江戸末期の神道家、黒住宗忠は「天照大神にまるごと任せれば嬉しいことばかりになる」と言い、親鸞は「阿弥陀如来に全て任せれば悪いことは消え、いいことばかりになる」と言った。
もちろん、天照大神と阿弥陀如来は、宗教的には違っても、異なるものではなく、今日流に言えば広義(広い意味)では潜在意識のことである。
インドの聖者ラマナ・マハルシも同じことを言っている。
「神の至高の力がすべてのものごとを動かしているというのに、なぜわれわれはその力に身をまかせず、何をどうすべきか、どうすべきではないかと思い悩むのだろう」
この神も、やはり潜在意識のことである。
荘子は、全く同じことを非常に簡潔に言った。
「いっさいをなりゆきにまかせよ」
このことは、たとえて言えばこんなものだ。
私がある映画で見たものだ。
まだ若い金持ちの紳士が高級レストランに入る。
紳士の目つきや立ち居振る舞いは、特に上品ぶっているわけではないが尊ぶべき人であることを現しており、スタッフは特に丁重に対応する。
普通、金持ちは、オーダーの際、細かい注文を付ける。
ところが、注文を聞かれた紳士は、ごく大雑把な注文の後こう言う。
「まかせるよ」
スタッフは、うやうやしく頷いて下がる。
紳士はスタッフにまかせたというより、状況にまかせた・・・つまり、なりゆきにまかせたのだ。
私は、実際に、そんなものを見たことがある。
政木和三さんとレストランに昼食に行った時のことだ。
そこは、政木さんが度々昼食を取るレストランだった。
政木さんは私にこう言った。
「私はね、ここで一度もオーダーしたことはないのですよ。黙って座っていれば、ちょうどいいものを作ってきてくれるのです」
実際、身体に良さそうな適度な量の美味しい昼食が出てきたのだった。
※その映画のような話が『マスターの教え』の中にもある。
この政木さんのようにやれば良いのである。
いちいち何かを願わなくても、潜在意識は、ちょうど良いものを与えてくれるのである。
何かを望めば、もう叶っているのであり、それをいちいち「これを下さい」と言わなくても良いのである。
AIアート666
「放恣の空」
Kay
まあ、ここまでは、言う人はいくらかいる。
だが、ここで大問題だと思ってしまうのは、「どうすれば潜在意識にまかせることが出来るか」「どうすればなりゆきにまかせられるか」だろう。
これに関し、インドの聖者の教えを変な日本語に訳してしまう人がいる。
「あろうとするな。ありなさい」
無茶苦茶な訳だ(笑)。
もっとマシな訳は、
「あろうとするな。あるのだから」
だ。
まかせることも同じで、
「まかせようとするな。もうまかせているのだから」
になる。
私は思いあたらないが、『マトリックス』で、モーフィアスがネオに、
「速く動こうとするな。速く動けると知れ」
と言ったらしい。
なら、やはり、
「まかせようとするな。まかせていると知れ」
である。
少しレベルを下げればこうだ。
「あの娘を彼女にしようとするな。もう彼女になっていると知れ」
◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)いのちの教え―黒住宗忠に学ぶ自然体の生き方
(2)三帖和讃(現代語版)※親鸞の『現世利益和讃』収録
(3)ラマナ・マハルシの教え
(4)奇跡の実現―欲望を捨てれば不可能が可能になる(政木和三)
(5)マスターの教え
もちろん、天照大神と阿弥陀如来は、宗教的には違っても、異なるものではなく、今日流に言えば広義(広い意味)では潜在意識のことである。
インドの聖者ラマナ・マハルシも同じことを言っている。
「神の至高の力がすべてのものごとを動かしているというのに、なぜわれわれはその力に身をまかせず、何をどうすべきか、どうすべきではないかと思い悩むのだろう」
この神も、やはり潜在意識のことである。
荘子は、全く同じことを非常に簡潔に言った。
「いっさいをなりゆきにまかせよ」
このことは、たとえて言えばこんなものだ。
私がある映画で見たものだ。
まだ若い金持ちの紳士が高級レストランに入る。
紳士の目つきや立ち居振る舞いは、特に上品ぶっているわけではないが尊ぶべき人であることを現しており、スタッフは特に丁重に対応する。
普通、金持ちは、オーダーの際、細かい注文を付ける。
ところが、注文を聞かれた紳士は、ごく大雑把な注文の後こう言う。
「まかせるよ」
スタッフは、うやうやしく頷いて下がる。
紳士はスタッフにまかせたというより、状況にまかせた・・・つまり、なりゆきにまかせたのだ。
私は、実際に、そんなものを見たことがある。
政木和三さんとレストランに昼食に行った時のことだ。
そこは、政木さんが度々昼食を取るレストランだった。
政木さんは私にこう言った。
「私はね、ここで一度もオーダーしたことはないのですよ。黙って座っていれば、ちょうどいいものを作ってきてくれるのです」
実際、身体に良さそうな適度な量の美味しい昼食が出てきたのだった。
※その映画のような話が『マスターの教え』の中にもある。
この政木さんのようにやれば良いのである。
いちいち何かを願わなくても、潜在意識は、ちょうど良いものを与えてくれるのである。
何かを望めば、もう叶っているのであり、それをいちいち「これを下さい」と言わなくても良いのである。
AIアート666
「放恣の空」
Kay
まあ、ここまでは、言う人はいくらかいる。
だが、ここで大問題だと思ってしまうのは、「どうすれば潜在意識にまかせることが出来るか」「どうすればなりゆきにまかせられるか」だろう。
これに関し、インドの聖者の教えを変な日本語に訳してしまう人がいる。
「あろうとするな。ありなさい」
無茶苦茶な訳だ(笑)。
もっとマシな訳は、
「あろうとするな。あるのだから」
だ。
まかせることも同じで、
「まかせようとするな。もうまかせているのだから」
になる。
私は思いあたらないが、『マトリックス』で、モーフィアスがネオに、
「速く動こうとするな。速く動けると知れ」
と言ったらしい。
なら、やはり、
「まかせようとするな。まかせていると知れ」
である。
少しレベルを下げればこうだ。
「あの娘を彼女にしようとするな。もう彼女になっていると知れ」
◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)いのちの教え―黒住宗忠に学ぶ自然体の生き方
(2)三帖和讃(現代語版)※親鸞の『現世利益和讃』収録
(3)ラマナ・マハルシの教え
(4)奇跡の実現―欲望を捨てれば不可能が可能になる(政木和三)
(5)マスターの教え
人気ランキング参加中です |
「夜の闇よりも人の闇が怖い」
「人の闇よりも己の闇が恐ろしい」
或る人が発する言葉は、その人が欲している言葉、だと信じて私自身を鏡にするならば、
「滅茶苦茶だと思うこころの方が、メチャクチャな心になっている」
仏教倫理は三行で述べられる。自浄其意、諸悪莫作、衆善奉行。これを英語にするなら二行に成ると思う。
Keep you light
Never act bad and then act good things forever
You are the light of love: you too…💡❤️