我々は、学校で、いろいろなことにおいて、「何をするか?」「どうやってするか?」を厳格に決められてきた。
そのほとんどは、どうでもいい下らないことなのに、教師の言う通りにしなければならなかった。
それが、教育という名を借りた洗脳であるが、それに気付いている人は少ない。

たとえば、我々は学校で、
「試験で良い点を取って楽しい思いをするか、悪い点を取って嫌な思いをするか?さあ、どっちにする?」
と問われた。
正しい答えは、
「どっちでもない」
だ。
つまり、試験で良い点を取らずに楽しい思いをすることを選んでも良いはずなのに、その選択は許されない。
その試験が、どうでもいい下らないものでもだ(実際、下らないものが多い)。

「夏休みの宿題をちゃんとやって、まともな生徒として扱われるか?やらずに奴隷階級や部落の子のように扱われるか?さあ、選べ」
と言われたら、子供はどっちかを選ぶしかないのだが、これって差別そのものではないのか?
夏休みの宿題にそれほどの価値があれば話は別だが、私はやらなかったが、それで実質の問題は全くなく、むしろ、洗脳されずに済むというメリットしかなかった。

結論として、学校に意味はなく、実際、世界の進歩した場所では「アンスクーリング」と言って、学校不要、教師不要の教育というか、子供の育て方が注目され、成果を上げている。つまり、子供がまともな人間に育っている。
これは「ホームスクーリング」と違い、教師役の大人(親など)も教科書も存在しない。

現在、世の中のあらゆるものが、「どちらかを選択しろ」と迫り、「どちらもノー。別のを選ぶ」という自由がなくなっている。
例えば、Windows10以降では、突然、
「これを今設定するか、3日後に再通知するか選べ」
とメッセージが出る。
私の答えは、
「永久に設定しない。通知もするな」
であるが、それは選べない。
こんなのは問題だと気付かないといけない。
これと似たものに、日本でも、
「ワクチンを打つか、海外に行かないか、どっちかを選べ」
「ワクチンを打つか、仕事をやめるか、どっちかを選べ」
というものがあった。
アメリカでは、政府が、軍人に対し、
「ワクチンを打つか、退役するか、どっちかを選べ」
と強要し、本当に沢山の優秀な軍人が退役している。

政府は企業に圧力をかけたり便宜をはかったりして協力させ、「2つのうち、どちらかを選ばないといけない」という選択に従うよう国民を洗脳しているのかもしれない。
学校に関しては、政府のいいなりに子供を教育している。
これは、私は中学生くらいの頃から気付いていて、学校に嫌悪感を感じていたが、実際に私が思った通りだった。
現在は、マイナンバーカードを作るか人権をなくすかの選択を迫られているが、これにより、かえって多くの国民の洗脳が解けた。
だが、現実的には、国民の大半は洗脳されており、疑いもせずにマイナンバーカードを作り、ワクチンを打っている。

サクラサクラ
AIアート445
「サクラサクラ」
Kay


世の中の、こんな罠に気付かなくてはならない。
そして、深呼吸をして無限の英知と力との通路をきれいにしておかなくてはならない。








  
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