悟りを開いた人は少なく、私個人的には、悟りを開いたのだろうなと思えるのは、釈迦、イエス、黒住宗忠、それに、ラマナ・マハルシくらいだ。
まあ、私が知らないだけで、他にもいるのだと思う。
老子、荘子も、悟りを開いた人にしか言えないことを言っているが、彼らは行いについて不明であり、悟りの証拠は行動に現れるので、その意味において確証はない。

悟りを開くことで、人間はやっと本当の幸福になる。そして、普通の人間には気付かないが、彼らは世界を自在にコントロールすることが出来る。ただ、これは言い換えれば、悟りを開かない限り、世界に対して何も出来ない。
引き寄せということに関しても、悟りを開くことで初めて自在に出来る。
悟りを開いていない人間の場合は、たまたまうまくいく(引き寄せが出来る)ことがあるだけだが、それが多い人と少ない人がいる。
うまくいくことが多い人とは、悟りに近い状態になる頻度が高い人だ。
悟りに近い状態は、いろいろに言われるが、ここでは一応、アブラハム・マズローの「至高体験」がそうだとする。

それで、悟りを開く方法とか、至高体験に達する方法とかが、数えきれないほど語られ、教えられてきたが、それらの教えのほぼ全てに大きな勘違いがある。
それは、「こうすれば悟れる」「こうすれば至高体験に達する」という方法は本当はなく、それらは、どうしたって、たまたま起こるのだということだ。
つまり、我々は、たまたま起こるのを待つしかない。

だが、悟りを開く確率を高めることなら出来るかもしれないし、至高体験であれば、それがかなり出来ると思う。
私が子供の時、異常なほどの引き寄せを起こせたのは、至高体験に達する頻度が高かったからだが、それだって、やはりたまたまである。
よって、我々は何より、至高体験を起こす確率を上げた方が良い。
まあ、思考がかなり消えれば、高確率で至高体験に至るが、思考が消えるのも、自分ががんばって出来るのではなく、やっぱりたまたまなのだと思うようになった。
つまり、たまたま何かに夢中になって思考が消えた・・・といった感じだ。
実際、あまりに嬉しいことがあったとか、逆に、あまりに恐ろしい目に遭った時に思考が消え、至高体験に至るが、それほどの体験に遭遇するかどうかは、やはりたまたまである。
「我を忘れるほど夢中になれ」なんて、他人が言えることではない。
難しいかもしれないが、「予想出来る程度のこと」では、人間は、それほど歓喜したり恐怖したりは出来ないのである。

ポリスピカデリーさんによる初音ミクさんの楽曲『キレキャリオン』に、

二つ目を捨てろ 予想外になれ
軌道を外れて...

という歌詞があるが、これがまさに核心を突いている。
ポリスピカデリーさんて何者かと思う。

カラスが鳴く頃
AIアート706
「カラスが鳴く頃」
Kay


深呼吸、マントラ、薄目をたゆみなく続ければ、至高体験に至る可能性が高まる。
しかし、至高体験、ましてや、悟りを開こうとして、それらをやっても無駄である。
それは、たまたま起こるだけ・・・来るべき時に来るだけのものだ。
しかし、本当は、既に悟っているというのが事実であるのだが、このことを告げられると、誰もが戸惑い驚き、挙句、文句を言うのである。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)至高体験(コリン・ウィルソン)
(2)右脳の冒険(コリン・ウィルソン)
(3)フランケンシュタインの城(コリン・ウィルソン)
(4)私の声はあなたとともに~ミルトン・エリクソンのいやしのストーリー
(5)初音ミク「マジカルミライ2019」 (初回限定盤Blu-ray)
(6)誰がかまうもんか?!(ラメッシ・バルセカール)
(7)黒住宗忠 (人物叢書 新装版)
(8)ラマナ・マハルシの教え(山尾三省翻訳)
  
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