人間が、潜在的に巨大な力を持っていることは間違いなく、『エリート』という古い漫画で、そのことを実にシンプルに表してくれたおかげで、私は子供の時に、その概念を掴めたと思う。
では、その潜在的な力をどうやって引き出す(あるいは目覚めさせる)かだが、これはごく簡単に言えば、固定観念を消すことであることが分かった。なぜなら、固定観念が、潜在能力を抑え込むからである。
(ただ、固定観念を持ったまま潜在能力を使う方法を、数学者・心理学者・コンピューター科学者のシーモア・パパートが説いたが、こちらはかなり難しいので、固定観念を消すことを考えた方が良いと思う。)
ただ、まともにやろうとしたら、固定観念を消すことも、やはり難しい。
固定観念は偏見として現れることが多いが、人種差別主義者に対して人種差別は間違いだと納得させることが絶望的に難しいことを見ても、固定観念を消すことがいかに難しいことかが分かるのである。
ところが、ここで面白いことに気付く。
固定観念を多く持つほど、潜在能力は抑え込まれるのだが、人種差別主義者など強固な偏見を持つ(つまり固定観念を持つ)者にも優秀な者はいるということだ。
しかし、彼らは、パートタイムで優秀なのであり、普段は愚かなのである。
つまり、好きなことに熱中している間だけ優秀なのである。
確かに、熱中出来ることを見つければ、それをしている間だけ優秀になれるのだが、そんな意味で優秀な人は、大部分の時間は愚かで、不幸な人生を送るのだ。
ところで、優秀になるのは、本当は、熱中するからではなく、考えないからであることが分かっている。
意識があるのに思考が消えているなら、固定観念の影響を受けず優秀であり、完全に思考が消えれば神のように超優秀なのだ。
仏教は難しい教えが多いが、浄土三部経や法華経の中の観音経に、ただ「南無阿弥陀仏」と唱えよとか、ただ「南無観世音菩薩」と唱えよという念仏の教えが出てくるし、般若心経では、ある呪文を唱えよとある。
念仏は、まあ、仏の名を唱えよというくらいの意味で、仏の名は沢山あり、どの仏でも良いのである。このことは、華厳経といった古い仏典に書かれているが、念仏の教えは、その華厳経の教えから発展したように思う(しかし、その真偽を述べたいわけではないので、違うかもしれない)。
ただ、仏の名なり、呪文なりを唱えている間は思考がなく、潜在能力が現れてくるのである。
もちろん、ちょっと唱えた程度ではなかなか固定観念は消えないが、習慣化して楽に長時間唱えられるようになると、間違いなく固定観念を消せるようになり、実際、優秀になる。
学もない一般庶民で、修行なども全くしたことのない人達が、念仏(主に南無阿弥陀仏)を唱えることで超優秀になることが、明治から昭和初期によく見られ、そのような人達を「妙好人」と呼んだ。因幡の源左(いなばのげんざ)という農民の妙好人が有名である。
世界的に有名なTM(超越瞑想)も同じ原理で、ただ、TMでは、唱えるマントラは、なるべく思考を起こさせない言葉を選ぶところが特徴であり、これは、原理的に良い特徴である。思考を消せば優秀になるのだからだ。
しかし、TMでは、各自に合ったマントラを選ぶと言いながら、実際は、年齢によって選んでいるだけであることを隠しているのは、ちょっとなあと思う。TMのマントラは秘密にしなければならないと言われているが、何百万人とやっていたら、そりゃ教え合う人も沢山いるはずで、そうしたら、年齢で決まっていることもバレるわけだ。

AIアート643
「神秘の薔薇」
Kay
要は、何でもいいから唱えていたら優秀に、さらに、神に近付く。
人間の本当に優れた能力は直観と引き寄せだと思う。よって、これらの能力も得られる。
TMでは、思考を起こさせない言葉が重要と言うが、どんな言葉でも、短い言葉なら単純な思考しか起きず、他の思考を消し、さらには、その単純な思考も消えるものだ。そして、何か意味のある言葉の方が唱え易いかもしれない。
たとえば、「神様の奇跡が起こる」「お金がある」「生きている」「富」などである。
それで、最も思考が消えやすい言葉は、おそらく「今」である。
ラマナ・マハルシは「私」だと言ったが、それも間違いではない。
だが、やはり何でも良く、各自、好きな言葉を唱えると良い。
「アジマリカン」も「トホカミエミタメ」も全く同じであると私は思う。優劣などあるはずがなく、優劣を主張する者には気をつけた方が良いだろう。
◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)エリート(1)桑田次郎・平井和正
(2)現代日本語訳 法華経
(3)日本語の法華経(江南文三 )
(4)歎異抄 現代語訳付き
(5)龍樹 (講談社学術文庫)
(6)空海「般若心経秘鍵」
(7)超越瞑想[普及版]
(8)あるがままに ― ラマナ・マハルシの教え
(9)マインドストーム(シーモア・パパート)
では、その潜在的な力をどうやって引き出す(あるいは目覚めさせる)かだが、これはごく簡単に言えば、固定観念を消すことであることが分かった。なぜなら、固定観念が、潜在能力を抑え込むからである。
(ただ、固定観念を持ったまま潜在能力を使う方法を、数学者・心理学者・コンピューター科学者のシーモア・パパートが説いたが、こちらはかなり難しいので、固定観念を消すことを考えた方が良いと思う。)
ただ、まともにやろうとしたら、固定観念を消すことも、やはり難しい。
固定観念は偏見として現れることが多いが、人種差別主義者に対して人種差別は間違いだと納得させることが絶望的に難しいことを見ても、固定観念を消すことがいかに難しいことかが分かるのである。
ところが、ここで面白いことに気付く。
固定観念を多く持つほど、潜在能力は抑え込まれるのだが、人種差別主義者など強固な偏見を持つ(つまり固定観念を持つ)者にも優秀な者はいるということだ。
しかし、彼らは、パートタイムで優秀なのであり、普段は愚かなのである。
つまり、好きなことに熱中している間だけ優秀なのである。
確かに、熱中出来ることを見つければ、それをしている間だけ優秀になれるのだが、そんな意味で優秀な人は、大部分の時間は愚かで、不幸な人生を送るのだ。
ところで、優秀になるのは、本当は、熱中するからではなく、考えないからであることが分かっている。
意識があるのに思考が消えているなら、固定観念の影響を受けず優秀であり、完全に思考が消えれば神のように超優秀なのだ。
仏教は難しい教えが多いが、浄土三部経や法華経の中の観音経に、ただ「南無阿弥陀仏」と唱えよとか、ただ「南無観世音菩薩」と唱えよという念仏の教えが出てくるし、般若心経では、ある呪文を唱えよとある。
念仏は、まあ、仏の名を唱えよというくらいの意味で、仏の名は沢山あり、どの仏でも良いのである。このことは、華厳経といった古い仏典に書かれているが、念仏の教えは、その華厳経の教えから発展したように思う(しかし、その真偽を述べたいわけではないので、違うかもしれない)。
ただ、仏の名なり、呪文なりを唱えている間は思考がなく、潜在能力が現れてくるのである。
もちろん、ちょっと唱えた程度ではなかなか固定観念は消えないが、習慣化して楽に長時間唱えられるようになると、間違いなく固定観念を消せるようになり、実際、優秀になる。
学もない一般庶民で、修行なども全くしたことのない人達が、念仏(主に南無阿弥陀仏)を唱えることで超優秀になることが、明治から昭和初期によく見られ、そのような人達を「妙好人」と呼んだ。因幡の源左(いなばのげんざ)という農民の妙好人が有名である。
世界的に有名なTM(超越瞑想)も同じ原理で、ただ、TMでは、唱えるマントラは、なるべく思考を起こさせない言葉を選ぶところが特徴であり、これは、原理的に良い特徴である。思考を消せば優秀になるのだからだ。
しかし、TMでは、各自に合ったマントラを選ぶと言いながら、実際は、年齢によって選んでいるだけであることを隠しているのは、ちょっとなあと思う。TMのマントラは秘密にしなければならないと言われているが、何百万人とやっていたら、そりゃ教え合う人も沢山いるはずで、そうしたら、年齢で決まっていることもバレるわけだ。

AIアート643
「神秘の薔薇」
Kay
要は、何でもいいから唱えていたら優秀に、さらに、神に近付く。
人間の本当に優れた能力は直観と引き寄せだと思う。よって、これらの能力も得られる。
TMでは、思考を起こさせない言葉が重要と言うが、どんな言葉でも、短い言葉なら単純な思考しか起きず、他の思考を消し、さらには、その単純な思考も消えるものだ。そして、何か意味のある言葉の方が唱え易いかもしれない。
たとえば、「神様の奇跡が起こる」「お金がある」「生きている」「富」などである。
それで、最も思考が消えやすい言葉は、おそらく「今」である。
ラマナ・マハルシは「私」だと言ったが、それも間違いではない。
だが、やはり何でも良く、各自、好きな言葉を唱えると良い。
「アジマリカン」も「トホカミエミタメ」も全く同じであると私は思う。優劣などあるはずがなく、優劣を主張する者には気をつけた方が良いだろう。
◆当記事と関連すると思われる書籍のご案内◆
(1)エリート(1)桑田次郎・平井和正
(2)現代日本語訳 法華経
(3)日本語の法華経(江南文三 )
(4)歎異抄 現代語訳付き
(5)龍樹 (講談社学術文庫)
(6)空海「般若心経秘鍵」
(7)超越瞑想[普及版]
(8)あるがままに ― ラマナ・マハルシの教え
(9)マインドストーム(シーモア・パパート)
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こんばんは
kayさんのブログを読み始めて、もう10年になります。継続できていませんでしたが、最近は般若心経と延命十句観音経などを素読し以前はあった生きる恐怖心が無くなりつつあります。
Kayさんが言っていたのはこういう事か、と安らぎを感じる毎日です。
いつもありがとうございます。