ジョージ・アダムスキー(1891~1965)という、宇宙人と交流したと主張する人物がいた。
アダムスキー型UFOは、おそらく人類の歴史に残るほど有名で、死後半世紀以上経過していながら、沢山の著作が出版され続けているのだから、どんな意味にしろ偉大な人物であったと思う。
アダムスキーは、UFOや宇宙人に関する証拠をいくらかは公開しているが、基本的には、証拠のようなものは意図的に非公開にしていたのだと思う。その理由は、どんな証拠も疑惑をかけられることが分かっているからといったものと思う。つまり、疑う者はどこまでも疑うということで、確かにその通りである。
アダムスキーは、自分が哲学者であるとも公言していたが、彼の哲学には「人やものごとを評価するのは、証拠ではなく哲学によるべき」というものがあったと思う。これは、イエスの「実によって木を知れ」という言葉を思い出す。
私は、アダムスキーに関しては、私の哲学である「疑ってはいないが信じてもいない」がまさに当てはまる。
まず、彼の笑顔が信用ならない。あれは詐欺師の笑い方だ。
だが、顔が知られるようになると、真の偉人も詐欺師も、みんなあんな笑顔をするものだ。
有名人で人格者らしく見える写真が残っているとしたら、沢山撮った写真の中で、たまたま、そんなふうに見える写真が多く選ばれただけのことであると思う。
たとえば、J.F.ケネディーの写真は、どれも優しく逞しい正直者の雰囲気があるが、彼の場合は、戦略的にもそんな写真を多く残していたのではないかと思う。
どんな有名人も、写真で見るのと実際に会うのとでは全然違うものだ。
私はアダムスキーのことは信じてはいないが、否定もしないのは、やはり彼の哲学に秀でたところがあると思えるからだ。
私にとっては、その哲学を示す言葉は次の2つだ。
「地球で駄目なやつは他の惑星に行ってもやっぱり駄目だ」
「一度に着ることが出来るスーツは一着だけだ。私はそれ以上欲しいとは思わない。だが、その一着を得られないとしたら愚か者だということだ」
つまり、人間は現実的な能力がないといけないということだ。
これは、ルドルフ・シュタイナーの「人間は42歳までは職人であるべき」という言葉を思い出す。
これもまた、自分の力で食べていくことが基本であることを示しているのだと思う。
アダムスキーは決してスピリチュアリストだけではなく、現実主義者でもあるということだ。
プロ野球のピッチャーでも、凄いピッチャーになる以前に「メシが食える球」を投げることが出来ないといけないし、偉大な画家になるより先に「メシが食える絵描き」でないといけない。
アダムスキーはUFOでメシが食えたのだから立派なものだし、仮に詐欺師だとしても、普通の人に迷惑をかけたわけではない。
まあ、変な人には迷惑をかけることになってしまったかもしれないが、それは、迷惑をかけられる方が悪いと思える。
彼は大金を掴んだわけではないので、悪い影響はさほど与えなかったし、上にも述べたように、彼の哲学には見るべきところがあると思う。
メシを食えるという意味で、面白いのが、世界的版画家だった池田満寿夫さんだ。
彼は、油絵ではメシが食えなかったので版画家になったと言えると思う。
彼は、版画をやった理由として、「版画は作品の数が出せるので、単価を安く出来るから油絵より売れると思ったから」と、やっぱり食うこと主体で考えたのだ。
私は、セールスマンで食えなかったのでプログラマーになったわけだ。
セールスでも、時にはセールスコンテストで優勝するくらい活躍したように見えるが、それは引き寄せでやっただけで、全く駄目セールスマンだった。
ところが、プログラマーの方も、仕事はほとんどせず、金は引き寄せで得ていたようなところがある。
とんだポンコツである。私のようにはなるなと言いたい(笑)。
ただ、世の中で食べていくために最重要な能力とは、人と仲良くやっていく能力である。
いくらお勉強が出来なって、それが出来ないと食べていくことは出来ず、お勉強は出来たのにニートになる者が多いのである。
だから、子供は何をおいても、誰とでも仲良くやっていける子に育てないといけない。
好きな人とだけ仲良くなり、嫌いな人を避けるようでは駄目なのだ。
それが駄目なら、最後は引き寄せしかなくなる。
だが、社会でまともにやっていけない人間が引き寄せでやっていくのも難しい。
その自覚がなければ本当に駄目だが、謙虚にそれを認めるなら特殊な道も開けるものである。

AIアート753
「花の意識」
Kay
◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)第2惑星からの地球訪問者(ジョージ・アダムスキー)
(2)超能力開発法(ジョージ・アダムスキー)
(3)肉体を超えて大宇宙と一体化する方法(ジョージ・アダムスキー)
(4)池田満寿夫―日付のある自画像(池田満寿夫)
(5)私自身のアメリカ(池田満寿夫)
アダムスキー型UFOは、おそらく人類の歴史に残るほど有名で、死後半世紀以上経過していながら、沢山の著作が出版され続けているのだから、どんな意味にしろ偉大な人物であったと思う。
アダムスキーは、UFOや宇宙人に関する証拠をいくらかは公開しているが、基本的には、証拠のようなものは意図的に非公開にしていたのだと思う。その理由は、どんな証拠も疑惑をかけられることが分かっているからといったものと思う。つまり、疑う者はどこまでも疑うということで、確かにその通りである。
アダムスキーは、自分が哲学者であるとも公言していたが、彼の哲学には「人やものごとを評価するのは、証拠ではなく哲学によるべき」というものがあったと思う。これは、イエスの「実によって木を知れ」という言葉を思い出す。
私は、アダムスキーに関しては、私の哲学である「疑ってはいないが信じてもいない」がまさに当てはまる。
まず、彼の笑顔が信用ならない。あれは詐欺師の笑い方だ。
だが、顔が知られるようになると、真の偉人も詐欺師も、みんなあんな笑顔をするものだ。
有名人で人格者らしく見える写真が残っているとしたら、沢山撮った写真の中で、たまたま、そんなふうに見える写真が多く選ばれただけのことであると思う。
たとえば、J.F.ケネディーの写真は、どれも優しく逞しい正直者の雰囲気があるが、彼の場合は、戦略的にもそんな写真を多く残していたのではないかと思う。
どんな有名人も、写真で見るのと実際に会うのとでは全然違うものだ。
私はアダムスキーのことは信じてはいないが、否定もしないのは、やはり彼の哲学に秀でたところがあると思えるからだ。
私にとっては、その哲学を示す言葉は次の2つだ。
「地球で駄目なやつは他の惑星に行ってもやっぱり駄目だ」
「一度に着ることが出来るスーツは一着だけだ。私はそれ以上欲しいとは思わない。だが、その一着を得られないとしたら愚か者だということだ」
つまり、人間は現実的な能力がないといけないということだ。
これは、ルドルフ・シュタイナーの「人間は42歳までは職人であるべき」という言葉を思い出す。
これもまた、自分の力で食べていくことが基本であることを示しているのだと思う。
アダムスキーは決してスピリチュアリストだけではなく、現実主義者でもあるということだ。
プロ野球のピッチャーでも、凄いピッチャーになる以前に「メシが食える球」を投げることが出来ないといけないし、偉大な画家になるより先に「メシが食える絵描き」でないといけない。
アダムスキーはUFOでメシが食えたのだから立派なものだし、仮に詐欺師だとしても、普通の人に迷惑をかけたわけではない。
まあ、変な人には迷惑をかけることになってしまったかもしれないが、それは、迷惑をかけられる方が悪いと思える。
彼は大金を掴んだわけではないので、悪い影響はさほど与えなかったし、上にも述べたように、彼の哲学には見るべきところがあると思う。
メシを食えるという意味で、面白いのが、世界的版画家だった池田満寿夫さんだ。
彼は、油絵ではメシが食えなかったので版画家になったと言えると思う。
彼は、版画をやった理由として、「版画は作品の数が出せるので、単価を安く出来るから油絵より売れると思ったから」と、やっぱり食うこと主体で考えたのだ。
私は、セールスマンで食えなかったのでプログラマーになったわけだ。
セールスでも、時にはセールスコンテストで優勝するくらい活躍したように見えるが、それは引き寄せでやっただけで、全く駄目セールスマンだった。
ところが、プログラマーの方も、仕事はほとんどせず、金は引き寄せで得ていたようなところがある。
とんだポンコツである。私のようにはなるなと言いたい(笑)。
ただ、世の中で食べていくために最重要な能力とは、人と仲良くやっていく能力である。
いくらお勉強が出来なって、それが出来ないと食べていくことは出来ず、お勉強は出来たのにニートになる者が多いのである。
だから、子供は何をおいても、誰とでも仲良くやっていける子に育てないといけない。
好きな人とだけ仲良くなり、嫌いな人を避けるようでは駄目なのだ。
それが駄目なら、最後は引き寄せしかなくなる。
だが、社会でまともにやっていけない人間が引き寄せでやっていくのも難しい。
その自覚がなければ本当に駄目だが、謙虚にそれを認めるなら特殊な道も開けるものである。

AIアート753
「花の意識」
Kay
◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)第2惑星からの地球訪問者(ジョージ・アダムスキー)
(2)超能力開発法(ジョージ・アダムスキー)
(3)肉体を超えて大宇宙と一体化する方法(ジョージ・アダムスキー)
(4)池田満寿夫―日付のある自画像(池田満寿夫)
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