判断が難しい時の良いやり方は、
1.判断を保留する
2.直観で判断する
3.論理的に考える
の順が良く、緊急性がない限り、1の判断保留・・・というより、判断しない方が良い。
プログラミングでは論理的に考えざるを得ないが、それでも、直観の方が正しかったということはよくあり、それは、医者の治療でもあると思う。
特に、重要問題に関してはそうなのだと思う。
イギリスの1970年のSFテレビドラマ『謎の円盤UFO(原題:UFO)』で、地上に不時着したUFOに対し、3台の戦闘車が取り囲む場面があり、コンピューターは「論理的」に2号機で攻撃すべきと判断したが、エリス中尉はなぜか1号機を向かわせ、勝利する。エリス中尉はコンピューターより直観を優先したのである。
当時とは比較にならないほど、コンピュータ、AIは発達したが、人間の直観は現在の、さらには、未来のAIを超えるかもしれない。

最近、私は、人類の最強のマントラは「私は私」ではないかと思った。
ラマナ・マハルシは、最上のマントラは「私」で、次が「オーム」だと言ったことがあるらしいが、これは、ニュアンスや翻訳の問題が複雑で、マハルシの真意かどうかは分からない。
ニサルガダッタ・マハラジは、最高のマントラは「私は在る」だと言ったことになっている。
ただ、これは、英語の「I am that I am」の訳だと思うが、この言葉は、「私は、『私はある』という者である」とか「私はありてある者である」などと訳されることがあり、正確にはどう訳するかは分からないと思う。
『マスターの教え』でも、「I am that I am」が最も偉大な言葉であると語られている。
宇宙人バシャールとチャネリング中のダリル・アンカは、最も重要なマントラは、やはり「I am who I am」と言ったが、これは「私は私」と訳すことが多いようだ。

尚、スピリチュアルな本や動画を除き、私は、「あなたはあなた」という言葉なら、ダニエル・グレイブ主演の007映画や、『灼眼のシャナ』で、シュドナイがヘカテーにそう言うのを聞いた覚えがあるが、「私は私」は、聞いたかもしれないは、あまり印象にない。
印象にないということは、私にとって重要でないということだ。

そして、判断が出来ない時、最初に挙げた3つの他に重要で、もしかしたらその3つを超えるかもしれないものに、シンクロニシティ(共時性)、つまり、「意味のある偶然の一致」である。
私は、全くの気まぐれで、アニメ『殺戮の天使』11話を見たのだが、こんな場面があった。
グレイ神父が、ヒロインの13歳の少女レイチェルに、「お前は誰だ?」と問うと、レイチェルは、
「私は私。それ以上でも以下でもない」
と答えた。
C.G.ユングのカブトムシのシンクロニシティに優るとも劣らないシンクロニシティだ。
『殺戮の天使』の、このレイチェルは、精神を病んだ、ある意味、頭がおかしい少女で、もう1人の主人公の青年ザック(アイザック)は殺人狂で、レイチェル以上の異常性を持っている。
だが、この「狂った」2人が、誰よりも正常に感じる名アニメであると思う。
そんなわけで、私の最高のマントラは、めでたく「私は私」と相成った。

妖精の街
AIアート613
「妖精の街」
Kay


尚、上の、バシャールが言ったマントラは、全文では、
「私は私。それだけでいい」
である。

◆当記事と関連すると思われる書籍等のご案内◆
(1)シンクロニシティ ― 未来をつくるリーダーシップ
(2)タオ心理学―ユングの共時性と自己性
(3)共時性の発見―ビジネスと人生を変える宇宙法則の原理と応用のテクニック
(4)殺戮の天使(アニメ。Amazon Prime Video)
(5)殺戮の天使 Episode.0 1
(6)あるがままに ― ラマナ・マハルシの教え
(7)アイ・アム・ザット 私は在る~ニサルガダッタ・マハラジとの対話
(8)『あなたの人生をプラスの結果に導く マスターの教え』(関岡孝平訳)
  
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