『マトリックス』のような映画によって、我々が現実と思っている世界は、実は電子装置によって見せられている幻想・夢ではないかという考え方が一般に示された。
ただ、そのような考え方は大昔からあったし、『マトリックス』のようなテクノロジーによる仮想世界の話も半世紀以上前から、SFなどで描かれている。
そして、ある意味では、実際にこの世界は仮想世界のようなものであると言える。
たとえば、養老孟司さんの『唯脳論』では、電子装置を使うまでもなく、我々が現実だと思っているものは脳が作った幻想・夢であることが明快に示されている。

人類はいずれ、『マトリックス』のように仮想世界の住人になるという有力な説がある。
だが、問題は、我々は精神的には仮想世界に住むとして、現実的な肉体の管理が必要であることだ。
『マトリックス』では、肉体は眠らせれ、栄養を自動供給されていたが、実際にはそんなことをしたら、肉体は衰えて駄目になり、それが脳の健康にも影響し、精神も駄目になる。
そこで、「いや、維持されるのは脳だけで良い」ということになり、我々の実態は実は培養液にぷかぷか浮かぶ脳で、脳が人工神経に接続されているのだという説もあるが、では、その脳はどうやって管理するかであるが、それを行うのはAIロボットであるということになる。
それなら、AIは完全に人類の支配者であり、AIの判断次第で人類は容易く滅びる・・・というか、そんな状態で人類が存続していると言えるか疑問だ。

そこで、「シンギュラリティ」の概念を提示したことでも知られる発明家のレイ・カーツワイルも言うように、精神を脳からコンピューターに「アップロード」し、脳自体も不要にする・・・つまり、我々は記憶や心をコンピューターに入れてしまい、脳はゴミ箱に捨てるといったことが考えられているが、これは魂とか霊といったものの存在を否定した考え方と言えると思う。
まあ、カーツワイルも、当面は、脳以外を機械化して生物としての死の概念をなくすと考えている。
脳自体は、うまく培養すれば永遠に持つと考えているのかもしれない。
だが、いずれにしろ、これらは唯物論というか、ニュートン・デカルト式の考え方であり、もっと新しい考え方がある。
新しいと言っても、それはある種の神秘思想に似ている。
たとえば、パラマハンサ・ヨガナンダの自伝『或るヨギの自叙伝』などに登場するババジは肉体も自在に創造支配出来る精神体のような存在で、本来、人間はそんな能力を持っているとされる。
まるで夢物語であるが、かなり前から量子力学が、そのようなことが出来る可能性を示していると思う。

1つの考え方としておくが、我々の実体は魂であり、それは神のごとき力を持ち、旧約聖書の神のように「〇〇よあれ」と言えば〇〇が出来る。
だが、我々の魂には何かによって制限がかけられていて、そんな神のごとき力を使うことが出来ない。
その制限についての1つの説が『エイリアン・インタビュー』にあるように、宇宙人によって地球に設置されたマインドコントロール装置が、我々の魂の力を抑え込んでいるというものだ。
『エイリアン・インタビュー』に書かれた通りであるかどうかは分からないが、私は概ね、あの通りであると思う。
そして、『エイリアン・インタビュー』では、釈迦や老子といった人々が自力でマインドコントロール装置の支配から脱することに成功しており、神である魂の力を取り戻している。
我々も、Omoiさんによる初音ミクさんの楽曲『テオ』のように、「今まで奪われてた分は取り戻すまでさ!」といきたいものである。

私だけではないと思うが、私は子供の時は、魂にかけられた制限が弱く、一般的には奇跡としか思えないことを何度も起こしたので、私には上のババジや『エイリアン・インタビュー』は単なる現実である。
引き寄せの法則は、その良い入門というか導入部分であると思う。
引き寄せメソッドとは、魂にかけられた制限を取り払うことであるべきと思う。
そして、それは、それほど簡単ではないが、それほど簡単ではないという想い自体が魂にかけられた制限で、実のところ容易いのである。
やり方は普段書いてある通りであるが、人によって好みがあり、今後もいろんな方向から書いてみようと思う。

目力
AIアート831
「目力」
Kay


◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)エイリアン・インタビュー(ローレンス・スペンサー)
(2)或るヨギの自叙伝(パラマハンサ・ヨガナンダ)
(3)シンギュラリティは近い [エッセンス版](レイ・カーツワイル)
(4)唯脳論(養老孟司)
(5)老子 (岩波文庫)
(6)ファーストワルツ(Omoi)※CD等
  
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