「初めて見るような気持ちで見るぞ」と思うと、そのように見ることが出来ると思う。
すると、見ているその何かが、とても興味深く感じたり、あるいは、美しく感じると思う。
感動していると言えるかもしれないし、その感動の度合いが非常に大きいこともあるだろう。
「初めて見るような気持ちで見る」ことを、「新たな目で見る」と言っても良いと思う。
ある詩人が詩の中で「新たな目で見れば何でも美しい」と書いていたような気がするが、全くその通りだと思う。
逆に言えば、普段は、「見慣れた」と言うより「見飽きた」目で見ているのである。
何十年も連れ添った夫婦が、相手を魅力的に感じるのは、相手を新たな目で見ているからである。
逆に、見飽きた目で見れば、全く魅力のない嫌な相手に映ることがあり、実際、我慢ならなくなって離婚することも多い。
離婚の原因もいろいろあろうが、根本的には、新たな目で見る能力がなく、見飽きた目でしか見ることが出来ないのである。
長く飼ってきたペットを捨てるなんてのも同じだし、さらには、子供を捨てるというのも同じだろう。
新たな目で見れば、ペットはずっと可愛いのである。
そして、ペットの方は飼い主を常に新たな目で見ているのだと思う。
つまり、人間はいつも見ているものを見る時、ほとんどが記憶の中のそれを見ているのであり、直接にはあまり見ていないのである。
恋人が髪型を変えたり、新しい服を着ていても気付かないなら、別れが近いかもしれない。記憶の中の相手しか見ておらず、直接には見ていないからである。
そして、引き寄せの力というのは、新たな目で見る能力に見事に比例する。
と言うより、あらゆる能力が、新たな目で見る能力に比例するが、引き寄せの力は、新たな目で見る能力そのものなのだ。
言い換えれば、新たな目で見ることが出来ない者には引き寄せは出来ず、引き寄せが出来ない者がどんどん増えている。挙句、「引き寄せなんてものはない」とか言うのである。
見慣れたものを、「新たな目で見る」「初めて見るように見る」ことを、訓練・・・と言うのもおかしいが、意図的にやれば引き寄せ能力が高まる。
エックハルト・トールのような人は、そのカラクリを言葉で語るものだから、理屈っぽいことが嫌いな人はウンザリすると思う。
理屈ではなく、面白いから、楽しいからでやれば良いと思う。
周囲のものが何でも、美しく、魅力的で、興味深くなるのだから。
その上、引き寄せが楽に出来るのである。まあ、引き寄せはオマケで、望まずとも起こるのである。
◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)人生が楽になる 超シンプルなさとり方(エックハルト・トール)
(2)右脳の冒険(コリン・ウィルソン)
(3)オプティミスト ~楽観的に生きるということ~(ヘレン・ケラー)

AIアート1087
「沈む陽」
Kay
いつも見ている家のテーブルやテレビのリモコンや部屋の中の時計等、何でもいいが、それを「初めて見るような気持ちで見るぞ」と思うと、そのように見ることが出来ると思う。
すると、見ているその何かが、とても興味深く感じたり、あるいは、美しく感じると思う。
感動していると言えるかもしれないし、その感動の度合いが非常に大きいこともあるだろう。
「初めて見るような気持ちで見る」ことを、「新たな目で見る」と言っても良いと思う。
ある詩人が詩の中で「新たな目で見れば何でも美しい」と書いていたような気がするが、全くその通りだと思う。
逆に言えば、普段は、「見慣れた」と言うより「見飽きた」目で見ているのである。
何十年も連れ添った夫婦が、相手を魅力的に感じるのは、相手を新たな目で見ているからである。
逆に、見飽きた目で見れば、全く魅力のない嫌な相手に映ることがあり、実際、我慢ならなくなって離婚することも多い。
離婚の原因もいろいろあろうが、根本的には、新たな目で見る能力がなく、見飽きた目でしか見ることが出来ないのである。
長く飼ってきたペットを捨てるなんてのも同じだし、さらには、子供を捨てるというのも同じだろう。
新たな目で見れば、ペットはずっと可愛いのである。
そして、ペットの方は飼い主を常に新たな目で見ているのだと思う。
つまり、人間はいつも見ているものを見る時、ほとんどが記憶の中のそれを見ているのであり、直接にはあまり見ていないのである。
恋人が髪型を変えたり、新しい服を着ていても気付かないなら、別れが近いかもしれない。記憶の中の相手しか見ておらず、直接には見ていないからである。
そして、引き寄せの力というのは、新たな目で見る能力に見事に比例する。
と言うより、あらゆる能力が、新たな目で見る能力に比例するが、引き寄せの力は、新たな目で見る能力そのものなのだ。
言い換えれば、新たな目で見ることが出来ない者には引き寄せは出来ず、引き寄せが出来ない者がどんどん増えている。挙句、「引き寄せなんてものはない」とか言うのである。
見慣れたものを、「新たな目で見る」「初めて見るように見る」ことを、訓練・・・と言うのもおかしいが、意図的にやれば引き寄せ能力が高まる。
エックハルト・トールのような人は、そのカラクリを言葉で語るものだから、理屈っぽいことが嫌いな人はウンザリすると思う。
理屈ではなく、面白いから、楽しいからでやれば良いと思う。
周囲のものが何でも、美しく、魅力的で、興味深くなるのだから。
その上、引き寄せが楽に出来るのである。まあ、引き寄せはオマケで、望まずとも起こるのである。
◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)人生が楽になる 超シンプルなさとり方(エックハルト・トール)
(2)右脳の冒険(コリン・ウィルソン)
(3)オプティミスト ~楽観的に生きるということ~(ヘレン・ケラー)

AIアート1087
「沈む陽」
Kay
| 人気ランキング参加中です |
|

