スポーツの試合で「大番狂わせ」と言って、試合前にほとんど立っていた勝敗の予想と反対の結果(両者の評価の差が極端に大きい場合は引き分けも含む)になることがある。
野球やサッカーではそんなことは多いが、それは予選リーグや決勝以外の試合で、強い方が力を温存していた場合が大半である。
また、特にチーム競技では、かなり実力差があっても、数を戦えば弱い方が勝つことがあるのは不思議なことではない。
ただ、マスコミの騒ぎすぎ、煽り過ぎで大番狂わせ感を高めることはよくある。
史上最高の大番狂わせと考えられることが多いスポーツの試合は、1974年10月30日に、ザイールの首都キンシャサで行われた、プロボクシング世界ヘビー級タイトルマッチの、王者ジョージ・フォアマン対、挑戦者モハメド・アリの試合だろう。
当時32歳のアリが伝説を作った全盛期は20代前半と考えられていた。アリは長いブランクがあり、28歳での復帰後は衰えが指摘され、弱くはなかったが、かつてのような神秘的で圧倒的な強さはなくなっていた。
一方、王者のフォアマンは全盛期の25歳で、戦績は40戦全勝の37KO。特に、このアリ戦まで24連続KO中で、アリが判定で勝ったり負けたりしていたフレージャーやノートンを共に2ラウンドKOしていた。
アリに対して「無謀」「正気でない」と言ってもあまり文句は言わなかったと思う。
『キンシャサの奇跡』として歴史に残るこの試合は8ラウンドに、そこまで攻められ続けたアリが劇的な逆転KO勝ちを収め、7年振りに世界王者に返り咲いた。
試合後、フォアマンが「試合前に毒を盛られた」と言ったという記事があったが、本当にそう言ったらしい。それほど、フォアマンは自分の敗北が信じられなかった。その他にも、フォアマンは、アリ側がリングに細工をしたなど、様々なことを訴えたが、後に、フォアマンは自分のそんな言い訳めいた主張を全て撤回し、アリが実力で勝ったことを認めている。
その上で、フォアマンはアリがなぜ勝てたのかを語ることがあった。
フォアマンが、こんなことを言うインタビュー動画を見たことがある。
象をも倒すと言われたフォアマンの殺人パンチをコーナーで一方的に受け続けながら倒れなかったアリに対し、フォアマンは、「人間というのは、耐えられる理由があれば耐えられるんだ。アリには耐える理由があったんだ」と私見だが確信を持って語った。
その後、フォアマンは、アリと再選しないまま28歳で引退し、牧師になる。
しかし、38歳で現役復帰し、最初は嘲笑された(かなり腹も出ていた)が、徐々に調子を上げ、24連勝を遂げた。
そして、世界王座に3度挑戦するも失敗。だが、4度目の世界王座挑戦で、王者マイケル・モーラーに劇的な逆転KO勝ちを収め、45歳にして、20年振りに世界王者に返り咲く。
アリはなぜフォアマンに勝てたのか?
はっきり言って、実力ではフォアマンが優っていたと思われる。
フォアマンは、アリには「耐える理由があった」と言ったが、アリには、勝たなければならない理由があったのだ。
ローマ・オリンピックで獲得した金メダル(ボクシングライトヘビー級)を川に投げ捨て、人種差別と闘い、ベトナム戦争徴兵を拒否し国家権力とも戦っていた。
そんなアリは負けるわけにはいかなかった。
最近、このブログで話題にしているマイク・ハーナッキーの「究極の秘訣」の通り、アリは「勝つために必要なことは全て自主的に行う心構え」があった。
もちろん、プロスポーツにおいては、勝つためにやれることは全部やるという選手やスタッフは少なくないかもしれないが、それは、理性で分かる範囲である。アリは、考えても分からないことも含め、必要なら何でもするつもりだったに違いないのだ。
一方、フォアマンは45歳になって、そんな心構えが出来たのだろう。

AIアート641
「月下の華」
Kay
◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)成功の扉(マイク・ハーナッキー)
(2)ALI アリ [Blu-ray] ※映画。主演ウィル・スミス
(3)評伝モハメド・アリ――アメリカで最も憎まれたチャンピオン
(4)ジョージ・フォアマン:45歳のヘビー級チャンピオン(Amazon Prime Video)
(5)成功への情熱(稲盛和夫)
野球やサッカーではそんなことは多いが、それは予選リーグや決勝以外の試合で、強い方が力を温存していた場合が大半である。
また、特にチーム競技では、かなり実力差があっても、数を戦えば弱い方が勝つことがあるのは不思議なことではない。
ただ、マスコミの騒ぎすぎ、煽り過ぎで大番狂わせ感を高めることはよくある。
史上最高の大番狂わせと考えられることが多いスポーツの試合は、1974年10月30日に、ザイールの首都キンシャサで行われた、プロボクシング世界ヘビー級タイトルマッチの、王者ジョージ・フォアマン対、挑戦者モハメド・アリの試合だろう。
当時32歳のアリが伝説を作った全盛期は20代前半と考えられていた。アリは長いブランクがあり、28歳での復帰後は衰えが指摘され、弱くはなかったが、かつてのような神秘的で圧倒的な強さはなくなっていた。
一方、王者のフォアマンは全盛期の25歳で、戦績は40戦全勝の37KO。特に、このアリ戦まで24連続KO中で、アリが判定で勝ったり負けたりしていたフレージャーやノートンを共に2ラウンドKOしていた。
アリに対して「無謀」「正気でない」と言ってもあまり文句は言わなかったと思う。
『キンシャサの奇跡』として歴史に残るこの試合は8ラウンドに、そこまで攻められ続けたアリが劇的な逆転KO勝ちを収め、7年振りに世界王者に返り咲いた。
試合後、フォアマンが「試合前に毒を盛られた」と言ったという記事があったが、本当にそう言ったらしい。それほど、フォアマンは自分の敗北が信じられなかった。その他にも、フォアマンは、アリ側がリングに細工をしたなど、様々なことを訴えたが、後に、フォアマンは自分のそんな言い訳めいた主張を全て撤回し、アリが実力で勝ったことを認めている。
その上で、フォアマンはアリがなぜ勝てたのかを語ることがあった。
フォアマンが、こんなことを言うインタビュー動画を見たことがある。
象をも倒すと言われたフォアマンの殺人パンチをコーナーで一方的に受け続けながら倒れなかったアリに対し、フォアマンは、「人間というのは、耐えられる理由があれば耐えられるんだ。アリには耐える理由があったんだ」と私見だが確信を持って語った。
その後、フォアマンは、アリと再選しないまま28歳で引退し、牧師になる。
しかし、38歳で現役復帰し、最初は嘲笑された(かなり腹も出ていた)が、徐々に調子を上げ、24連勝を遂げた。
そして、世界王座に3度挑戦するも失敗。だが、4度目の世界王座挑戦で、王者マイケル・モーラーに劇的な逆転KO勝ちを収め、45歳にして、20年振りに世界王者に返り咲く。
アリはなぜフォアマンに勝てたのか?
はっきり言って、実力ではフォアマンが優っていたと思われる。
フォアマンは、アリには「耐える理由があった」と言ったが、アリには、勝たなければならない理由があったのだ。
ローマ・オリンピックで獲得した金メダル(ボクシングライトヘビー級)を川に投げ捨て、人種差別と闘い、ベトナム戦争徴兵を拒否し国家権力とも戦っていた。
そんなアリは負けるわけにはいかなかった。
最近、このブログで話題にしているマイク・ハーナッキーの「究極の秘訣」の通り、アリは「勝つために必要なことは全て自主的に行う心構え」があった。
もちろん、プロスポーツにおいては、勝つためにやれることは全部やるという選手やスタッフは少なくないかもしれないが、それは、理性で分かる範囲である。アリは、考えても分からないことも含め、必要なら何でもするつもりだったに違いないのだ。
一方、フォアマンは45歳になって、そんな心構えが出来たのだろう。

AIアート641
「月下の華」
Kay
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(1)成功の扉(マイク・ハーナッキー)
(2)ALI アリ [Blu-ray] ※映画。主演ウィル・スミス
(3)評伝モハメド・アリ――アメリカで最も憎まれたチャンピオン
(4)ジョージ・フォアマン:45歳のヘビー級チャンピオン(Amazon Prime Video)
(5)成功への情熱(稲盛和夫)
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